Actor2
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一日限定で走らせた電車内の『恋の魔法』キャンペーンの後、全国一斉に放送されたCMと若者が集まる場所で流された映像広告の効果なのか、あっという間に売り切れ続出、化粧品が店舗から消えるという前代未聞の現象にスポンサーは顔が緩みまくって仕方がないそうだ。

「あれ?未来、またノーメイクなのかよ。化粧品、もらったんじゃないのか?」

「出演したんだし」と少々、大和は不満らしい。
男性っていうのは、意外にこういうところを見ているというか、チェックが厳しかったりもする。
確かに彼の言う通り、新作『恋の魔法』メイクシリーズの一式は事前に化粧品会社さんからたくさんいただいていたが、未来はメイク自体どうも慣れなくて。

「マネージャーが目立っても、仕方ないでしょ?」
「まぁ、そうだけど。彼女には、いつでも綺麗でいて欲しいとか思うわけよ。彼氏としてはさ」

「それで、よからぬ男が寄って来ても困るけど」と、どっちも大和にしてみれば本音なんだろう。
でも、彼がそんなふうに思っていたなんて、当初マネージャーになったばかりの頃を思えば随分マシになったが、それでもこんな姿では隣にいるのは相応しくないのかもしれない。

「なら、大和君がオフの日だけメイクする。それなら、いい?」
「マジで?なら、ホテルのスィートとか貸し切ってさ、パーッと二人しておしゃれするのは?なんか、いつも俺の家か、未来の家って感じだしさ。そこにたまには、セクシーな服とか着てくれるとなぁ」

彼にとっては最後の部分だけが重要なんだろうが、二人の関係を大っぴらにできない以上、どうしても出掛ける範囲は狭まってくる。
大和はミリオン歌手でありながら、俳優としてもゆるぎない地位を築いているだけにそれこそ年収は数億をゆうに超えているはずだ。
その割には一般人の未来から見ても金銭感覚は至って普通で、K’s-1での纏め買いは半端じゃないが、それ以外の出費はほとんどないと言っていい。
未だに夜な夜なコンビニに行っては、雑誌や漫画に加えて最近ではスィーツ男子にもなってるらしく、それを買ってくるくらいの至って質素な生活ぶりに未来の方が驚くほどだ。
車も芸能人にありがちな高級外車どころか、彼は軽自動車しか持っていなかったような…。
一体、いくら貯金があるのかしら?

「ちょっと!!セクシーな服って何?」
「せっかくだからさ、俺がプレゼントするよ。景さんに頼んで」
「いい、遠慮しておく。だって、景ちゃんがデザインなんかしたら、どんなの作るかわからないもの」

───きっと、おもしろがって、超ミニで胸元とか背中とか思いっきり開いた服を作るに決まってる。
いくら、誰にも見られないからって、そんなの裸同然の服なんて着られるわけないんだから。

「いいじゃん。未来は何を着ても綺麗なんだからさ。それに景さんはデザイナーなんだから、それこそ最高のデザインをしてくれるに決まってるよ」

こういうところが、大和のプロ意識を感じるころだと未来は思う。
彼の言うように景は一流のデザイナーである、だからどんな注文にもベストを尽くしたデザインをするに決まっている。
───とは、いってもねぇ…。
大和君のことは大好きだから、デザインより彼の希望を優先しちゃったりするんじゃないの?

「わかったわよ。大和君と景ちゃんを信じて楽しみにしてるわ」
「それじゃあ、早速連絡しとかなきゃ」

今は映画の撮影もあるし、オフなんていつ取れるのかわからないのに?
こういうところが、まだまだ若いのだろうか。

+++

それから、彼がオフを取れたのは随分日が経ってからのこと。
すっかりあんな約束など忘れているとばかり思っていたのに、そういうところはしっかりしているのだろうか。
しかし、CMで未来に魔法をかけた髭面の若い男性が、実は吉原 大和ではないかという噂がチラホラとワイドショーでも取り上げられるようになっていたのとほぼ同時。

「未来、ホテルのスィートはバッチリ予約したからな」

「もちろん、景さんには最高の服をデザインしてもらったから」と嬉しそうに話す大和。
でも、こんな時期に二人が一緒にホテルに入るところをもしも誰かに見られたりしたら、それこそ大変なことになる。

