Actor2
2


クンクンクン

「大和(やまと)君、何か―――」
「えっ、俺、へっ変ですか?」
「そういう訳じゃないんだけど」

今は最新アルバムに収録する楽曲の最終アレンジをしていたところだが、どうもスタッフが大和の近くに来ると鼻の穴を広げて立ち止まる。
…きっと、あれのせいに違いない。
未来が、毎晩のように焼くからっ。
そりゃあ、一杯やりながらは格別に美味いけど、仮にも俺は抱かれたい男No.1に選ばれたんだからな?
ファンが知ったら、イメージ崩れるだろ。

「大和君、随分と日に焼けたね。海にでも行った?プライベートかな」
「いっ、いえ、撮影でちょっとっ」
「ふ〜ん。だからか、ワイルドな大和君もカッコいいよ。益々、女の子のハートを鷲?みだな」

…はぁ。
やっぱ、周りは見てるよな日焼けとか。

会話が終わると、急いで未来(みく)の前にツカツカツカ。

「大和君、ちょっ何?!」

いきなりやって来た大和は未来を引き寄せられたと思ったら、まるで警察犬のように彼女の体中をクンクンクンと嗅ぎ回る。

「未来も、ちょっと臭うな」
「はっ、嘘…」

―――嘘、ほんと?
慌てて両腕の臭いを交互にクンクンクンと嗅いでみるも、自分では全く気付かない。
トワレを付けてみたけど、本場物はかなり強烈だったものね、やっぱり消せなかったかぁ。
あの後、米澤さんも事務所で散々な目に遭ったと言ってたし…。
ちゃんと密封して持って行ったのにね。

「俺達、消臭剤でも背中に入れとかないとダメかもしれないぞ?」
「大和君はそうした方がいいかも。臭い(くさい)なんて噂が立ったら大変」
「でもさ、宣伝効果はバッチリだよな」

「未来の叔父さん、喜ぶぞ?」って、冗談交じりに言う大和。
ドラマの撮影が無事に終わり、ご褒美に一週間の休暇をもらって、さてどうしたものかと考え行った先が伊豆諸島にある八丈島。
さっきから話している臭い(におい)の元は、お土産に買った“くさや”。
これにハマってしまった未来と大和が毎晩のように晩酌のつまみにしていたものだから、体にくさやの臭いが染み付いてしまったらしい。
何で八丈島なんてところに行ったのかは、どこに行っても目立ってしまう彼と出掛けられるところなんてそうないからと思いついたのが、未来の叔父が島で経営しているという民宿だったから。
元の叔父の職業は医師で、教授にまでなった大学病院をあっさり辞めて、何を思ったのか奥さんと2年ほど前に突然、島に移住して民宿を経営してしまった。
最近では診療所も手伝ったりしているそうだが、息子二人も既に独立していたし、夫婦水入らずでのんびりとした島での暮らしがすっかり気に入ってしまったよう。
民宿を開いてからは一度も会っていなかったので、と言うかマネージャーなんて職に就いている未来が遊びに行く余裕など今までなかったわけだが、シーズンも微妙に外していたから騒ぎにもならないだろうと未来が提案したら、大和はおもしろそうだと大乗り気。
抱かれたい男No.1には少々不釣り合いな場所ではあったが、彼は案外おしゃれな場所よりああいう自然なところが好きらしい。
ただ、叔父には彼のマネージャーだということは説明できても、恋人だと言ってしまうのはどうなのか。
二人だけで行けば必然的に知られてしまうことだし、芸能人と付き合うことに偏見を持たれてしまうかもしれない。
少なくとも両親よりは寛大なはずだが、こればかりは行ってみなければわからないし、そして…。
―――二人っきり。
未来にはその事実の方が、重かったかもしれない。

「飛行機だったら、すぐなのに」
「いいんだよ。急ぐ旅じゃないし、のんびりしたいから」

大和の申し出により、八丈島まではフェリーを利用したのだが、夜出発して到着は朝。
念のために特等船室を利用したけれど、乗り込む時は彼とゲームセンターに行った時よりもハラハラさせられた。
―――だって、サングラスもキャップもなしに全然隠さないで私の手を引っ張るんだもの。
ただでさえ目立つ容姿なのに、みんなキョロキョロ見てたんだからね。

「観光船は乗ったことがあるけど、こんなふうに交通手段として船に乗るのって初めて」

夜の甲板には人気はほとんどなくて、まだ東京湾内を航行中のせいか波も穏やかで月明かりだけがほのかに二人を照らしている。

「俺だってそうだよ。何かさ、タイタニックみたいだな」
「大和君も知ってるの?」

実は同じことを考えていたのだが、あの映画を見たのは未来が高校生の頃、ディカプリオに憧れて彼女の年代なら船に乗ると絶対思い出してしまうあのシーン。
もう10年以上と随分前の映画なのに未だにやってしまいそうになるのは、歳のせい?!

「そりゃ名場面だし、俺も一応俳優なんで一通りの映画は見てるっていうか、未来と俺ってそんなに歳変わんないだろ?」

確かに言われてみれば、彼の部屋には所狭しと映画のDVDが並んでいたのを思い出したが、あの中に恐らくタイタニックもあったのだろう。
―――だけど、4つ差は大きいの。
私が高校生でも、大和君は小学生なんだから…。

「お決まりってことで、俺達もやってみる?」
「えっ、ここで?」
「誰も見てないし」

ちょっぴり恥ずかしかったけど、二人は船首部分に歩みを進めると未来は両手を水平に広げ、そんな彼女を背後から支える大和。
耳には規則正しい波の音、夜風が心地よくて、しばし映画の世界に浸る未来と大和。

これが夢なら、一生覚めなければいいのに―――。

「大和君」
「未来」


はっ…くしゅんっ
   ふ…ぃくしょんっ


―――あぁ…私ったら、どうしてこんないい雰囲気をぶち壊すようなくしゃみなんてするのかしら…。

「大丈夫かよ、未来。風邪か?」
「ううん、ごめんね。雰囲気壊しちゃって」
「ちょっと冷えてきたし、もう部屋に入ろう。たっぷり、二人の夜を楽しまなきゃ」
「え、だってもう夜中よ?寝ないと」
「あのなぁ、未来。俺達子供じゃないんだから、せっかく船に乗ってるんだぞ?」

「こういうシチュエーションでのえっちも―――」なんて耳元で言われたものだから、カーッと顔が熱を帯びて金魚みたいにパクパク口を開けるだけで言い返そうにも思うように口が動かない。
―――どうして、そういうことを平気で言うのよぉ。
本当は側にいるだけで、ドキドキしてどうしていいかわからなくなるのに…。

「やぁっ、ちょっ」
「おい、ちゃんと息吸えよ?」
「苦し…ぃ」
「だから、人工呼吸してやってんじゃん」

―――これのどこがっ、人工呼吸なのっ。
何だか、先が思いやられるわ…。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.