Actor
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「景ちゃん、お邪魔しま~す」と玄関先で未来(みく)が大きな声を上げると、「やぁ、ご両人。いらっしゃい。狭いけど、どうぞ」と廊下の奥にあるリビングから景が顔を覗かせた。

彼の住むマンションは苔生(こけむ)した古い煉瓦壁の築30年以上になるかなり年季の入った建物だったが、こういうのが今の若者にはレトロに映るらしい。
その分、内装は自由にリフォームしていいところが魅力で、概観とは違ったモダンなインテリアについ目がいってしまう。

「景ちゃん、ごめんね。忙しいのにこんなことを頼んじゃって」
「とんでもない。未来の頼みとあらば、俺はどんなことだって協力するさ」

ジェスチャー交じりにおちゃらけた言い方をする景だったが、大和の衣装のこともそうだけど、彼はいつだって未来の無理な頼みも嫌な顔一つせずにきいてくれる。
なのにあまり気の利いた言葉は浮かばないが、感謝の気持ちを込めて「ありがとう」とお礼を言うと少し照れたように前髪をガシガシとかき上げた。
そんな景の耳元で「でも、前に来た時より、随分綺麗にしてるじゃない。これって麗ちゃんのおかげかしら?」とワザと意味深に囁くように言うと驚いた顔で慌てて否定するあたり、ちらっと麗ちゃんの方へ目を向けながら、二人のことを未来が心配することもなさそうだ。
未来と景の友人とも恋人とも違う、なんというか絆とでもいうのか深いものを感じて、大和(やまと)は軽い嫉妬のようなものを覚えつつも、とうとう痺れを切らして間に割って入る。

「あのさぁ、全然話が見えないんだけど。グルメ番組の取材って、何なんだよ」

ちょっと不機嫌な大和を見て、すっかり目的を忘れかけていたことに気付く。

「ごめんなさい。グルメ番組の取材っていうのは嘘というか、冗談?」
「冗談?」
「今夜は、みんなで一緒に食事でもどうかなと思って」

「未来が腕によりを掛けて、美味しいものを作ってくれるそうだから。初めから言うとつまらないだろう?」と、脇から景が説明してくれたが、大和の表情はかなり微妙。
―――大和君、機嫌を悪くしちゃったかしら?
こんなことなら、ちゃんと言えば良かったかな。
せっかく、彼のためにと思って二人にも協力してもらったのにこれでは意味がない。

「ごめんね、大和君の都合も聞かないで勝手に連れて来て」

―――あぁ、私ったら、余計なことを…。

「いや、ちゃんとグルメ取材させてもらうよ。俺の舌はかなり肥えてるからな、そう簡単には星☆☆☆なんて言わないぞ?」
「へ?」

さっきまでの微妙な表情はもうそこにはなくて、代わりにいつも以上の笑顔が未来に向けられる。

「任せて。ぜ~ったい星☆☆☆って、言わせてみせるんだから」

未来はジャケットを脱いで、シャツの袖を捲ると持って来たエプロンを身に着け、景に断ってキッチンへ。
なぜかほとんど料理をしない景が作ったのは、家庭科室の調理台のようなオープンキッチン。
そこに「私もお手伝いしますぅ」と麗ちゃんも加わって、未来に頼まれていた食材を袋から取り出す。
… 一体、シェフはこれから何を作ってくれるのだろう?
大和も口ではあんなことを言いつつも、既に心遣いだけで星☆☆☆は確実に違いない。
だって、こんなふうにしてもらえるとは思わなかったから。

ジッと未来を見つめる大和の横で、景は微笑ましく思うのだった。



料理ができる間、男子厨房に入らずということで、大和は景に新作の洋服を見せてもらうことに。

「これ、めちゃめちゃカッコいいですね。益々、景さんの服にハマりますよ」

景のデザインする洋服はシンプルでカットワークに拘(こだわ)ったものが多いのだが、今回はそれをデニム素材で少しカジュアルダウンさせている。
“等身大の自分”というのが、テーマらしい。

「そう?大和君にそう言ってもらえると、調子こいてガンガンデザインしたくなる」
「景さんの服って、景さんそのものって感じですよね」
「俺?」

「不真面目な感じが?」と白い歯を見せて笑う景の相変わらずの答えに、大和は自分もこういう男になれたらなと憧れを抱く。
周りに流されない、自分の信じる道を真っ直ぐに前を向いて。
人気俳優と騒がれ、歌も売れている大和だが、それが全部自分の力だとは思わない。
影で支えてくれる人がいるからこそ、今の大和があるのだということもわかっているが、それに比べて景は一人でここまで来たのだ。

「真っ直ぐ前を向いているって言うんですか」
「あはは、俺はそんなにいい男じゃないさ。自信なくして周りのことばっか気になって、何であいつがとか、恥ずかしいくらいに僻んでみたり」
「景さんが?」
「見えないかもしれないけど、結構、腹ん中ではドロドロしたこと考えて。でもさ、未来のおかげで最低の男にならずに済んだかも」

あの日、いきなり掛かって来た電話。
『景ちゃんから見て吉原 大和(よしはら やまと)に一番似合う服』と言われた時には、思わず、『それ、すっげぇ難しいんだけど』と答えたが、『つべこべ言ってないで、何とかしなさいよ。プロでしょ!』のひと言で目が覚めた気がした。
彼女は切羽詰まって言ったかもしれないけれど、自信をなくしかけていた景にプロなんだということを再認識させてくれた。
出会いとか、きっかけとか、運とか、そういう瞬間を大事にしなければならないことも。

「俺も彼女のおかけで、気付いたことがあるんです」
「ん?」
「ギター一本で歌うってことを。飾らない方がいい場合もあるのかなって。将来、叶うなら一人で小さな会場を回ってみたいっていう夢を持ったんです」

大きな会場で歌うことはそれはそれで気持ちがいいことだし、バンドや仲間がいるというのは心強い。
でも、一人でやってみてわかることもある。

「その時は是非、俺も聴きに行かせてもらうよ」
「はい」

男同士の会話に花を咲かせていると、いい匂いが漂ってくる。

「おっ、いい匂い」
「今夜のメニューは、何なんですか?」
「それが、これ食えるのか?っていうような材料を調達に行かされたんだけどさ、なんでも中華の薬膳とか言ってたぞ?」
「薬膳?」
「未来が大和君の体を心配してさ、最近疲れてるからって。あっ、これは俺から聞いたことは内緒にしておいて欲しいんだけど」

…未来が、俺を。
胸の奥が切ないくらいにきゅっと熱くなって、二人っきりだったら今すぐ抱きしめているところだろう。

「折れそうなくらい細いのに、彼女のどこにあんな力が隠されているんですかね」
「ほんとだよな」

細い腕で大きな中華鍋を軽々振ってみせる彼女。
そこにはきっと、愛の力も少しだけ含まれていたのかも。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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