「ねぇ、ホテルになんて泊まらなくてもいいんじゃない?大和君のマンションでも十分豪華だし」
「はぁ?何、言ってんだよ。ここじゃ、意味がないだろうって。八丈島に行って以来、二人でどこにも出掛けてないのに」

───そりゃあ、そうでしょ?
大っぴらに出掛けられる状況じゃないんだから。
あの旅行だって、よく誰にも知られずに行けたものだと、我ながら無謀なことをしたと反省しているくらいなのに。

「仕方ないでしょ。大和君の立場上、ホイホイ二人でなんて出掛けるわけにはいかないんだから」
「だからって、せっかくのチャンスを逃すことないだろ」

改めて言われずとも、大和自身が一番注意を払っていることには変わりないし、一般人である未来に何かあれば、この地位を捨ててでも守り抜く覚悟はできている。
とはいっても、やっぱり普通の恋人同士のように過ごしたいと思うのは間違っているのだろうか?
大和のマネージャーになった当初に比べれば雲泥の差かもしれないが、CMやK’s-1のファッションショーで共演した時のような彼女にもう一度会いたいと願う男心をもう少し理解して欲しいのだ。

「そうは言っても、あのCMに出演してたのは吉原 大和じゃないかって問合せも事務所に来てるのは事実だし。もちろん、その件に関しては米澤さんが抑えてるけど。K’s-1のファッションショーでも二人が共演してて。名前も経歴も非公表でいつも一緒にいる女性は誰だって、マスコミも動き出してるって話も否定できないのよ」
「それは、わかってる。迷惑を承知で、今回も景さんと米澤さんにも協力してもらったんだ。もちろん、それぞれにスィートで楽しんでもらうよう俺から手配したけどさ」

最高級といわれるホテルの中でも、スィートルームと呼ばれる部屋は3部屋しかない。
ワンフロアを占めるそれを全部、今夜、大和は貸し切ってしまったのだ。
部屋を借りる以上誰か泊まらないともったいないということで、日頃からお世話になっている景と麗ちゃんのカップルと米澤夫妻にも楽しんでもらおうと今回の企画に協力してもらったわけだ。

「えっ、米澤さんって?」
「旦那さんと夫婦水入らずで過ごしてもらおうと思ってさ。ちゃんと景さんには洋服をデザインしてもらったし」

─── 米澤さんったら、そんなことはひと言も言ってなかったのに。
いつの間に。
まぁ、大和君がそこまで考えてくれたなら。
お金だけじゃなくって、彼のそういう優しさも嬉しかった。

「わかったわ。みんなも一緒なら大丈夫ね」

「ありがとう」とお礼を言う未来に「惚れ直した?」とおチャらけて言う大和だったが、ゾッコンだとは絶対言わないんだから。
だって、調子に乗るのがわかってる。



景は大和、米澤さんは旦那様の運転で未来と麗ちゃんをそれぞれ迎えに来ると時間差でホテルに向かう。

「こんな贅沢させてもらっていいの?私達まで」

助手席の米澤は、いつも冷静なのに今夜は少し興奮しているようだ。
華やかな芸能人と接する仕事をしていても、同じような生活をしているわけではないし、スィートルームに泊まるなど、庶民にとっては一生に一度あるかないかのこと。
それは、未来も隣にいる麗ちゃんも。

「大和君が決めたことですから。みんなで楽しみましょう」
「景さんがデザインしてくれた服も楽しみなのよね。世界に一着しかないK’s-1の服よ?行ってからのお楽しみって、旦那の分まで用意してもらっていいのかしらねぇ」
「いいですよって、私はお金払ってませんので。麗ちゃんも、もちろんデザインしてもらったんでしょう?」

自分の彼女の服をデザインしないはずはないだろうけど、まさか大和の希望通りデザイナー権限でセクシーな物を作ったりしていないでしょうねぇ。

「はい。でも、景さん一人で誰にも見られずに作ってましたから。私もわからないんです」

どんな服かもドキドキするけど、スィートルームで二人っきりなんて…。
なんか、ドラマみたい。


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