楽しかった島での休暇も、残りわずか。
ここに居ると自分がどういう立場の人間かなんてすっかり忘れてしまっていたが、そろそろ意識を現実モードに戻さないといけないのかもしれない。
連日、ハマってしまったくさやの干物で一杯やっているせいか、少し残ったアルコールに頭がはっきりしていない様子の大和。
ゴロゴロしながら、青く澄んだ空を眺めていた彼のところに置かれた物に首を傾げる。
「何だ?」
「暇そうだから、これ膨らませて」
「私は、こっちを膨らませるから」と未来は、ビニール製の浮き輪にエアーポンプを付けて空気を入れ始めた。
「こっちも、それで膨らませればいいじゃん」
のっそり起き上がって前のそれを手に取ると、同じビニール製で折りたたまれたビーチボールだったが、どうやら彼女はそれを大和に口で膨らませて欲しいということらしい。
しかし、彼にしてみればせっかくエアーポンプなんて便利なものがあるのだから、どうしてそれを使わないのかがわからない。
「ダメ。大和君はお酒が抜けていないみたいだから、それを膨らませて」
一生懸命ポンプを押している未来を見て、浮き輪にビーチボールということは、もしかして…。
海で泳ぐ ⇒ 未来の水着姿?!
ボーっとしていた脳が嘘のように高速処理してはじき出した結果に大和の頬は緩みっぱなしだったが、それを悟られないようにビーチボールに思いっきり息を吹き込んだ。
…未来の水着って、もしかしてビキニか?いや、彼女のことだからワンピースかな。
前者を見たいのは山山だけど、他のやつらに見られるのもなぁ。
横目でチラっと彼女に視線を向けながらも、その姿を想像して益々緩んでしまいそうになる。
「で、これどうするんだ?」
わかっているクセにわざと聞いてみる。
「やっぱり、最後は海で泳がないと。天気も良いし、大和君、水着持って来てたわよね?」
「えっ、あぁ一応」
ここで、未来はビキニなのか?と問い質したいのを何とか抑えたのは、彼女のことだから『大和君のえっち、すけべ』とか何とか言うことがわかっていたから。
この際、彼女の水着姿を拝めるなら、えっちでもスケベでも何と言われても構わない。
「未来は当然、ビキニだよな」
「え…」
―――当然って、何?
この先、いつ海に来られるかなんてわからないし、そろそろ年齢的にも人前で肌をさらすことが限界に近付いている気もする。
だから、思い切って買ってみたはいいけれど…っていうか、大和君の目がいやらしいのは気のせい?
「変なこと考えてないでっ」
未来は膨らませた浮き輪を大和の首に掛けると、恥ずかしさのあまりキッチンに身を隠してしまった。
◇
小脇にそれぞれ浮き輪とビーチボールを抱え、反対側の手をしっかり繋ぎながらビーチへの道を歩く未来と大和。
未来はTシャツと短パンに身を隠しているが、大和は一足先に彼女の水着姿を拝ませてもらっていた。
何というか、海になんぞ行かずに二人だけの時間を過ごした方が…。
これを言うと、また未来が怒り出しかねないので黙っているが、それくらい魅力的だったということだろう。
時期がオンシーズンとはずれていたことと、平日ということもあっただろうか、まばらにしかいない人が今はありがたい。
CMで共演した二人がここに居ることがバレたりしたら、それこそ大変なことになるだろうから。
適当な場所にビーチタオルを敷いて、さり気なく座ったままTシャツと短パンを脱ぐ未来に男心がひしひしとうずくのがわかる。
ネイビーカラーのシンプルなビキニは、それでいてホルターネックから胸元部分に掛けてのフリルが可愛らしさを強調している。
派手さはなくてもシルクのような白い肌の彼女にはそれがとてもよく似合っていて、妙にエロチックに見えるのは大和だけだろうか…。
そんな想いを隠すように大和は身に付けていた短パンを脱ぎ捨てて、そのまま海に飛び込もうとした。
「大和君、ちゃんとストレッチ体操しないと」
「え?あぁ」
「足が攣ったりしたら大変だから」と屈伸やら、手足首をグルグル回し始める未来を見ていると自分が妙に子供のように感じられる。
実際、そうなんだけど…。
体操もそこそこに待ちきれなかったのか、「わぁ〜っ」と大声を上げて大和は走り出すと、勢い良く海の中へ。
そんな彼を微笑ましく思いながら、未来は浮き輪を持って彼を追い掛けたが、泳げないわけじゃないけれど、海で泳ぐのはちょっと苦手。
気持ち良さそうにプカプカ浮いている未来の後ろをどこからやってきたのか、大和が抱き付いてくる。
