Actor
13


大和(やまと)のマンションを出てすぐ、駐車場に止めてあった車に乗り込み、まさにエンジンをかけようかという矢先に入った部長の米澤からの電話、何だか見透かされていたようでバツが悪い。
本当ならもっと早く自宅に着いているはずだったが、思わぬ展開に未来(みく)自身も驚きを隠せない。
『未来の心も体も全部欲しい。俺のモノにしたい。だから―――逃げるな』
彼の言葉が今も脳裏から離れなくて、未来は携帯を握り締めながら深くシートに体を沈め、静かに目を瞑ると暫く車の中で時を過ごした。

どれくらいそうしていたのだろう?
ふと思い出したようにコンビニのレジ袋から取り出したのは、数枚のCD。
全部は聞くことができなかったから貸して欲しいという依頼に対して、大和がそれを他にも持っているからとくれたのだ。
それにしても、らしからぬコンビニのレジ袋に未来はフっと笑みを漏らしながら、適当に選んだ1枚をカーオーディオにセットする。
これは4枚目に発売されたシングルで、カップリング曲がCMに起用されて話題になったものだった。
―――生の方が、数倍いいわね。
今かかっているのはメインの曲だったが、実はさっき、このカップリング曲を彼がギター演奏付で隣で歌ってくれたのだ。
思えば、何と贅沢な時間だっただろう。
いきなり押し倒したことに少しは罪悪感を感じたのか、はたまた未来の一撃が効き過ぎたのか…大和が一線を越えるようなことはしなかった。
未来にとってみれば、甘い囁きやキスだけでもかなりまいってしまっていたけれど…。
聞きたいことが山ほどあった。
なぜ、自分なのか、華やかな芸能界に身を置けば極上の美人だって、それに様々な分野で活躍している素敵な女性にだって出会えるはず。
なのにこんな身近な相手を選ぶなんて、未来にしてみればやはりどうかしているとしか思えない。
でも、一緒にいるとそういうことがふっと頭の中から消えて、どうでもいいことのように感じられたのは『理屈なんて必要ない時もある』と自分で言った言葉を思い出したから。
どれも、彼にとってみれば自然の流れだったのかもしれない。
この想いを受け入れるかどうかは、また別の話だが…。

+++

「米澤さん、おはようございます」
「おはよう、未来ちゃん。ねぇねぇ、すごいわよあのCM」

「もうっ、私ったら年甲斐もなく燃えるような恋がしたくなっちゃったわ」と、挨拶もそこそこに少し興奮気味に話す米澤。
『あっ、未来ちゃん?CMが仮なんだけど出来上がってオンエアの日も決まったから、明日の朝、大和君のところへ行く前に事務所に寄って欲しいんだけど』と電話があったのは昨晩のこと。
大和との関係はあの日から特別何かが変わったわけではなく、未来も敢えて距離を置いたり構えたりすることなく接していたが、CMのことはすっかり忘れていた出来事だった。
彼女は一足先に仮の段階で出来上がったばかりのあのCMを見たらしいのだが、どうやら相当刺激を受けるものらしい。

「すごいって、どうすごいんですか?」
「未来ちゃんと大和君が、まるで本当の恋人みたい。ねぇねぇ、実はそうだったりするんじゃないの?」

冗談で言っているであろう米澤の言葉が、とても冗談には聞こえない。
未来の気持ちはともかくとして、大和は演技ではなく本気で恋しているのだから。

「まさかっ、そんなわけないじゃないですか」
「そうなんだけど…すっごくいい雰囲気なんだもの。もう、妬けちゃうくらい。彼にあんなふうに見つめられたらどんな女性だってメロメロよ」
「前置きはその辺にして、CM見せていただけるんですよね?」

