Actor
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「そんなにビクビクしなくてもいいって、今度は襲ったりしないから」

「未来(みく)の反撃は怖いからな」なんて、思い出しても恥ずかしくなるようなことを嫌味っぽく言う大和(やまと)。
あの場合はどうしたって大和が悪いのはわかっているが、どうにもつい彼女の前でこういう憎まれ口をたたいてしまうのは、どこか甘えたい部分があったから。
これを本人が自覚しているのかどうかはわからなかったけれど、申し訳なさそうに小さな声で「ごめんね」と謝る未来がとても可愛らしかったということ。
「今、コーヒーを入れるから待ってて」という大和に「それなら、私がやるから」と慌ててキッチンに入った未来だったが、彼は彼女の体をクルっと回転させると背中を押してその場から追い出した。
―――私ったら、俳優の吉原 大和(よしはら やまと)にコーヒーを入れさせるなんて…。
何だか申し訳ないなと思いながら、ソファーの端っこに腰掛けて待つ。
どんな詞が付いたのか。
滑らかな曲調は、一度しか耳にしなくてもいつの間にか口ずさんでしまうようなメロディーをで、とても心地よく入り込んでくる。
この曲に今まで歌詞が付かずに埋もれていたことが嘘のようにも感じられた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

大和からマグカップを受け取ると、コーヒーの香りが一日の疲れをほんの少しだけやわらげてくれるような気がした。
彼は早速、フローリングに敷かれたラグの上に胡坐をかくと使い込まれたギターを手にあの曲を弾き始めた。
未来はそっと目を閉じたが、曲に乗ってあの海の情景が鮮明に蘇ってくるようだ。

「この曲には、どうしても歌詞が付けられなかったんだ。だから、ずっとそのままにしてたんだけど、プロデューサーがどうしてもって言うのと、俺も今なら書けそうな気がした」

曲を作ったのはまだ歌手として正式にデビューする以前のことで、映画の撮影で海辺に一人たたずむシーンがあって、その時、ふっとサビの部分だけが浮かんで急いで書き記したものだった。
ただ、思うような歌詞がどうしても付けられなくてお蔵入りしていたのだが、プロデューサーには作ったいきさつを話していたからCMでの海の情景が重なったのかもしれない。

「この前ね。仮の段階だったんだけど、あのCMを見せてもらったの。その時にこの曲を聴いてすごく素敵だなって思った。どんな歌詞が付くのか、すっごく楽しみだったの」
「そっか、未来はもう見たんだあのCM」
「えぇ、話と違って顔なんて思いっきり出てるし、何より吉原君があそこでキスなんてするから…。しなくていいって聞いてたからものすごく恥ずかしかった。あんなのがオンエアされたら、吉原君のファンに恨まれるわね」

まだCMを見ていない大和には詳細はわからなかったけれど、大体の想像はつく。
まさかあそこで撮られているとは、カメラを回させた監督はさすがだなと思う反面、心配なのは未来の話だと彼女の顔が映っていることの方。
大和のキスシーンなんかより、このCMは未来に話題がいくに決まってる。
今ここにいる彼女と同一人物だと誰も気付かないことが、せめてもの救いだったかもしれない。

「まっ、俺としてはあの時の未来をもう一度見たいとは思うけど、あの姿では人前に出ないことだな」
「え?出ないわよ。っていうか、もう二度としないわ。何だか、次のCMのオファーはあったらしいんだけど…」

「監督直々に、今度は一人で」と話す未来に、やっぱり…と納得してしまう大和。
そんなことじゃないかと思ったが、こんなに早く行動に出ていたのかと。
元はといえば大和が言い出したことなのに、自分の知らないところで未来を売り物にしようとしているのは嫌だった。
勝手だと言われても。

「あ?それは絶対ダメだ。例え、一人でも」
「私もそう言っておいた。マネージャーに支障が出るようでは困るからって」
「そうだぞ?未来は、俺専属のマネージャなんだから」

