お昼に呼びに来た叔母さんに起こされるまで気持ち良く眠りこけていた二人だったが、気が付けば朝食も食べていなかったからか、出されたそうめんと山ほどの明日葉の天ぷらやお浸しを全部平らげて叔父夫婦に驚かれたほど。
大和の食欲は、すごかった。
一緒に居るとテレビや雑誌で見る大和が別人のように思えるが、多分こういうギャップが彼の魅力なんだろうし、初めに担当になった時に米澤が言っていたように心を許した人にだけ見せる素顔なのかもしれない。
「お腹いっぱいだ!!」
「あんなに食べるんだもん」
部屋に戻って来て彼の定位置となった縁側に足を投げ出して、少し膨らんだお腹をボンボン叩く姿はどこぞのオジサンのようだが、中年太りした彼だけは想像したくない。
「若いから」
「私の前で、そういうこと言うの」
「未来(みく)だって若いじゃん」と慌てて言ったって、遅いんだから。
そんな、隣であひるみたいに口を尖らせた未来の肩を抱き寄せる大和に従うように大人しく頭を預ける。
これから数日間は、誰にも邪魔されずに二人っきりで過ごせると思うと嬉しくて仕方がない。
「このまま、ここで暮らしたくなったな。未来と二人でのんびりと」
俳優も歌手も、もちろん簡単に捨てられるものではないけれど、こんな世界もあったのだと何か忘れていたものを思い出させてくれたような。
未来がマネージャーになってからというもの、毎日が新しい発見の連続で、それもかなり大和の我が侭に付き合ってくれた形ではあったが、叶えてくれた彼女に感謝しなければならないだろう。
「ダメダメ」
「え?」
どこかで『私も』とか、言ってくれることを期待していたのだが、現実的な彼女にはそうもいかないらしい…。
「大和君のファンがいっぱい待ってるんだから。まだまだ、いい仕事をしてもらわなきゃ。ここに来るのはずっとずっと先よ」
「はいはい。そうマネージャーさんに言われちゃあ、頑張らないとっ」
大声で笑う大和、ずっとずっと先にここへ来れる日がくればいい。
そう願わずには、いられなかった。
+++
疲れもあったのか、その晩は早々に眠ってしまった二人だったが、朝早く目が覚めた未来は一人海辺を散歩することに。
海に来るのはあのCM撮影以来だったが、未来にとっては忘れられない場所であることに変わりなかった。
―――あぁ、気持ちいい。まだ、誰もいない海なんて、来たのは初めてね。
既に日は出ていたが、この時間に歩いている人はまだ居ない。
大和君も誘ってみれば良かったかな?
気持ち良さそうに眠っているのを起こすのは悪いと思って一人で来てしまったが、誰も居ないなら声だけでも掛けてみれば良かった。
二人で手を繋いで散歩なんて東京に帰ったら、そうできるものでもないし。
―――それに怒りそう…。
彼が目を覚ます前に部屋に戻らないと、何となく機嫌が悪くなりそうな予感。
意外にそういうところで拗ねちゃったりするのよね。
段々、大和の性格がわかってきた未来には、その様子が目に浮かぶ。
『全く、おっきな体してお子様なんだから』
サンダルを脱いで裸足で歩く砂浜はちょっぴりひんやりして、それがまた妙に快感だったりもする。
子供の頃によくやった砂遊びみたい。
「誰が、お子様なんだ?」
誰も居なかったこの場所で急に声がして驚きのあまり振り返ると、腕を組んで仁王立ちしている大和の姿が…。
―――やだっ、聞こえちゃった?
「やっ、大和君。どうして、ここがわかったの?」
「起きたら居ないから探しただろ。だいたい、未来の行きそうなところはわかったけどさ」
彼女の温もりを感じながら眠っていたはずなのに、いつの間にか抜け出していた。
…お子様ってのは、俺のことなんだろうな。
こんな母親を探しに来た子供みたいなことをしてる自分に呆れつつも、取り残されたような気がして。
仕方ないだろ?俺にもよくわからないんだから。
「おはよう。早いのね」
何事もなかったように、にっこり微笑んで挨拶する未来。
―――ちょっと機嫌悪そう…。
だって、こんなに早く起きてくるなんて思わなかったんだもの。
「おはよ。しっかり寝たからな」
両腕を肘で曲げて腰を左右に振りながら、「で、誰がお子様なんだ?」とやはり気になったのか、ツっこみを入れてくる大和に「さぁ」とワザとはぐらかすように言う未来。
―――わかってるクセに。
でも、来てくれて嬉しかった。
二人で明るい空の下を歩けるのだから。
「ねぇ、手を繋いでもいい?」
この休みが終われば元の生活に戻ってしまう、こんなことを言えるのは今だけ。
恥ずかしいけど、未来から言うのは初めてだった。
「喜んで」
弾む心を抑えるように差し出す大和の手に自分の手をそっと重ねる。
年上だということを意識しているのか、二人っきりの時でもあまり甘えてくれない未来からの可愛い申し出を断るわけがない。
大和も未来を真似て素足になると、ただ黙って砂浜を歩く。
それだけで心が通じ合って、幸せな気持ちになれるのはなぜなんだろう。
「あっ、そうそう。言い忘れてたんだけど、叔父さんが今日釣りに行こうと船を予約してるんですって」
「天気が良かったらって言ってたけど、これなら大丈夫みたいね」と、ロマンティックな雰囲気を多少ぶち壊したかもしれないが、ここで言い忘れたら叔父に何て言われるかわからない。
「釣り?」
「嫌い?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、やったことないからな」
芸能人の間でも釣りにハマっている人を知っているが、大和は機会がなかったということもあって、一度もやったことがない。
船も魚も嫌いなわけじゃないが、根気よく糸を垂らして我慢できるかどうか…。
「叔父さん、楽しみにしてたみたいなの。大和君を釣りに誘うの」
そう言われてしまうと彼女の手前、頑張って大物を釣らなければ、男が廃(すた)るというもの。
しかし、初めてだし、まぁ、ビギナーズラックなんて言葉もあることだから、何とかなるとは思う?いや思いたい。
「わかった。ガンガン大物を釣ってやる」
「今夜のおかずは、大和君の腕にかかってるわね?」
「え…」
…俺が釣らなかったら、夕飯なしか?
叔父さんが釣ってくれるだろうから、それはないな。
だけど、一匹も釣れなかったら後々何て言われるか…。
「八丈島って、何のお魚が釣れるのかしら?」と既に夕飯のおかずの献立でも考えているのだろうか、未来を見ていたら、そんなことも言っていられない大和だった。
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