あの曲によって、歌手としても不動の地位を確立した大和(やまと)。
ちょうどいいタイミングで次のドラマ出演まで間が空いていたために急遽音楽番組の出演にも対応でき、その中には未来(みく)効果も絶大であったことを忘れてはならないが、かなりの宣伝効果を上げたことは間違いなかった。
事務所としてはこの波に乗って一気に行きたいところだが、できればこの時期ゆっくり休んでもらいたかったというのがマネージャーとしての未来の本音。
彼のような人気俳優になると数年先までスケジュールで埋まっているため、なかなかオフを取るのが難しいからだ。
「未来ちゃん、ちょうどいいところへ。さっき連絡が入ったんだけど、次回ドラマの大和君の相手役が決まったわよ。水川 ちひろ(みずかわ ちひろ)ですって」
未来が事務所に戻るとデスクでノートパソコンを開いていた米澤が、その相手役に決まったという水川 ちひろのオフィシャルサイトをネットで見ていたところだった。
「水川 ちひろ?ですか」
「そう、まだ無名の新人」
「だから、今調べていたんだけどね」と再びパソコンの画面を食い入るように見つめている米澤。
次回ドラマの主役は大和でいくという話だけが以前から決まっていたが、相手役他、脇役人はまだ未定だったのだ。
それが先程、水川 ちひろという女優に決まったという連絡が米澤の元へ入ったのだが、まだ名前も聞いたことがない無名の新人。
プロフィールを見れば顔写真と二十歳の現役女子大生ということだけで、他には何も載っていない。
米澤でさえもその彼女のことを知らないのだから、未来が知るわけがない。
「相手が誰でも、大和君には頑張ってもらいますから」
そう言いながら、米澤の横からパソコンの画面を覗き込む未来だったが、いつもと違う呼び方に米澤が気付かないわけがない。
結局のところ、週刊誌に載ったスクープ記事も恋人と騒がれた彼女が誰だかわからないまま、そういう謎の部分がより一層人々を惹き付けていたことは確かだった。
「まぁね、ノリに乗ってる彼なら新人相手でも視聴率UPも間違いないわ。そう言えば、主題歌のオファーもきてるのよ。ちょっとこの先、大変だと思うんだけど、彼の体調管理にも気を付けてあげてね」
「はい、わかりました」
未来も気にはなっていたのだが、カメラを向けられるといつもの笑顔を返す大和も、車での移動中に眠っていることが多い。
恐らく、疲れも出ているのだろう。
マネージャーとしては、できるだけ負担の掛からないスケジュールを組むことと、食事面にも気を使わなければ。
用意されたお弁当か、外食、コンビニにはあまり行かないようにとは言っているが、そういうものばかりしか口にしていないのかもしれない。
まだまだ、どこで見られているかわからないし、軽はずみな行動は慎まなければならないこの時期、それでも彼には体にいい、栄養のあるものを取って欲しいと思うけど…。
「そういう、未来ちゃんもね?」
「えっ、私ですか?」
「未来ちゃん、頑張り過ぎるところがあるから」
「私は、丈夫にできてますから少しのことではヘコタレません」
両腕に力瘤(ちからこぶ)を作って見せながら笑っている未来だが、マネージャーだって俳優と同じくらい体力も精神も使う。
特に彼女はあんなに細い体で男勝りに仕事をこなしているのが、周りから見れば不思議なほどだった。
想像以上に傷つきながらも、頑張っているはずだということを米澤は知っている。
「二人で倒れたりしないでね」
「わかってますって」
―――あぁ、それにしても大和君に体に良くって美味しいものを食べさせる、何かいい方法はないかしらね?
自慢じゃないけど、私の料理の腕は確か。
ダテに一人の生活が長いわけじゃないのよ。
といってみたところで、披露した相手は数えるほどしかいないものねぇ…。
いくらなんでも、大和君の家でそれをするわけにもいかないし…。
景ちゃんに聞いてみようかな、彼ならいい案を出してそう。
今では良き仕事仲間でもある景に未来は早速メールを送ってみることにした。
+++
「なぁ、今日の仕事は終わったんじゃなかったのか?」
今日の仕事は、ラジオの音楽番組に出演しただけで終わりのはず。
しかし、未来の運転する車は大和のマンションとは違う方向へ走っているようだ。
「ごめんなさい。一つ言い忘れていた仕事があって」
「言い忘れた仕事って何?」
念のためにと後部座席に座っていた大和は、グィッと体を前に持ってくると助手席のヘッドレスとを両腕で抱え、運転席との間から顔を覗かせる。
いきなり顔を出したからすぐ側に彼の端正な顔があって、未来は危うくハンドル操作を誤るところだった。
「えっと、グルメ番組の取材でね」
「はぁ?グルメ番組?この俺が???」
大和の頭の上には、いくつもの???マークが飛び交っている。
それもそのはず、業界に入ってから一度だってグルメ番組になど出演したことがないのだから仕方がないが、未来の口から咄嗟に出た言葉に我ながら何てピッタリなのかしらと一人納得したりして。
「取り敢えず、行けばわかるから。今夜は今まで口にしたことがないくらい美味しくて体に良いものが食べられるわよ?」
「なんかわかんないけど、美味いものが食えるならいっか」
いつもなら眠ってしまう大和も、この時はそのまま未来の横顔をずっと見ていたのだった。
暫く車を走らせるとなぜか見慣れた風景、そこは大和も知っている場所。
そう、何度もここへ来ているのだから当たり前だが、美味しいものと一体、どういう関係があるのだろうか。
「ここって、景さんのマンションじゃ」
「さぁ、降りて」
「あっ、あぁ」
大和は何度も首を傾げながらも車から降りると、エントランスには迎えに出てきた麗ちゃんが。
どこで誰が見ているかわからないから、未来が頼んで行く時間を事前に告げておき、彼女に待っていてもらったのだ。
「未来さん、大和さん。お疲れ様です」
「どうも」と、まだこの状況がよく飲み込めていない様子の大和。
「麗ちゃんこそ、付き合わせちゃってごめんね」
「いえ、今夜はすっごく楽しみにして来たんですよ」
「景ちゃんは?」
「はい、中で待ってます」
「材料は?」「バッチリ揃えておきましたので」「良かった」と話す麗ちゃんと未来に一人だけ入っていけない大和。
…グルメ番組って、何なんだよ。
景さんもいるっていってたけど、他に有名なシェフでも待ってるのか?
すっかり仲間ハズレにされた大和は、寂しく二人の後を付いて行った。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。
NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.