彼と初めて会った時はどうなることかと思ったけど、今こうして話をしていると嘘みたいに感じられる。
SCOOPの子達と離れてしまったのは少し寂しかったが、いつかはこういう日が来ることはわかっていたし、そして彼と仕事を共にすることで得たものもたくさんある。

「あまりゆっくりもしていられないの。聴かせて?」
「あぁ、タイトルは…これは、歌い終わってからにする」

言い掛けてやめたのには、この曲には大和にとって特別な思い入れがあったから。
果たして、それが伝わるだろうか…。


不思議だった。
曲だけでも十分に惹きつけるものがあったはずなのに、詞が付いて大和がそれを声にしただけでまるで息を吹き込まれたみたい。
未来は再び静かに目を閉じると大和の言葉を追い掛けながら、それを映像として思い浮かべてみる。
お互い恋を意識し始めた男女が、今のこのときめきを忘れないように未来(みらい)に向かって―――というような詞がこの曲にピッタリとマッチしている。
『この曲には、どうしても歌詞が付けられなかったんだ。』と彼は言っていたが、きっとこの時を待っていたのかもしれない。

「とっても、いい。お世辞抜きにもう、曲にピッタリ」
「そうかな。未来に褒めてもらえれば合格だけど」
「私じゃなくたって、いいって言うわよ。でも、どうやって素敵な詞を作るの?時間だってそんなにあるわけじゃないのに」

朝早かったり夜遅かったり、休みだっていつ取れるかわからないのにどうしたらこんなふうに詞や曲が書けるのだろうか。
努力ももちろんあるのだろうが、才能というものも、やっぱり持ち合わせているのだろうと未来は思った。

「俺の場合は詞を先に書くってことはほとんどなくて、曲を先に作って後で言葉をあてはめるんだ。だから、ジーパンにいっつも下げてんじゃん」 

「これ」と腰を突き出して見せたのは、キーホルダー型のボールペンとリングの付いた単語帳。
特に曲を作る時間を設けているわけではなく、ほんの些細なことでも全部書き留めるのが大和流。
そう言われてみれば、彼が単語帳に何か書いているのを見たことがあったが、あれはそのためだったのだ。
「たまに手に直接書いたりしてさ、忘れて洗って消えたことがあるんだ」と普通に話しているけれど、やっぱり彼はプロなんだと改めて思い知らされたような気がした。

「すごいのね。吉原君は」
「何言ってんだよ。今更、気付いたのか?」

こういう言い方が、彼らしいと思う。
変に謙遜したりしなくて、いたずらっ子みたいで。
そうそう、忘れるところだったが、『タイトルは…これは、歌い終わってからにする』と言っていたけど、何て言う曲名なのだろうか?

「さっき、歌い終わってからにするって言っていたけど、タイトルは何て言うの?」
「あぁ」

大和はギターを置いて立ち上がると、キャビネから取り出し未来の前に差し出したのは、1枚のレポート用紙。
そこには、たった今歌ってくれた曲の直筆の歌詞が書かれてあったのだが、今時珍しくパソコンじゃないなんて、それに意外に綺麗な字なんて感心している場合ではなく、一番上のタイトルを見て一瞬…。

「吉原君、これ…」
「あのさぁ、もしかして、いやもしかしなくても勘違いしてる?してるよなその顔は」

―――勘違いはしてないけど、動揺はしたかも…。
でもねぇ…わかってたって、いきなり見たら誰でも顔に出るんじゃない?
だって、そこに書いてあったのは…。

『未来を抱きしめて』

普通に読めば何でもないが、これを未来が見ると何となく違和感がなくもない。
大きく“かな”をふって欲しいくらいだったけれど、それこそおかしな話。

「気に入らない?このタイトル」
「そんなことないわよ。さっき聴いていた時に、幸せな二人の未来(みらい)を感じたもの」
「じゃ、これで決まり!!未来のお墨付きももらったことだし」

そう言って嬉しそうに微笑む大和。
本当は彼女のことを想って書いた詞だし、付けたタイトルだったが、今はまだ言わないことにする。


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