「大和君、大丈夫かしら?」
「張り切って出て行ったけど…」と未来(みく)は叔母と二人で、新しいお客様を迎えるために部屋の掃除を手伝いながら心配そうに言う。
客室は8畳の和室に廊下が付いていて、そこには重厚な手造りらしい椅子が2脚とテーブルが置いてある。
民宿にしてはモダンで、ゆったりとしているところも人気の秘密なんだろう。
今日も予約で一杯だと言っていた。
「未来ちゃんも、一緒に行ったら良かったのに。大和君も心細いんじゃない?側に居ないと」
掃除機を掛けながらさらっとそんなことを言っている叔母だが、彼はそこまで子供じゃないと思いつつ、さっきの未来のひと言でバレてしまったかもしれない。
マネージャーとして接しながらも恋人として常に彼の側に居たことで少し甘やかし過ぎたのか、彼が段々甘えん坊になっている気がしていたのは確かではあったが…。
「男同士の方が楽しいでしょうし、それより私はアロエパックの方が気になって」
未来は、大和がいない間に叔母にアロエパックを教えてもらって試してみたかったのだ。
今までずっとスターを支える影の存在だった未来も彼の隣では美しくありたいと思う、恋をすると人は変わるものなんだろう。
「あら、アロエパックは簡単よ?庭に生えてるアロエをよく洗って棘を取って、おろし金ですりおろしてからガーゼでこして暫く置くの。うわずみ液に小麦粉をまぜて、顔にパックするだけだから」
「えっ、パックって、そのままを使うの?」
「そうよ。せっかく、天然物があるんだもの」と掃除機を掛け終わった叔母が額に手をあてながら一息吐く。
てっきり、市販品だと思っていたが、生えているアロエをそのまま使うとは…。
天然の物を使えば効果がありそうだけど、それは叔母を見れば明白だ。
「叔母さんみたいに綺麗になるなら、是非やってみたい」
「あら、嬉しいわぁ。だったら、早くお掃除を済ませなきゃ。未来ちゃんも綺麗なところ見せたいでしょ?大和君が帰って来る前にね」
叔母のするどいツッコミなど耳に入っていないのか、せっせと掃除にせいを出す未来だった。
◇
叔母に付いて買い物に出たり、未来にとっては忙しい一日だったが、アロエパックの効き目はいかがなものだろう?
自分ではお肌ツルツル〜になったつもりなのだが、一回では効果がどれほど期待できるのか。
家でもアロエを栽培して続けてみようとは思っているものの、あの姿は彼には見られたくないかもしれない。
「ただいま」
玄関先で大和の元気な声が聞こえる。
あの調子だと、きっと大漁だったに違いない。
「お帰りなさい」
急いで未来と叔母が出迎えるとクーラーボックスを置いた大和が、満面の笑みで立っていた。
後ろから叔父が「いやぁ、大漁大漁。今夜はご馳走だ」と、これまたご満悦の様子。
一体、どれだけの魚が釣れたのか。
「大和君も釣れたの?」
未来が疑いの眼差しを向けると、それを証明するかのように「見てみる?」と大和がクーラーボックスの蓋を開けた。
「わぁっ」
声を上げた未来の目に入ったのは、スーパーで見るのとはちょっと違う色とりどりの魚達。
知っている切り身になっていない魚を思い出す方が難しいかもしれないけれど、彼が釣ったのはどれなんだろう?
この赤くて大きな魚かしら?それとも―――。
「すごいだろ」
「でっ、大和君が釣ったのはどれ?この赤くておっきいの?それとも、こっちの長いのかしら?」
「えっと…俺が釣ったのは」
あれこれ指差すものの、焦点が定まらない様子。
というか、彼が釣った唯一は陰に隠れて見えなかったのだ。
それを見ていた叔父が「まぁ、今夜は美味い焼酎で一杯やろう」とまるでその場をはぐらかすようにクーラーボックスの蓋を閉めるとキッチンへ運んで行った。
「ねぇ、大和君は何匹釣ったの?」
「あ?それなりに」
なぜか、視線を泳がせている大和。
「はは〜ん、釣れなかったんでしょ」
未来に見つめられて、「そんなことはないって。俺だって、夕飯のおかずにちゃんと貢献したんだから」と大和は弁解するものの、言葉に力が入っていない。
―――これ以上聞いたら、ちょっとかわいそうかな。
初めてだったんだし、仕方ないわよね。
「大和君も、あの人に付き合って疲れたでしょ?未来ちゃんも、お手伝いしてくれたし。お茶でも入れるわね」
叔父さんの後を付いて行った叔母の優しい言葉に慰められたのか、大和は玄関先に腰掛けて長靴を脱ぐ。
…俺だって、頑張ったんだ。
叔父さんに比べれば大きさもそれほどではないものが1匹しか釣れなくて、とても自慢できるものではなかった。
未来にカッコいいところを見せられなかったのは残念だったけど。
「慰めてくれないのかよ」
「慰めて欲しいの?」
その場にしゃがみ込んで、大和の顔を覗く未来。
「キスくらいして欲しいな。努力賞ってことで」
それ程、落ち込んでいるふうには見えないし、本当なら『何、言ってるの』と返すところだが、やっぱり未来も彼には甘い。
「仕方ないわね」と微笑んで、ほんの触れるか触れないかという、大和にしてみればキスは認められないようなものだったけれど、この続きは夜に取っておこう。
心なしか艶やかに肌に引き寄せられそうになったが、そんなことをしようものなら今度こそ、おでこをペシっと叩かれるに決まってる。
◇
その日の夕餉(ゆうげ)は、大宴会と化してそれは大騒ぎに…。
釣ってきたばかりの新鮮な魚の刺身や焼き魚に叔父が言っていた美味しい焼酎、“くさや”にハマったのもこの時だったのだが、これだけのご馳走が並べばそうなるのは仕方がない。
「このお魚、すっごく美味しい」
未来が絶賛した刺身は白身で脂がのった一見鯛のような魚だったが、その幸せそうな表情に一番先に反応したのは言わなくてもわかる。
「それは、大和君が釣った魚だよ。高級魚で味は絶品なんだ」と叔父が説明してくれた。
こんな美味しい魚を釣ったのなら、堂々と胸を張って自慢していいのにと未来は思う。
「大和君、すごいじゃない。全然、自慢していいわよ」
「一匹しか、釣れなかったし」
「一匹でも、美味しいもの」
未来らしい言葉に微笑む大和。
これで少しは、彼の面子も保たれたことだろう。
「大和君、だから言っただろう?」
「今度は絶対、リベンジしますから」
二人の間でどんな会話があったのかはわからないけれど、叔父にしてみれば彼がもう一度ここへ来てくれると言ってくれているようで嬉しかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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