スクープ!!
CMの美人女性が本命?!
イケメン俳優 吉原 大和(よしはら やまと)の恋人発覚!!
こんな見出しの週刊誌が街に躍ったのは話題の新曲『未来を抱きしめて』が発売されて間もなくのことだった。
恐らく、こんなふうに書かれたのは彼がデビューして以来、意外にも初めてのことだっただろう。
プロモーションビデオやCDジャケットにも起用されているにも関わらず、彼女の素性は謎のままで名前すらわからない。
話題になればなるほど、マスコミはおもしろおかしく書きたてた。
些細なことが命取りになりかねないこの業界、週刊誌はもちろんのことネットや携帯サイトに至るまでありとあらゆる情報源を事務所でチェックしていたはずなのに、まさかこんな記事が出てしまうとは…。
しかしながら大げさなタイトルほど、どの記事にもCMやPVで使われていた写真ばかりで決定的な証拠は載っていない。
それもそのはず、未来(みく)は相変わらずの地味なファッションに身を包み、あの変身した姿で人前に出ることは一度もない。
一方、大和(やまと)へのマークも激しさを増していたが、彼は元々単独行動が多く芸能人との派手な付き合いもなかったせいか、全くと言っていいほどボロが出てこないのだった。
『未来ちゃん、大和君のことは十分気を付けて』
米澤から、そう未来に電話が掛かってきたのは記事が出て間もなくのことだったが、マスコミもそう簡単には引き下がらないつもりなのだろう、CMの彼女と大和がどこかで会うのではないかという憶測から大和へのマークが益々ヒートアップするのは確実だったから。
「はい、わかっています」
『いい?今のあなたなら気付かれることはまずないと思うけど、だからといって軽はずみな行動だけは謹んでちょうだいね』
必要以上に大和への注目が集まっている今、マネージャーだからといって長い間彼のマンションで過ごしたり、親密な態度と疑われるような行動を取れば、それだけで彼らは食いついてくるに決まっている。
それでも、事務所サイドとしてはこの状況を必ずしも歓迎しないわけではなく、むしろその反対と言ってもいい。
本来なら記事の出る前に握りつぶしているような話題だったが敢えてそれをしていないのは、今までにない大和の魅力に触れてファンでなかった広い世代の人達が、それは女男問わず、彼の出演した映画やドラマを見直してくれたり曲を聴いてくれたり。
おかげで既に発売されているDVDやCDの売り上げまでもがアップして、今月のファンクラブ会員入会者の数も急増する結果となったわけだし、米澤の読みも当たったというわけだ。
「はい。でも…」
『バレたら、バレたまでよ。その時は未来ちゃん、覚悟を決めてね?』
「そんなぁ…」
『じゃあね』と電話を切った米澤が、何だか妙に楽しそうに感じたのは気のせいだろうか?
―――米澤さんったら、覚悟を決めてなんて…。
私なんかより、一番迷惑しているのは吉原君よね。
あんな記事のせいで、ただでさえプライベートが無いに等しいというのにこれでは余計外に出れなくなる。
あと、景ちゃんにも。
大和の衣装デザイナー兼スタイリストも担当している景は、あれから彼とは意気投合したらしく、暇があると飲みに行ったり、お互いの家にも遊びに行っているという話を聞いている。
景のことを兄のように慕っている大和を見ると二人を会わせて良かったと思うが、今回の件では心境は複雑。
未来は大きく息を吐くと玄関のブザーを押した。
「おはようございます」
「あっ、あぁ。おはよ」
いつもと違って何だか他人行儀な挨拶に大和の表情が曇る。
「本日は音楽番組が2本、収録と20時からの生出演が入って―――」
「あのさ、これ見た?実を言うと俺、初めてなんだよな。こんなふうに週刊誌に書かれるのってさ」
未来が今日の予定を話そうとしていたところを遮るようにして、大和が言葉を挟む。
例の週刊誌を手に持っている彼もまた米澤同様、この記事については楽天的な考えのようだ。
「吉原君、それ」
驚きの表情でそれに向かって指差す未来に「これ?夜中にコンビニ行ったら、俺の名前がでっかく載ってる雑誌があったんでせっかくだし買ってきた」とケロッと話す大和。
