Actor2
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K's-1初のファッションショーは、意表をついて本店から近いところにある表参道ヒルズ内B3FからB1Fへと繋がる階段を使って行われた。
それも当日までショー自体も全くのシークレット、もちろんラストであの二人がスペシャルゲストとして登場するなどとは夢にも思わないだろう。
休日の若者が賑わう街で突然始まったファッションショーに、たくさんの人々が足を止めて見入っていた。

「あぁ…ものすごく緊張する」

「どうしよう…」と情けない声を出している未来、以前担当していたSCOOPや今の大和の撮影現場やコンサートを何度も目にしているものの、CM撮影しか体験したことのない自分がその中心に立つとは思ってもみないこと。
リハーサルは行ったが、あれは室内であって、実際こんなにたくさんの人の中を歩くなんてことはやっぱりできそうにない。

「大丈夫だよ。自分が花嫁さんになった気分で歩けばさ」
「それができれば、苦労しないでしょ」

―――さすが大物となると、緊張なんて言葉はこれっぽっちも頭の中にないのだろう。
だいたい、もしこれが本物の花嫁さんだったとしたら、もっと緊張するに違いない。
ましてや、隣にはあの吉原 大和がいるのだから。

「俺の隣で最高の笑顔を見せてくれればいいんだって」
「引きつった笑顔なら、演技じゃなくてもできるわよ」

それだけ言えれば十分だと大和は思ったが、そっと白いレースの手袋の上から未来の手を握る。
…なんて、綺麗なんだろう。
他人に見せるのがもったいないくらい、そう思えるほど隣にいる彼女は美しい。
いっそ、本当の結婚式を挙げてしまいたい。
でも、その時は二人っきりにして欲しいかな。

「未来も大和君も、準備はいいかな?」

「そろそろ、出番だから」と景が二人の元へ来たが、あまりにお似合いなものだから思わずその場で見入ってしまった。
自身初のファッションショーの最後を飾るに相応しい、それと同時にここまで順調にこられたのもこの二人のおかげと感謝してもしきれない気持ちが景の中にはあったのだ。

「景ちゃん、失敗したらごめんね」
「ん?大丈夫だよ。世界で一番頼りになる男が付いてるからね」

「なぁ、大和君」と振られると真剣な表情で答える大和。
景がこの日のためにどれだけ頑張ってきたかを知っているだけに何としても成功させなければ。

「さぁ、行くぞ」

バージンロードに見立てた階段をゆっくりと歩いていく二人。
まさか、そこに吉原 大和が登場するなどと思っていなかった観客達は一瞬言葉を失い、時間も空気も何もかもが止まってしまったような気がした。

『えっ、あれって大和君じゃない?』

『うそっ』

『キャーっ!!吉原 大和!!』

あっという間に静寂が黄色い歓声に変わり、反射的に手に取った携帯を向けて写真を撮りまくる。
どこで聞き付けたのか、さすがといっていい、どこぞのカメラマンもこの瞬間を待ちわびていたかのようにフラッシュが光った。

『なんか、すごいことになってない?』
『普通じゃん?』

あっけらかんとした大和に、こんな中でも未来も次第に緊張が解けていく。
―――でも、後で刺されたりしないかしら…。
彼の隣に得体のしれない女がいて…。

『隣の女性、CMの?』

『一体、誰なのよっ!』!

『やっぱり、彼女だったの?!』

ちらほら、そんな会話が聞こえてくる。
不思議なものだが、これだけの雑踏の中にいても、ああいうのはちゃんと聞こえるものなんだと今更感心したりして。
今のウエディングドレス姿の未来のことをマネージャーだとわかるのはごく限られた人達だけだったが、これで忘れられていたあの謎の彼女が復活するのも時間の問題。

「もっと見せつけてやろうっか、俺達のこと」

「えっ?」と声を上げた時には、既に未来は大和に抱き上げられていて、咄嗟に彼の首に腕を巻き付けた。

「ちょっとっ待って、話が―――」

「違うじゃないっ!!」という未来の言葉を飲み込むように唇が重なった。
更に大きくなった歓声だけが未来の耳に入ってくる。
恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだったが、ここはなんとか景のためにも耐えなきゃっ。
とはいっても、彼はどうやら本気らしい…。

「ダメっ、やま…く…ん…っ…」
「ごめん、つい…」

これだけの人が見ている中で我を忘れてしまった。
それくらい、大和には未来だけだということにしておこう。

まるで本物の新郎新婦のような二人に、見ていたカップルも友達同士も、羨望の眼差しをそして惜しみない拍手を送る。
後方からは、幸せな二人を取り囲むようにデザイナーの景を中心に錚々たるモデル達からも祝福の拍手が。
ショーは、大成功のうちに幕を下ろしたのだった。



「なんで、怒ってんだよ」

「わかんねえよ。俺が何をしたってんだよ」と口もきいてくれないどころか、目も合わせてくれない未来に大和はどうしていいかわからなかった。
あの場面では、ああするのは自然の流れだったし、結果ショーだって大成功に終わったのだ。
ちょっとやり過ぎた感もないことはないが、だからといってこんなに怒ることはないだろう。

「また、ワイドショーや週刊誌で騒がれるでしょ?なのにわかってて」

今回の件について米澤は何も言わなかったが、あの女性が誰なのか再燃することは確実だ。
当日まで秘密で登場する分には問題ないと思っていたのにあのキスは、誰がどう見ても演技とは思えない。
画像だってたくさん撮られてネット流出しているし、プロの写真家にも撮られていたのだ。
今度こそ、相手を突き止めるために前にもまして大和のことを追いまわすに決まってる。

「ごめん。事務所や未来にも迷惑が掛るっていうのは、わかってたんだけど。仕方ないだろう、あの場はキスしないでいられなかったんだから」
「だからって、あんな…」

―――あんな濃厚な…。
思い出しただけでも、体が熱くなる。

「当分は気を付けるよ。あぁ〜あ、こんなことならさ、いっそ俺達、結婚しちまった方がいいんじゃないのかな。そうしたら、堂々と歩けるし、キスだってできるじゃんか」

頭の後ろに手を組むと、ラグの上にごろんと仰向けになった大和。
こうして、彼のマンションに二人でいること自体、既に誰かに見られているかもしれない。
彼の言う通り、いっそ結婚してしまえば…。
付き合い始めてまだそんなに経っていないし、こういう理由で結婚してしまうのもどうなんだろう…。
きっかけというのも大事だが、彼にとってはまだ早過ぎるのではないだろうか…。

「まだ、23歳なのにもう結婚?」
「俺のことより、未来は早くしないと」
「うぅっ」

それを言われると返す言葉もない。
自分が、もう少し若かったら…。

それより、これからは用心しなければ。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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