「ねぇ、大和君…それ…すっごく、怪しいんだけど…」
未来と湊のCMに大和の出演(友情出演)が決定し、トントン拍子に話が進んだものの、というか未来一人の出演料で、もれなく大和が付いてくるとなれば、クライアントにとってこんな美味しい話はないだろう。
ストーリーは、冴えないOLだった未来を影で見つめる男性(大和)が彼女を別人に変身させて、同じオフィスビル内に勤める憧れの彼を演じる湊のハートを掴むというものだったのだが…。
吉原 大和だということが知られないようにとの、これは本人の意向だったから仕方がないのだけれど、それを今ここでやらなくってもいいでしょう。
「俺だってわからないようにするには、これくらいやらないとな」
「だけど…」
どこで調達したのか、恐らく景も絡んでいるに違いないが、ロン毛?のカツラに不精髭は自前らしい。
ワイルドさをアピールしたいのはわかるけれど、誰が見ても怪しい人にしか…。
「本当は、俺が未来の相手役を演じたかったんだけどな」
彼の本音ではあったが、無理を言って出演させてもらえることになっただけでも良しとしなければ。
「湊さんと二人っきりだったら、台詞がないとはいっても、ものすごく緊張しちゃうけど、大和君も一緒なら心強いもの」
「あいつにしてみれば、俺はお邪魔虫だろうけど」
男同士にしかわからない、肌で熱い想いというものを感じ取っていた大和。
湊が未来に対して、単なる仕事だけの関係だと割り切っていないのはわかっている。
飲み比べは未来に上手く仕切られた部分があったが、今度は二人だけで再度勝負しようと密かに計画は進んでいたのだ。
もちろん、未来にはナイショで。
「ちょっと。まさか、その格好で外に出る気じゃ…」
「ダメ?」
「ダメ?」って可愛くいわれても、ダメでしょう。
怪し過ぎて、捕まったりしたらどうするの。
髭ぐらいなら、いつもと違う大和というイメージで、それはそれでウケるかもしれないが…。
「ダメよ。大和君はカッコ良くて、爽やかで、清潔でなきゃ」
「ふ〜ん」
「何よ」
―――そのニヤニヤ笑いは…。
「未来も、そう思ってくれたりするワケ?」
「え…」
―――そりゃあ、どんな大和君だって、カッコいいと思うわよ?
だけど、売ってるイメージっていうのがあるでしょう。
「ほら、早くしないと。今日は、大事な映画のクランクインなんだから。っていうか、そんな顔で行っちゃダメっ」
「誤魔化したな」
「そういうわけじゃないけど」
「今度の映画は、エリートの道から外れた役だからな。髭は監督の希望なんだ。CMにもちょうどいいし」
―――そうなの?なら、いいんだけど…。
今日、クランクインの映画はエリート官僚だった主人公が、ある事件をきっかけに左遷された挙句、妻や子供にも愛想をつかれ、そこから自分自身を見つめ直すというもの。
撮影の順番から、髭のある状態にしているのだろう。
「で?爽やかで清潔じゃない、ワイルドな俺の印象は?カッコいいのは変わらないと思うけどさ」
「そこ、重要?」
「大いに重要」
大和も未来の反応が気になるのだろう。
「男っぽくて、私は好きだけど」
「え?聞こえなかった。もう一度、言って」
「もう言ったんだから、いいでしょ。ほんと、早く行かないと遅れちゃう」
「ほら、ほら」と未来に背中を押され、仕方なく出て行く大和。
…なんだよ。
もう一回、言ってくれたっていいじゃんか。
ケチ。
+++
これといった出来事があるわけでもなく、家と会社を往復する毎日。
そんな中で彼女の唯一の楽しみが、毎朝勤め先のオフィスビル内エレベーター前で見掛ける素敵な男性。
いつも見つめるだけの日々だったけど、彼の横顔を見られれば、その日一日が幸せな気分で過ごせる。
―――あぁ、あんな素敵な彼氏がいたらなぁ。
まっ、こんな冴えない私じゃ、到底無理な話よね。
「ハイ。カット!!」
「いいよぉ、遥さん、今の感じ。恋に憧れる乙女の気持ちがよく伝わってくるねぇ」と絶賛している監督。
化粧品会社のCM撮影がいよいよ始まったのだが、前回の車のCMを撮った監督だ。
今回は台詞がないだけに演技の経験がほとんどない未来には表情だけで思いを伝えるのは難しい。
それでも、自分に自信がなくて上を向いて堂々と歩けないでいる女性の気持ちをよく現していたと誰もが思ったのは、少なからず未来自身にもそういう時があったからかもしれない。
「良かったです。でも、やっぱり緊張します」
「遥さんだからできるんだと思うよ。慣れた女優では、なかなかリアルには撮れないから」
「じゃあ、次は大和君、頼むよ」と監督は、手際良く次のシーンの撮影へと切り替える。
映画の撮影と重なって忙しい大和だったが、合間を縫ってというか、彼にとっては映画よりもこっちの方が重要だったりして。
それにしても、かなり怪しい…。
ある日突然、オフィスに現れた髭面の若い男性に連れ去られる彼女。
「俺が魔法をかけてやるよ。一生消えない」
その言葉通り、彼の魔法によって鏡の前でみるみる別人へと変わっていく自分。
実際は超一流のメイクアップアーティストの手によるものだったが、普段の未来も、もちろん綺麗だったけれど、今目の前にいる彼女は全く違った魅惑的な光を放っていた。
その姿を側でジっと見つめていた大和。
同じように近くで見ていた湊も、さすがに二人の間には入れない何かを感じていたのだが、それ以上にさすが化粧品会社だけのことはある。
「未来さん、とっても綺麗ですぅ」
「女って怖いな。化粧一つであんなふうに化けるものなのか?」
「あれじゃあ、撮影とはいえ、側で見ている大和君も平常心ではいられないだろう」と今回も衣装を担当していた景とアシスタントで付いてきた麗が驚きの声を上げた。
メイクが済み気が付くと今まで鏡に映っていたはずの彼の姿はなく、「ハイ、カット!!」という監督の声が響き渡った。
すぐに未来は景のデザインしたベージュのナチュラルなワンピースに着替え、ラストシーンの撮影に。
勇気を振り絞って、憧れの彼に告白する場面。
「今の君なら大丈夫。ほら」
再び現れた大和演じる若い男性にポンっと背中を押され、彼女は憧れの彼の元へ駆け寄るのだが…。
…おい、未来。何でっ。
何を思ったのか未来は湊のところへは行かず、クルっと振り返ると大和の胸に飛び込んでしまう。
自分でも何でこんな行動に出てしまったのか未来にすらわからなかったが、多分、湊だけにはその気持ちがわかったのだろう。
ただ、黙って見つめる湊。
大和は、ぎゅっと未来を抱きしめた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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