―――その前にコンビニって…。
週刊誌をワザと彼には見せていなかったのに自分で買ってくるとは、それもコンビニで。
「ダメじゃないですか。コンビニなんかに行ったりしたら」
「知ってたんだろ?だから、急に敬語に戻ったのかよ」
大和は愛用のギターケースを持って玄関を出ると、ドアの鍵を掛けてスタスタと先に行ってしまう。
週刊誌にどう書かれようと構わないが、そのことで彼女が自分への態度を変えてしまうことの方が嫌だった。
…やっと、いい関係になれたと思っていたのに。
そんな彼の後ろ姿を追いながら、担当になったばかりの頃に言われた言葉を思い出す。
『なんか遠い存在みたいな気がして嫌なんだよ』
それは未来だってわかっているが、この場はこうするしかなかった。
―――また、振り出しに戻ってしまったら…。
熱り(ほとぼり)が冷めるまで、少しの間だけ距離を置く方がいい。
「吉原君の席は、こちらですよ?」
「あ?何でだよ」
車の助手席が定位置になっていた大和だったが、未来に後部座席のドアを開けられてあからさまに不機嫌な顔を見せる。
「早く乗っていただかないと収録に遅れてしまいます」
「いいよ。遅れたって」
「我が侭を言わないで下さい。そんなことをしたらどうなるか、あなたが一番よくわかっているはずです」
大和の態度に未来が一括すると渋々後部座席に乗り込んだが、その後はひと言も話さず窓の外をジッと見つめたままだった。
新曲のCDは初登場もちろん1位、音楽番組への出演依頼も増えたが、今回の生放送では初めてギター一本で新曲を披露する。
数時間前にリハーサルに入ったけれど、その声はいつもと違って感じたのは未来だけではなかった。
それはきっと、迎えに行った時の未来の態度にあったのかもしれない。
「大和君、ちょっと声に伸びがないみたいだな」
この収録でも大和の衣装を担当した景は、彼の様子に気付いていたうちの一人だった。
仲がいいだけにそれはすぐにわかったのだろう。
「そうね」
「そういう、未来もだな。もしかして、あの記事が原因か?」
未来が噂の彼女だという事実を知っている数少ない関係者の一人だった景は、マネージャーという立場の彼女のことを探られるのが一番気掛かりだった。
人気俳優の吉原 大和と共演するだけでも話題にならないはずがないのに全く無名の女性となれば、誰だって知りたいと思うのは当然のこと。
ただ、芸能ニュースや週刊誌を見てみると未来のことというより、なぜか話が飛んで恋人までいってしまっていたのが鋭いなと思ったりして…。
あの映像の中の二人を見れば、そう捉えられても不思議はないくらい大和の表情が柔らかだったのだから納得か…。
「どうなのかなぁ。少し打ち解け過ぎたのかもね」
大和と未来はあくまでも俳優とマネージャーという関係、それ以上でもそれ以下でもない。
そのことを忘れてしまっていたのかもしれなかった。
「自然の流れだと俺は思うけど」
「え?」
「お互いの気持ちが同じ方向を向いてるのにさ、無理にそれを壊す必要はないってこと。未来が彼のマネージャーになって、いいことはいっぱいあっただろ?おかげで、俺も便乗させてもらってるわけだし」
にこやかに言って大和に視線を向ける景。
―――同じ方向…か。
そんなことを話していると「休憩入りま〜す」というスタッフの声に大和が戻って来る。
「大和君、どうしたの?いつもの声じゃなかったわよ」
「えっ、あぁ」
「私も楽しみにしてるんだから」
ポかんと口を開いて未来を見つめる大和。
ついさっきまで、吉原君と呼んでいたはずの未来が大和君と言ったのはどうしてだろう?
それに敬語も元に戻っているし…。
「そうだぞ?俺もギターバージョンを生で聴くの楽しみにしてるんだから」
景にも言われて、大和はフッと我に返る。
そして、何て単純な男だったのかと。
その夜、テレビを見ていた誰もが彼の歌声に聞き惚れたのだった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。
NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.