Actor2
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「―――是非とも、遥さんに出演していただきたいんですが、考えていただけないでしょうか」

例のCM第二弾の出演交渉に来ていた広告代理店の担当者に、ここまで熱心に頼まれると未来も嫌とは言えないが…。
今度は化粧品のCMで台詞もほとんどないから、出演すること自体にそれほど意固地になるつもりない。
が、しかし、未来がすんなり“うん”と言えない最大の問題点は、男性俳優との共演にあった。
あくまでも、自分は吉原 大和のマネージャーだと思っているし、これを機に芸能界入りをしようなんて微塵も考えたことはないが、この一件に関しては、やはり恋人である大和にひと言相談の上でなければ返事はできないだろう。
念のために言っておくが、現段階では前回のようなキスシーンは含まれていない。

「彼女はうちのマネージャーですし、もう少し時間を与えてくれませんか?事務所としましては、本人の意思に任せたいと思いますので」

さすが、米澤は未来が困っていることを素早く察知して助け舟を出してくれた。
そういうところまで理解してくれている彼女は、本当に頼りになる存在だ。

「そうですか。では、是非とも出演していただけるよう、よろしくお願いします」

「いい、返事を期待しています」と担当者は、名残惜しそうに何度も懇願するように頭を下げて静かに部屋を出て行った。

「いやぁ、いい男だったわ」
「は?!」

「大和君以来、久し振りにいい男を見たわ」と感嘆の声を上げてパタンと閉まったドアをジッと見つめている米澤。
若干、話が逸れているように思うのは未来の気のせいだろうか…。

「今の彼よ。広告代理店になんかいるの、もったいないくらいいい男だったじゃない。まぁね、未来ちゃんには大和君しか見えてないだろうから、そんなことはこれっぽっちも思わないでしょうけど」

米澤が、これだけ褒めるのは珍しいかもしれない。
未来はたった今、出て行った広告代理店の担当者の顔を思い出してみる。
年齢は未来と同じか少し若いくらいだろうか?前回のCM担当者とは違って随分若いなと思ったが、確かに一般人としては、かなりいい線いっていると言っていい。
しかし、申し訳ないが未来にはそれだけの感想しかなかった。
米澤の言うように大和しか見えていないというのはあながち否定できないけれど、彼女には職業意識と持って生まれた審美眼によって、いいものを見極める力が存在するのである。

「そんなことないですよ?で、まさか今の彼をとか、とんでもないことをもくろんだりしていないでしょうねぇ」
「相手役の俳優は、未来ちゃんには合わないと思うの。だから、あんまり乗り気じゃなかったのよね。でも、彼が相手だったら、ミステリアスな二人として注目を集めること間違いなしよ」
「米澤さん、それ本気で言ってませんよね?」

彼女の目を見れば、冗談で言っていないことは明白だが…本当に彼を相手役になどと、大それたことをしかねない勢い。
―――そんなことをしたら、大和君がなんて言うか…。
ただでさえ、自分以外の男性とCMで共演すると知った時点で、即行却下されるに決まっているというのに米澤さんがこれだけ押している相手を選んだりしたら…。

「本気も本気。俄然、やる気出てきたわよ」

「早速、交渉してくるからっ」と風のように部屋を出て行ってしまった米澤に呆気に取られて、未来は言葉も出なかった。

+++

「未来や。ところで、CMの話はどうなったのじゃ?」
「え…」

大河出演が決まって以来、二人っきりになると調子に乗って時代劇口調で話す大和だったが、まんざらでもない様子。
それより、CMの件を持ち出されるとは…。
あれから、米澤の妙案がひどくクライアントの心を揺さ振ったらしく、また広告代理店側もそれに賛同したものだから、さぁ大変!!
あの時は『本人の意思に任せたいと思いますので』、とか言っていたはずなのに本人の意思を全く無視した形になりつつあった。
何とか、かろうじて当の彼が難色を示していることで暗礁に乗り上げた形になっているが、既に水面下では二人を起用するという前提で事は運ばれていたのだ。

「断るのか?」
「私の方はそのつもりでいるんだけど、米澤さんがね」

この一年は彼の希望を優先させたスケジュールを取ることで調整した結果、映画とドラマを一本ずつと念願だったギター一本でのライブを行うことに。
今日はその前に景が自身のブランドで初のファッションショーを開催するというので、大和と未来はシークレットスペシャルゲストと出演することが決まり、その衣装合わせを兼ねたリハーサルに来ていたのだ。
景に用意された衣装を纏うためにお互いフィッティングルームで着替えていたから、会話の最中、顔は見えないが。

「未来は、あんな男でいいのかよ」

カーテン越しにひょっこり顔を出した大和。

「え?もしかして、妬いちゃったりしてくれてるのかしら?」

着替え終わった未来もカーテンから顔を覗かせる。

「は?そんなわけっ」

こんなに動揺している大和を見たら、未来でなくてもすぐにそれがわかってしまう。
彼はまだ、相手が広告代理店の担当者に代わろうとしていることを知らなかったから、当初決まっていた俳優のことを言っているのだろう。
役だから相手のことを特にあれこれ言うつもりはなかったけれど、米澤の感じていたことと彼の気持ちはどこかで一致していたのかもしれない。

「何、言い合いしてるんだ?ところで、お二人さん。準備はOKかな」

ショーの当日まで誰にも知られていない二人は、ラストにシークレットスペシャルゲストとして登場する。

「ねぇ、景ちゃん。これって何だか、ウエディングドレスみたいね?」

未来が着ていたのは、ホワイトデニムを使った斬新なカットで、胸元を飾る同素材のお花が一際印象的なワンピース。
スカート丈は膝小僧が見えるくらいだが、サイドからバックにかけて裾が床に流れるようなデザインだ。
マネキンが着ているのを見た時には何とも思わなかったのだが、鏡に映った自分を見て何となくそんなふうに思えたから。

「当たり!!だから、喧嘩なんてしてたらダメなんだぞ?」
「未来さん、綺麗ですぅ」

両手を胸の当たりで組み、潤んだ表情でウエディングドレス姿の未来を見つめる麗。
初めから景は、二人に結婚式の衣装を着て出演してもらうつもりでこの服をデザインしていたのだった。

「どれどれ、俺もっ―――」

未来の姿を一目見ようと出てきた大和は、目をまん丸にしてその場に固まった。
…何て、綺麗なんだ。
彼の瞳には恐らく、ウェディングドレスを纏った未来しか映っていないだろう。

「大和君、惚れ直しただろう?」
「えっ、はい」

照れているのだろうが、それでも素直に認めてしまうところが彼らしい。
大和が着ているのは、やはりカットが凝ったデザインのブラックデニムを使用したジャケットとパンツ。
素肌にそれを身に付けただけだったが、そこはやっぱり吉原 大和の成せる業としか言いようがない。
加えて、カジュアルな素材も景のテクニックに掛かると、それはどんな高価な服にも負けずとも劣らないゴージャスなものに変わるのだ。

「二人、並んでみて下さぃ」

麗に手を引かれて未来は大和の隣に立つと、そっと腕に手を掛ける。
ちょっぴり恥ずかしかったが、ウエディングドレスは一生に一度は夢見る女性の憧れ。

「綺麗だよ」

耳元で囁くように言われて、胸の奥がジンっと熱くなる。
そんな二人の世界に浸っている彼らに気を利かせた景と麗は、そっとその場を離れた。


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