ここまでもったいぶっておいて、オンエアまで見せられないとか言われたらショックが大き過ぎる。
だいたい、出演している本人が見ていないっていうのにぃ。

「もちろんよ。そのために寄ってもらったんだから」

米澤に連れられてテレビの置いてある会議室に入ると、早速CMの入ったDVDをセットする。
大和の家に行く前にここへ寄るように言ったのは、彼には完成されたものしか見ないというポリシーがあったため。
一体、自分がどんなふうに映っているのだろう?
普通なら大和もこの場合そうで、撮影の場で細かく映像をチェックしながら進めていくのだが、今回に限っては未来にそれをしてしまうと変に力が入ってしまうのではとワザとそれをしなかった。
だから、一切見ていない。
どんなものになっていても覚悟はできているが、未来は息を飲んで画像が映し出されるのを待っていると…。
―――うそ…顔が映らないっていっていたのにモロ出てるじゃない!!
話が違うと心の中で叫んだが、それよりもその中にいるのは自分であって自分でない。
米澤が言っていたのも頷ける、たった30秒という時間の中にドラマが詰め込まれていたから。

「ねぇ、いいでしょ。特に海のシーンが。ああいうのって、在り来たりなシチュエーションになりがちだけど、そんな感じ全然しないのよ。キスも自然でちっともいやらしくないし、何より未来ちゃん、とっても綺麗だし。ここにいる人とは別人みたい」
「恥ずかしいから、あんまり見ないで下さい」

米澤に見られて、ほんのり頬を染める未来。
まさか、自分がキスしているところを目にするとは、そして人前にさらすことになろうとは思わなかった。
別人だと言われたことが逆にホッとするのは、CM出演のことについて親にも友達にも誰にも言っていない、唯一身内で知っているのは従弟の景だけだったから、ずっと誰も未来だと気付かれなければそれに越したことはない。
今にもハートマークが目から飛び出しそうな勢いの米澤だったが、映像もさることながら未来が気になったのは使われていた曲の方。

「いい曲ですね」
「これ?そうそう、これね大和君が随分前に作った曲らしいんだけど、まだ歌詞を付けていないんですって」

「音楽プロデューサーが、どうしてもこれを使いたいという要望を出して。大和君もオンエアまでには詞を間に合わせるって聞いているんだけど」と話す米澤。
彼の音楽活動については未来もまだそこまで関わっていないのでよくわからないのだが、発表する機会がないこういう隠れた曲や詞が他にもたくさんあるのだろう。
―――吉原君は、この曲にどんな詞を付けるのかしら?
オンエアまであと一ヶ月、きっと素敵なものになることは間違いないだろうけれど、早く聞きたい、今からそれが楽しみだ。

「そうそう、監督が未来ちゃんのこと、とっても気に入っててね。次のCMも是非にって直々にオファーがあったのよ」
「えっ、次のCMって…」

大和との共演ではないが、今度は未来一人で起用したいとのこと。
お願いだから、そういう突拍子もないことを考えるのだけはやめてほしい。
前回は大和だったから渋々承諾したが、その意味をなさない仕事であればいくら米澤の命令でも受けられないとはっきり宣言しなければ。

「その顔は、絶対やりませんって顔ね」
「わかっているなら、引き受けたりしないで下さいね。これで、マネージャー業に支障が出るようなら困ります」
「その時はその時よ。だけど、大和君のマネージャーは未来ちゃんにしかできないものね。あんまり上手くいってるから、びっくりしてるの。二人とも、とっても相性が良かったみたいね」
「そうなんでしょうか」

クビにされなかっただけ、そうなんだろう。
だけど…。

「私は二人が恋に堕ちても、別れろとは言わないつもりよ?」
「え?」
「ただ、できれば今は少し待っていて欲しいかな。彼はまだ若いから、もっと稼いでもらわないとね」

おちゃらけたように言う米澤だったが、彼女は初めからこうなることを予感していたのかもしれない。
彼女にとっては、複雑な心境かもしれないが。

+++

それから一週間ほどして大和をいつものようにマンションまで送ると、彼がどうしても家に寄って欲しいと懇願する。
あの日から、このドアの中には入らないと決めた未来は困惑を隠せない。

「吉原君、悪いけどここで」
「CM用の曲が完成したから、聴いて欲しいんだ。未来に一番に」

先日、米澤が言っていた随分前に作った曲に詞を付けているという、それが完成したのだが、誰よりも先に未来に聴いて欲しかった。
そう言われて断れる人は、恐らくいないのではないだろうか?

「わかったわ。少しだけ」


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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