今まで何度も二人一緒の朝を迎えたが、今朝は中でも格別だ。
彼女より先に目覚めた大和(やまと)は薄明かりの中、普段の未来(みく)ももちろん綺麗だと思うが昨夜の完璧に着飾った彼女を思い出し、その至福の時間(とき)を味わっていた。
忙しい仕事の合間を縫って作った甘い休日、景にも協力してもらったが全ての企画は大和自身が考えたもの。
仕事以外にここまで打ち込んだのは、恐らく初めてかもしれない。
…それにしても、この無防備な寝顔を見た幸せな男は俺以外に何人いるんだ。
そっとベッドから抜け出すとソファーに置きっぱなしだった携帯電話を取りに行き、こっそりと彼女の前に向ける。
シャッター音に目を覚まさなければいいがと思いながら、慎重に操作する自分は怪しい人物?。
でも、これだけは絶対に撮っておかなければ。
「うっ、う〜ん」
…ヤバイ、起きちゃうか。
ハラハラしながらも俺って結構写真家としての才能あるかもな?と変な自信を持ちつつ、満足のいくベストショットに頬が緩んで否応なしにニヤニヤ顔になってしまう。
こんな姿は、ファンには絶対見られたくないが。
「大和君?」
「おっ、おはよう。未来」
大和は、慌てて携帯電話を後ろ手に隠す。
…危ない危ない。
見られた時の彼女の反応を思い浮かべつつ、それはそれで怒った顔も可愛いのだが、せっかくの企画を台無しにしたくない。
「おはよう。早いのね、っていうか、今何時?」
寝顔をずっと見られていた上に画像までしっかり携帯電話に収められていたとは露知らず、それより分刻みのスケジュールをこなしている彼がのんびりしていていいはずがない。
しかし、ガバっと跳ね起きた彼女を見て、やっぱり大和はニヤニヤ顔になってしまう。
「まだ、大丈夫だって。二人でゆっくり、バスタイムを味わう時間くらいあるから」
「バスタイムって…」
その前に大和の視線が自分に向いていることに不審を抱きつつ、頭が完全に働いていない未来は自身が何も身に付けていなかったと認識するまで少しの時間を要したが、そんな未来にはお構いなしで大和は彼女を軽々と抱き上げた。
「うわぁっ、ちょっと」なんて未来の言葉は甘い唇で塞がれ、最後の締めはジャグジー付で大きく窓が取られたバスルームでの甘いひと時。
ここでも大和はしっかり準備、色とりどりの花が浮かべられたバスタブは乙女心をくすぐるに違いない。
「あれ?随分、大人しいんだ」
「今の大和君に何を言ってもムダだって、わかってるしぃ」
二人でお風呂など、それも外が丸見えのバスルームは恥ずかしい以外の何者でもないが、今だけは彼のために素直に受け入れてあげたいと思うから。
だけど、これ1回キリだからね。
「ほぉ、やっと俺のことをわかってくれたんだ」
「まぁね」と答える未来は、本当に嬉しそうな彼の顔を見ているとあまりに幸せ過ぎて怖いくらい。
───独り占めしてるって知られたら、ファンに恨まれちゃうわ。
「もっとわかってもらわないと」
二人が入ってもゆとりがあるくらい広いバスタブだったが、お互いぴったりとくっ付き合って離れない。
自然に大和の手が、未来のツルツルの肌の上を行ったり来たりする。
「くすぐったいってばっ」
「こういう時は、気持ち良いって言ってくれないと」
───調子に乗ってぇ。
心の中で抗議する。
“恋人とお風呂に入りたい? 入りたくない?”という質問には、一緒に入りたい派が反対派を大きく上回るという結果が出ている。
だけど、未来はといえば、どっちとも言えず…。
まぁ、大和君は迷わず賛成派に回るだろうけどっ。
「家を建てる時は、これくらい大きな風呂を絶対作りたいな」
「大和君ならお金持ちだから、いくらでも大きなお風呂作れるんじゃない?ほら、体も大きいし、今のマンションのじゃ狭くてゆっくり疲れも取れないでしょ」
「そうだけど。やっぱ、未来と入るには広くないとな」
「それでこそ、一日の疲れが取れるってもんだ」なんて…。
───そこなんだ…でも、私はキンチョーして余計、疲れそうなんだけど…。
◇
ゆったりとした朝食を取り終えると、大和は真っ直ぐ映画の撮影現場へ。
エリート官僚が堕ちる前の家庭も円満でバリバリと仕事にも打ち込んでいる役を演じていたが、英気を養って戻って来た彼の顔はまるで別人のように鋭く野望に満ちたその姿は監督を初め共演者や他のスタッフをも圧倒し、そして魅了した。
「大和君、いいことでもあったのかい?」
「そうですか?」
「いや、演技に深みがあって素晴らしいよ。彼女かな?」
メガホンを取る監督は自分の目がまるでカメラを通して映る映像と同じ役目を果たし、それ以上に心の中まで透けて見えてしまう能力を持っていた。
ちょっとした変化も見逃さず、最高の瞬間を見つけて映像に残すのだ。
「いえいえ、今は仕事が恋人ですから」
「またまた、カッコいいこと言って」と監督にからかわれながらも、俺って…こんなこっぱずかしいことも言えるんだと思ったりして。
「いい顔してるよ。元々、男前だけど、今は最高にいい感じだな。これからの撮影が楽しみだ」
監督は、そう言って大和の肩を叩いた。
大和は撮影現場に直行し、米澤さんの旦那様も会社へ、景は麗ちゃんと一度、家に帰ってからお店に出ると言っていた。
「おはようございます。旦那様とは、ゆっくりできましたか?なんか、付き合わせちゃってみたいで申し訳ないんですけど」
「未来ちゃん、おはよう。そんなことないわよ。正直言うとちょっと旦那とは倦怠期?って感じだったから、こういう機会を設けてもらってすごく感謝してるのよ」
「おかげで昔を思い出して、この歳で恥ずかしいんだけど」と米澤と未来は、二人一緒に事務所へ向かう。
というのも、大和が撮影中の映画に未来を出演させたいというオファーが来ているからで、その打ち合わせがあったからだ。
本人は頑なに否定するだろうが、米澤としては彼女が出演することで話題性もあるが大和の演技に幅が出るとわかっているから受け入れる方向で進めるつもりではある。
「もう一人、どうですか?」
「はぁ?この歳でぇ?やめてよ、それこそ恥ずかしくて会社どころか人前に出られないわよ」
「まだまだ、いけますって。女の子もいいじゃないですか」
女の子も欲しかったと思ったことはあったけれど、この歳で今更ねぇ。
「まぁね、って私のことはいいのよ。で?そっちはどうだったのよ。聞かなくても、ラブラブだったんでしょうけどっ」
未来の顔を見れば、満たされているのが聞かなくてもわかってしまう。
…あぁ、若いっていいわぁ。
年下の熱い彼がいれば尚更なんだろう。
あたしも、いっちゃおうかしら?なんて、なぜかその気になっている米澤だった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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