『ぅ〜ん…』
―――苦しい…かも。
「あぁっ、もうっ」
叫ぶようにしてガバっと目を覚ました未来(みく)の体をうつ伏せに腕を回して抱きしめるように眠っている大和(やまと)。
狭いベッド、道理で重いと思ったが、それよりお互い何も身に付けていないという事実に我ながら驚いてハっとする。
タイタニックみたいな豪華客船の船旅とはいかないまでも、二人にとって初めての旅行はやっぱり楽しいし、それにしても、この無防備な寝顔は反則だ。
「み…く…?」
「ごめんね大和君、起こしちゃった?」
勢い良く起き上がったからか、もう少し彼の寝顔を見ていたかったが、今の寝起きの彼もまた可愛い。
密かな未来の楽しみであることは、誰にも言わずに黙っておこう。
「ううん。おはよ」
「今何時?」とまだ寝ぼけているのかうとうとしている大和に聞かれて未来がベッドの傍らにある台に置いていた腕時計を見ると、まだ4時を過ぎたばかり。
寝たのがついさっきのような気がするが、眠りが深かったのか船の揺れが心地よかったのか、不快な感じはない。
「そうだっ!!」
未来は、急いで服を纏うとカーテンを捲って窓の外を覗く。
―――今日は、いいお天気みたい。
ってことは、あれも拝めるかも。
「大和君っ、起きて」
「ん?どうしたんだよ。着くのは9時半頃なんだろ?」
「もう一眠り―――」と別の世界へ行ってしまいそうだった大和を「何、言ってるの。早く起きて」と未来が再び引きずり戻す。
こんなチャンスは、この先滅多にないかもしれない。
今ちょっとくらい眠くても、きっと一生の思い出になるはずなんだから。
「どうしたんだよ。朝っぱらから」
「ほら早くっ。大和君、見て。水平線に薄っすら光が見えるでしょ」
のそのそとベッドから出てきた大和が未来に言われた通りに窓を覗くと、確かに水平線から光が見える。
「ねぇ、デッキに出てみましょ―――ちょっとっ!!大和君ったら、服くらい着てよっ」
「もうっ」とか言いながら、背を向ける未来。
…人が気持ちよく寝てるのに早くとか言うから起きたんだろ?
それに俺の裸を見るのなんて、初めてじゃないのに。
「未来が早くとか、急かすからだろ」
「だからってねぇ、素っ裸で歩き回らないでっ」
「はいはい」
素直に?!言うことをきくと、大和はTシャツとジーパンに着替えて未来と一緒にデッキに出てみる。
乗船した時と違って東京湾を出てしまうとそれなりに波は高くなっていたが、それでも穏やかな海は素晴らしい朝を迎えてくれようとしていた。
何ともいえない、全身を包む朝の澄んだ空気と潮風が気持ちいい。
二人と同じように日の出を拝もうとデッキに出ている人は数人いたが、まさかあの“吉原 大和”だと気付く者はまずいないだろう。
人があまりいない場所を選らんで、ジっと一点を見つめる。
「あっ、出てきた」
「ほんとだ」
ひょっこり顔を出したオレンジ色の太陽は見る見るうちにまあるくなって、海から巣立つように天に昇ってゆく。
大和自身、ドラマや映画の撮影で、何度も徹夜明けの朝を迎えたことはあったが、こんなふうに当たり前の日常を感じたことは今まで一度だってあっただろうか。
そして、隣にいる未来に視線を向ける。
彼女は目を輝かせながら、両手を握り締めて、何か願い事でもしているのかもしれない。
「綺麗ね。子供の頃は、毎年お正月には家の2階のベランダから初日の出を見ていたけど、それとはスケールが全然違う」
「そうだな」
「そうだなって。大和君、全然見てないじゃない」
顔の向きは、どう考えても日の出とは違う方向にある。
…そりゃ、そうだ。
日の出も綺麗だけど、すっぴんの未来の方がよっぽど綺麗なんだから。
「ちゃんと見てるって」
「未来の顔」と朝日に照らされた彼女の顔を真剣に見つめる大和。
―――うわぁっ、すっぴんなのにぃ。
そりゃ、いつも化粧っけはなかったけど、さすがにすっぴんで外に出られるほど若くない。
25過ぎたらお肌の曲がり角って言うし、いや実際は二十歳からって言うしね。
「そんなに見ないでよ」
「いいじゃん。恥ずかしがることないって、綺麗なんだから」
「恥ずかしいのっ。だいたい、私は綺麗なんかじゃないもの」
すっかり日は昇り、辺りは明るくなっていた。
島に到着するまでまだ時間があるし、気が付けばデッキに出ていた人達はしばしの休息のために船内に戻ったのだろう。
二人だけしかいないこの空間が、今は息苦しくさえ感じる。
「綺麗だって」
「だっ―――」
「まだ、何か言うのかこの口は」
彼のくちづけは、私をシンデレラにしてくれる魔法のよう。
綺麗じゃないことくらい自分自身が一番よくわかってる、なのにそんな気になってしまうのだから。
◇
もう一度横になって目覚めた時には、すぐ目の前に目指す八丈島が迫っていた。
何も決めていなかったけど、美味しい魚を食べて、時計なんか気にしないで、好きなことを楽しみたい。
もちろん、二人っきりで。
「叔父さん、お久し振りです」
「やぁ、未来。よく来たね。お前も元気そうだ」
「綺麗になったし」なんて、大和と同じことを言われるとお世辞でも嬉しいような、でもやっぱり恥ずかしいような。
叔父さんに会うのは何年振りか、人間年齢を逆回転させることはできないはずなのに記憶にあるよりずっと若く見えるのは気のせいだろうか?
「叔父さんこそ、元気そうで。急に来ちゃって、すみません」
「あぁ、おかげさまでな。気にしないで何もないけど、ゆっくり楽しんでいくといい。そして、えっと君が」
「大和君?」と叔父は、小声で大和に話し掛ける。
今時の若者は区別がつかないと言っていても、彼のことだけは知っていたほど。
それだけ、知名度、人気が高いということなんだろう。
「はじめまして、吉原 大和です。お世話になります」
「こちらこそ、未来がお世話になっているそうで。いやぁ、テレビより数段いい男だな。かみさんが、年甲斐もなく君の大ファンでね」
「こんな島で、舞踏会でも開くのかってくらいおしゃれしてたよ。後で、サインと写真を頼むよ」と叔父は二人のことを歓迎してくれているようで、民宿の名が入ったワゴン車に案内する。
恋人同士だとは言っていないけれど、既に感じ取っているのだろう。
さり気なく、未来の荷物を持ってトランクに入れる大和のことを微笑ましく見ていたなんて。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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