─ニュース速報─
映画Shadow city出演の女優Sが、合成麻薬使用と所持の疑いにより、都内の路上で現行犯逮捕!!
テロップがテレビに流れたのは間もなくのこと。
関係者に衝撃が走ったのはもとより、この映画の主演である大和やS企画も驚きを隠せない。
しかし、芸能界での薬物使用が問題となっていただけにまたか、という冷めた声も少なくなかった。
「うっそ、あの子が」
取材人達に囲まれて事情を説明する事務所関係者を見ながら、あれが自分でなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろす。
幸い、S企画ではこのような犯罪に手を染める者はいなかったにせよ、身近な問題になってきている今、米澤にとってもこれは他人事とは思えない。
期待されていた女優でもあったし、映画の中でも重要な役どころ、撮影に影響が出なければという心配の方が大きかったかもしれない。
「大和君や他の出演者に動揺が出なければいいんだけど」米澤は呟くとテレビのスイッチを切った。
「米澤さん、お電話が入ってます。日映の広崎さんから」
早速、映画会社からの電話だ。
米澤は急いで受話器を取った。
◇
ほぼ一日中、逮捕された女優のことでワイドショーやニュースは持ちきりだった。
既に撮影も進んでいたし、早急に代役を立てなければならないことと撮り直しの時間を含め、予定通り映画の公開日までに間に合うかどうか。
「未来ちゃんにお願いがあるんだけど」
急遽、米澤に呼び出された未来だったが、彼女の真剣な眼差しにただ事でないことを悟った。
「どうしたんですか?改まって」
椅子を引くと浅く腰掛けた。
「ニュースで知ってると思うけど、未来ちゃんに彼女の代役をやって欲しいの」
「代役って…私が映画に出るって言うんですか!?」
寝耳に水とはこういうのを言うのだと、驚きながらも頭の中に思い浮かぶのはこんなことだったりして。
とはいっても、素人の未来がCMに出たことさえ奇跡に近いことだったのに映画の中で演じなければならないとなれば、いくら米澤のお願いと言われても、はいそうですかと簡単に受けられるものではない。
「米澤さんのお願いでも、そればかりは」
「監督さんからも、是非にって言われてね。一度会って、話だけでも聞いてあげて」
本当は別の役でオファーが来ていたことはこの際、米澤は言わないことにする。
「ね」と言われても困るのだ。
切羽詰ってとのことだとわかっていても未来より演技の上手い人はいくらだっているはずで、女優を夢見て頑張っている人がこれでは報われない。
「私はマネージャーであって、女優ではないんです。米澤さんも、よく知ってるじゃないですか」
「あのね、私はプロなのよ?未来ちゃんに隠れた才能があることはちゃんとわかってるんだから。もったいないじゃない。せっかくのチャンスを逃すなんて」
単にスタイルがいいとか美人だという理由だけで選ぶなら、未来でなくてもいい。
奥に秘めた個性や素質を見抜いているからこそ、CMや今回の映画にも彼女を選んだのだから。
とはいっても、何も知らない状態での出演には不安もあるに違いない。
だからこそ、素晴らしい人が側に付いているわけで。
「大丈夫よ。心配しなくても、大和君がいるんだから」
そういう問題じゃないと思うんですが…。
「それより未来ちゃん。芸名どーしましょ」
どーしましょって、可愛く言われても…。
───あの…本当に私が出るんでしょうか?監督さんともまだ、お話していないんですけど…。
米澤さんは未来の気持ちなんて全く考えていない、どころかものすごく喜んでいるように見えるのは気のせい!?
「芸名って…」
「まさか、遥未来で出るつもりじゃないでしょうね」
そんな真顔で言われても…。
だから、出るつもりはこれっぽっちもないんですって。
大和演ずるエリート官僚が関与したとされる事件について、裏に隠された本当の真実を知るために独自に捜査に乗り出し、彼の支えとなる検察官の重要な役どころ、できるわけないですってぇ。
「車に続き化粧品のCMに出演して以来、あれだけ注目を集めたにも関わらず、いくら手を尽くしても見つけられないって芸能レポーターさんも躍起になってるから」
こんなに間近にいるのにどうして気付かないのかしら?灯台下暗しとはよく言ったものね。
「あっ、寧々はダメよ。それは私の娘に」
「娘?」
「えっ、なんでもないのよ」
「こっちの話」おっといけない、うっかり口に出してしまいそうになったが、まだまだ先にならなければ本当のことは言えない。
…だけど、何かこう未来ちゃんにぴったりの名前はないかしら?
「大和君に考えてもらいなさい。明日までに」
「明日ですかぁ?」
あぁ…。
大和君になんて言ったら、とんでもない名前になるに決まってる。
その前に出演に対しては、どうなんだろう?
◇
マズイ、マズイ、マズイ。
ひっじょーにマズイことになっている。
未来は一人ブツブツ言っていたが、どうしてこういうことになっちゃうの!!
女優Sが逮捕されたことよりも、なぜか吉原大和 主演の映画Shadow cityは予定通り完成するのか!!という話題で持ちきり。
代役は誰なのか?噂が飛び交い、何だか有名どころの女優の名前まで次から次へと挙がる始末。
しかし、実際は無名と言っていいほど知名度がない未来が有力候補だとはとても言えるはずがない。
「ということでね。私は映画になんて出演するつもりないって言ったんだけど。米澤さんったら、もう大乗り気なのよ」
仕方なく大和に相談した未来。
ここで彼が強く反対してさえくれれば、平和な日々がやって来るのだが。
「芸名は、“はるか”だな」
うむうむ、と一人納得している大和。
いきなり、芸名に話が飛ぶということは未来が映画に出演することに反対はしていないらしい。
そりゃそうだろう。
どん底まで落ちた人生、彼女の存在が光となって再起する。
ということは、話の流れからして第二の人生ということも。
大和にとっては正しく美味しい相手役、日々の仕事も楽しくなるってものだ。
「はるか?ちょっと単純過ぎない?」
そのまんまだし…。
「ひらがなで“はるか”。わかりそうでわからない。あいまいなところがいいんじゃないか。ヨシ、決まり!!」
「米澤さんにOKもらわないとな」携帯を取り出すと電話を掛け始めた大和。
これから少しの間は“未来”ではなく、“はるか”と呼ぶようにしないと本番で危うく言ってしまいそうだから。
「待ってったら、まだやるって言ってないのにぃ」
お名前提供:はるか/寧々(Nene)…ゆりさま
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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