先にホテルの裏口から入った大和と景は、スィートルーム専用のラウンジでチェックインを済ませると部屋に入る。
もちろん、景がデザインした世界に一着の服を用意して。
「これを未来に見せたら、怒られないかなぁ?」
景がデザインしてくれたドレスは、真っ赤なシルクシフォン素材でできていて胸元の大きなリボンと背中が大きく開いたロングドレス。
スリットも深いけれど、だからといってちっともイヤらしくないところがさすがだと思うが、それでも彼女が一歩引くのは間違いない。
「大丈夫だと思うよ。見るのは大和君だけだし、麗なんて淡いピンクでこれがミニになったタイプで同じだと言えばお互い納得するさ。米澤さんのはシックなブラックのそれでいて大人の女性を最大限に引き出すようデザインさせてもらったけどな」
景はデザイナーとして一人の男として、最愛の女性をイメージしてそれぞれのものをデザインしたつもりだった。
男性用には一見普通のタキシードのようにも思えるが、そこは彼の才能を発揮している部分でもあって、大和は素材を全部リネンにしてあるのと米澤さんのものはシルク素材、自分はコットンと細かい部分で工夫を凝らしてある。
いずれにしても、最高の夜になることは間違いないはずで、忙しい中それを全て企画した大和には脱帽するし、この機会を与えてもらったことに感謝もしている。
「俺達までいいのかな、こんな豪華なスィートに泊まらせてもらって」
「いつも迷惑を掛けてますから、今夜一日楽しんでもらえれば。本当は今回だって、俺のワガママに付き合ってもらって感謝してるんです」
この企画だって、大和の勝手な行動に付き合わせた形になる。
お礼を言うのはこっちの方なのに。
「そんなことないさ。大和君のおかげでデザインの幅も広がってる。俺の方が感謝してもしきれないほどなんだよ」
K’s-1は好きな人にだけ着てもらえればいいと始めた店には違いないが、大和のおかげで世界が広がったことは確かだった。
お金のことは言いたくないけれど、売れなければ先には進めない。
彼の影響力というものの大きさに驚かされずにはいられないのだ。
「未来が俺のマネージャーになってくれたことが全てだし、そうした米澤さんのおかげですね」
「そろそろ、みんなも来る頃だから」
偶然も運命も全部重なって、未来という女性に会わせてくれたことが大和にとっての幸せの始まり。
だから、今夜だけは最高の思い出になる時を過ごしたい。
少しして、米澤さんの旦那様が運転する車がホテルに到着した。
今夜の主役は女性達だから男3人は精一杯のおもてなしを考えて、事前に打ち合わせをしていたことは内緒にしておこう。
「うわぁ、スィートって初めて!!世界は二人だけのものって感じなのね」
部屋に入るなり、窓ガラスにへばりついてそう口にした未来。
東京の夜景を一望できる部屋は夢のようで、そこで愛する人と二人だけで過ごすと思うと口では表せないほどの興奮と感動に酔わされてしまう。
「さぁ、景さんがデザインしたドレスに着替えて。メイクアップアーティストとスタイリストも呼んだから」
既に着替えて未来を出迎えてくれた大和。
撮影も済んだのだろう、すっかり無精髭も剃って完璧な彼の姿に戻っている。
何を着ても似合うけれど、景のデザインしたタキシードはそれを纏うだけで彼自身の素晴らしさまで引き出してしまうほど。
───これはしっかり画像を撮って永久保存しておかなきゃ。
って、その前にスタイリスト?メイクアップアーティストって?
聞けば、米澤さんと麗ちゃんにもそれぞれ有名なスタイリストとメイクアップアーティストを呼んでいたそうだ。
ここまでしてくれる彼氏はまずいないと思うけれど、嬉しい反面自分が自分でない気持ちになってくる。
そして、景がデザインしたというドレス。
真っ赤というだけでも驚いたが、背中の開き具合とスリット。
彼にしか見せないとはいえ、こんな自分がこれを着ること自体どうなのか…。
「私には着られません…」
「大丈夫。スタイルいいし、これは正にあなたのために作られたドレスだもの」
プロの目には全部お見通しということなんだろう。
こんな派手な服と思っても、着てしまえばやっぱり他の誰にも似合わない。
唯一無二、未来のためだけにデザインされたドレスであって、そんな彼女の隣に立てる男性はたった一人大和だけ。
ワインを飲みながら一人待っていた大和だったが、ドキドキしながらまるで花嫁を待つ気分。
「大和君、お待たせ」
「似合うかしら」という声に振り向いた時、大和は衝撃でその場に倒れてしまいそうになった。
真っ赤なドレスを纏った未来は、どんなスーパーモデルも及ばないほど美しく、誰の眼にも触れさせず自分の中に封じ込めてしまいたいほどだ。
「すっげぇ、綺麗だよ」
「ほんと?」と不安げな未来を抱きしめると、大きく開いたドレスの背中に触れた手が大和の男を掻き立てる。
しかし、夜は始まったばかり。
軽く触れるだけのキスをして。
…我慢、我慢。
でも、写真は撮ってもいいよな。
さすがにプロのカメラマンまでは呼んでないが、デジカメで彼女の今の姿を記憶に残す。
門外不出、これだけは誰の眼にも触れさせず、自分だけの宝物にしておくつもりだ。
極上のシャンパン、彼女に敬意を表してラ・グランダムで乾杯した後、直々に二人のために招いたシェフが腕を振るったフランス料理を堪能しながら、映画の撮影の話や湊が追っかけに遭って大変だという話など。
あのCMの一件以来、素で出演した湊は電車での通勤もままならず、当分は車での通勤に加え、社内に閉じこもっているという辞令が下ったそうだ。
ワイドショーでは再び、謎の女性のことや実はあれは大和だったのでは、二人の関係はと騒がれてはいたものの、はっきりした情報は謎のままに。
そこでも米澤の力は大きかったということだろう。
「すっごく美味しい」
「それは良かった」
映画の撮影の忙しい中、知らぬ間にここまで手配をしてくれていた大和。
景や米澤さんのことも誘ってくれていた彼の優しさ、未来はマネージャーとして何もしてあげられていない自分が恥ずかしく、そして情けなく思う。
「ありがとう。夢を見ているみたい」
「俺こそ、ワガママを聞いてくれてありがとう」
自分のためだけに綺麗に着飾った未来を見たい。
これは自己満足以外の何者でもないことはわかっていたが、それでもこんなふうに喜んでくれたら男冥利に尽きるというもの。
この後は、専任のパティシエがデザートを用意してくれることになっている。
実はこっちの方が大和の楽しみだったりして…。
そして、あのドレスを脱がすのも。
シャンパンでほんのりピンク色に染まった頬、艶やかな唇は欲情させるのには十分な材料が揃っている。
下心見え見えの企画ではあったけれど、これは予想以上の効果だったといっていい。
…まだまだ、最後まで楽しんでもらわないと。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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