Actor2
22


ピーンポーン
  ピンポーン───

「あら?こんな朝早く誰かしら」

「私も大和君を迎えに行かなきゃならないのに」未来は身支度途中の服装をチェックすると、髪を手で撫で付けながら玄関へ向かう。

「は〜い。今、開けま───米澤さんっ」
「何よ、そんなに驚かなくてもいいでしょ?今日から“はるか”と“大和君”のマネージャーなんだから」
「まぁ、そうでしたけど」

「そんな体で」米澤の腕を取ると未来は家の中に入れて椅子に座らせた。
マネージャーをやると本人は宣言していたけれど、二人の間に入る程度だと認識していたから早々にやって来るとは思わなかったのだ。
未来が自身の映画出演と大和のマネージメントを兼業するのは確かに難しいかもしれないが、全てを米澤にさせるわけにはいかない。

「未来ちゃん、くつろいでるわけにはいかないのよ?これから、大事な記者会見なんだから」

「紅茶でも入れますね」とティーパックを開けようとした未来を米澤が止めた。

「記者会見ですか?誰の」
「誰のって、未来ちゃんじゃなかった“はるか”のに決まってるでしょ」
「はぁ?」

───決まってないですって。
そういう話は、全然全く聞いてないんですけど…。

「マスコミも黙ってないし、それ以上に女優Sの麻薬がらみの騒動で降板なんて、映画のイメージダウンにもなってるから仕方ないのよ。ここで、生“はるか”を見せておけば、注目度がグーんっとアップすること間違いなし」

ひとさし指を立てて力説する米澤だったが、いきなり言われても記者会見なんて今まで他人事として見てきただけなのに上手く対応できるはずがない。
それこそ、イメージダウンに繋がり兼ねないというのに。

「無理です」
「もう決まってるから。場所は思い出のあのホテルよ?」

「うふふ」と思い出し笑いしているが、思い出なのは米澤さんだけじゃないの?と心の中で未来は毒吐いてみる
全部、事後報告なんじゃない。
私の意見や意思はどこにもないの?

「11時からなんだから、急がなきゃ。服はK’s-1に頼んで用意してもらってるからバッチリよ」

景ちゃんまでグルだったとは。
映画に出演することもまだ少なからず抵抗があるというのにマスコミの好奇の目にさらされるのは…しかし、大和は長い間こういうことを受け入れてきたからこそ今がある。
我が侭でマネージャー泣かせと聞いていたが、未来が担当してからは何も言わずに仕事をこなしてきたのだ。
マネージャーの立場から彼の思いなど無視して押し付けてきた部分が多数あったのだと、今になって思い知らされた気がした。

「大丈夫。私と大和君がガッチリガードするから、はるかは何も話さなくていいの。ただ、座って正面を見ているだけでいいから。あっ、間違っても微笑んだりしたらダメよ」
「え」
「生声を聞かせるなんて、もう少し先に取っておかなきゃ。ましてや微笑なんてね」

「もったいないから、簡単に見せてなんてあげないんだから」子供みたいに言っている米澤だが、最後の微笑についてはある男性からきつく言われていたからで。
自分にだけ微笑んでくれればいいなんて、まったく彼らしい。

「早くしないと。行くわよ」


大和と未来を乗せた米澤の運転する車で、記者会見場となるホテルに向かう。
どれだけの報道陣が押し寄せるかは予想がつかないが、恐らくトップスターの結婚離婚会見並みかそれ以上のものになるのは必至。
ホテル内の一室で待ち受けていた景と麗にグルになっていたことで挨拶前に一睨みした未来だったが、用意された服を見てそんな怖い顔も一気に緩んでしまった。

「“はるか”の一世一代の晴れ舞台だからな。頑張ってデザインしたんだ」

未来だということが、どこで洩れるかわからない。
景も麗もその辺はしっかり頭に入れていたようで、目の前にいる女性は馴染みのある未来ではなく、新人女優のはるかなのだ。

「素敵」
「当たり前だろ。デザインしたのは誰だと思ってるんだ」

「調子に乗って」未来は思ったが、口に出してはとても言えなくなってしまうほど、景のデザインした服は素晴らしいものだった。
米澤の依頼で自然なイメージを表現したという柔らかなコットン素材のワンピースだったが、余計な露出は一切省いた(ちなみにこれは大和の希望)彼の持ち味であるカットワークの凝ったデザインは未来の無限の美しさを引き出したものとなっている。

「はるかさん、早く着てみて下さい」

麗ちゃんが待ちきれない様子で未来を急かす。

「わかったわよ。正直気が乗らなかったんだけど、みんながここまでしてくれたのなら頑張らないと」

未来は麗に引っ張られて隣の部屋へと暫し姿を隠した。



「未来、じゃなかったはるかは大丈夫ですかね」

レポーターからの質問には一切答えないという了承の元での記者会見ではあったが、それで果たしてすんなり納得してくれるかどうかが問題だった。
それに彼女の方が、余計なことを言ってしまいそうな悪い予感も無きにしも非ず。

「何も話さず、ただ正面向いて座ってるだけでいいって言ったんだけど。あっ、ちゃんと微笑んじゃダメとも釘を刺しておいたから」

「多分、上手くいくわよ」さすがの米澤も尻つぼみの心許ない返事。
今回は実在の彼女をお披露目するのが目的なのだから、一切答えなかったとしても嫌悪な関係にはならないだろう。
きっと彼女の美しさと脇に並んだ大和を見れば、そんなことはどうでもいいことに思えてくるはずだ。

「ヒュ〜」

そんな時に大和が突拍子もない声を上げた。
それもそのはず、目の前に立っていたのはいつもの未来であって彼女ではない。
女優“はるか”だったからだ。
なんというか、大物女優でさえもこれだけのオーラを持っている女性は数少ないのではないかと思うほど、未来は美しいだけでない計り知れない何かを秘めていた。

「さすが、景さんだな。別人みたいだ。既に別人か」

つい見惚れてしまい、我を忘れて彼女を抱き上げ、息もできないほどのキスで全てを封じ込めてしまいたい。

「ただ座ってるだけでいいって米澤さんは言ってたけど、本当にそれだけでいいの?」
「俺様を誰だと思ってるんだ?」

さっきの景ちゃんと同じことを言ってると未来は思ったが、やはり不安は募るばかり。

「念のため言っとくけど、絶対笑うなよ」
「え?」

何でかしら?ウソでもなんでも笑ってた方が印象がいいと思うんだけど。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。


NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.