「気持ちいい」
「海で泳ぐのなんて、子供の頃以来。それもさ、すっげぇ人で全然泳げなかったし」
確かに夏休みとか、海水浴場に行くと、ビーチは人だらけで場所取りもままならず、海に入っても人で一杯、思いっきり泳ぐなんてことは不可能に近いが、ここはそういうこともない。
「今までの分とこれからの分、思いっきり泳いでいいわよ」
「泳ぎ溜め?なら」
大和は浮き輪をクルンと回して未来と向かい合う。
二人が堂々とキスしていても、見る人すらいない。
彼女の水着姿と唇をしっかり堪能した大和だった。
◇
島での最後の夕食は豪華な料理が並んでいたが、叔父さんも叔母さんも気を使ってくれたのか、お酒はほどほどで宴は終了に。
しかし、夜はまだ長い。
最後まで楽しまないと。
「大和君、いいもの持ってきたの」
そう言って、暫く居ないと思っていた未来が手にしていたのは“花火”。
そして、水着姿にもカウンターパンチをくらった大和だったが、それ以上に今の彼女は美しい。
「未来、それ」
「うん。叔母さんとこの前、買い物に行った時に買っておいたの。大和君と一緒にやろうと思って」
花火の大きな袋を顔の辺りに掲げて見せる未来。
大和の言いたかったのは、それではなくて…。
「いや、浴衣」
「これ?叔母さんが、忙しくて着てないんでしょって用意してくれてたの。似合わない?」
…似合わないなんて、とんでもない。
言葉も出ないくらいだった大和は、違うんだと訴えるように首を左右に振ってみせる。
何とも言えない淡い色の地に古風な花柄がポイントの、そしてそれ以上に髪をアップにしたうなじに目が釘付けになる。
まったく、今夜は眠れそうにないな。
「すっげぇ、似合ってる」
「ほんと?嬉しい」
はにかみながら微笑む彼女が愛しくてたまらない。
花火もいいが、今すぐ押し倒したい衝動に駆られて、それを抑える方が大和には厄介だった。
庭に出ると水の入ったバケツを用意して、ろうそくに火を点ける。
「どれがいいかな?」と無邪気に花火を選ぶ未来に、思わず『未来』と答えそうになって、大和は喉の奥に引っ込めた。
…さっきから、俺は馬鹿なことばかり考えてるな。
「じゃあ、俺はこれ」
「それ、私が狙ってたのにぃ」
「早いもんがちだって」
ぷうっと頬を膨らませる未来の頬を指で突く。
「なら、一緒にやろう」
二人は並んで縁側に座ると、花火を持つ未来の手に大和が包み込むように手を添える。
ろうそくで火を点けるとパチパチと音を立てた後にシューっと色とりどりの光を放つ、それをジッと見つめる。
「綺麗」
「だな」
ほんの一瞬でその綺麗な光は消えてしまうけれど、思い出はずっと心の中に残るはず。
大和は未来の肩に腕を回して抱き寄せると、後れ毛の掛かる白い肌にそっと唇をあてた。
「大和君、ダメっ」
「我慢できない」
唇がうなじから耳元へ移動すると未来の体がビクっと反応して、体の奥底が熱くなる。
―――まだ、花火も全然やってないのに。
そんな未来の思いとは裏腹に彼の手が浴衣の胸元を割って入ってくる。
「ちょっと、待っ…」
未来のささやかな反抗など虚しく、その場に押し倒されて唇を塞がれる。
その時、既に頭の中が真っ白で何も考えられなかった。
+++
「あら、花火つまらなかったの?」
「そうじゃなくって、ちょっと」
ジロっと大和を睨み返す未来。
帰りは飛行機だったので持ち帰るわけにもいかず、昨晩ほとんどやり残ってしまった花火を叔母に渡したのだが、本当の理由は言えるはずがない。
せっかく着せてもらったのに浴衣姿もすっかり…あれから、花火どころではなくなってしまったのだ。
大和も返す言葉がないが、ここは何とか穏便にことを進めたい。
「もう、帰っちゃうなんて寂しいわ」
「叔母さん、また来るから」
「絶対よ」
叔母は念願だった大和とツーショットで写真を何枚も撮って何回も握手をしたのだが、その手は絶対洗わないと宣言していた。
後で手袋をしていたけど、いつまでそうしているのだろうか…。
「大和君。是非、釣りを一緒にやろう」
「はい。今度は絶対、大漁です」
空港まで見送りに来てくれた叔父と叔母との別れを惜しみながら、二人は八丈島を後にした。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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