ふたりの夏物語V
8


「そんなにはしゃぐと転ぶぞ」
「大丈夫ですって、子供じゃな―――わゎっ」

言ってる側からズルっと滑って転びそうになった千夏(ちか)を、慌てて後ろから抱きとめる澤山。
朝食を済ませた後、彼の運転する車で海岸線を走りながらショッピングモールへと来ていたのだが、女性は買い物が大好きだからはしゃぐなと言われても、まさかこんなふうに自由な時間をもらえるとは思っていなかったから、どうしたってテンションが上がってしまうのは仕方がない。

「ほら、言わんこっちゃない。君はここへ来た時もそうだっただろ」
「ごめんなさぃ…」

慌てて彼から体を離したが、掴まれた腕がジンジン、意思に反して心臓がドクドクと鼓動を速めて落ち着かない。

「で、次はどこに行くんだ?」
「えっと、キッチン用品とか見たいんですけど」
「あ?まだ、買うのか」

―――まだって。
そりゃあ、さっきからあっちこっちのショップを覗きまわってるけど、自分で『次はどこに行くんだ?』って聞いておきながら、そんな嫌そうな顔しなくたっていいじゃない。
男の人はあまり興味のないものかもしれないけど、外国には日本にないような安くて可愛いキッチン用品がたくさん売ってるのよ。
そういうのはお土産にも喜ばれるし、だから見たかったのにぃ。

「だって、外国には日本にないような可愛いキッチン用品がたくさん揃ってるし…」
「料理なんかロクにしないクセに?」
「は?失礼な。澤山さんにそんなこと言われたくなっ」

―――そりゃぁ、柚季(ゆき)ちゃんみたいに完璧じゃないけど、だからって見てもいない澤山さんに言われたくないわね。

怒ったのか、スタスタと先を行ってしまう千夏(ちか)。

「あぁ、ごめん悪かったよ。キッチン用品でもランジェリーショップでも、どこでも付き合うから」
「ランジェリーショップなんて言ってませんけど。そっちの方がお望みなら、行きましょうか?」

「セクシーな下着姿で今夜、澤山さんを悩殺してもいいんですけど」なんて、腕を頭の後ろで組んでポーズを取りながらの大胆発言が冗談とわかっていても変に意識して、澤山は彼女から視線を逸らす。
自ら墓穴を掘ってしまったが、彼女のセクシーな下着姿を想像して―――。

バチっ。

「痛ってぇ…」
「何、想像してるんですかっ。そんなわけないでしょ。付き合うって言ったのは、澤山さんなんですからね。文句言わずに付いて来て下さい」

「わかったよ」と背中を擦りながら後ろから付いて行く姿は、まるで将来の二人を見ているよう…。
それでも、澤山にとっては苦痛というより、これが快感だったりもするから不思議だった。
今まで女性の買い物に付き合ったことは数えるほどしかないにしても、どれもこれも嫌々だったが、尚哉(なおや)の別荘まで彼女を送迎したりとここへ来てからの澤山は自分らしからぬ行動ばかりしている。
二人でいることが自然で、こんなやり取りも楽しくて。
成り行きで始まった一週間だけの共同生活。
翔平(しょうへい)が脚本を書き上げれば、彼女は日本に戻ってしまうだろう。
そうなれば、もう会うこともない。
もう…。

+++

『澤山さん、無理矢理ショッピングに連れ回したから、疲れちゃったのね』

『悪いことしちゃった』とソファーで眠ってしまった彼に、ベッドルームから持ってきたブランケットを掛ける千夏(ちか)。
相変わらず猛獣のようにいびきをかいているが、それも彼の個性なのかなと思えばちっとも嫌じゃない。
レストランでランチを取って、二人がホテルに戻ったのは午後になってからだったが、千夏(ちか)が欲張って連れ回したばかりに疲れてしまったのだろう、ソファーに腰を下ろすなり眠ってしまった彼の意外に可愛い寝顔につい見惚れてしまう。
―――すっと伸びた鼻筋、睫毛が長くって。
やだ、私ったら何を…。
澤山さんは、そんな対象じゃない。
なのにどうして、こんなに気になるの?
大好きなゲームのクリエーターだから?
わからない。
人のこと子供扱いするけど、ゲームを一緒にやっていた時の彼はまるで少年のようだった。
無防備な寝顔を見ているとそれはあの時のまま、これからもずっと変わらないだろう。

ちょっと、プールで泳ごっかな。
千夏(ちか)は、先に軽くシャワーを浴びることにした。



「あぁ」

…眠ってたのか。
ソファーの上で目を覚ました澤山には、いつの間にかブランケットが掛けてある。
そう言えば、彼女の買い物に付き合って。
彼女は?
体を起こして辺りを見回してみたが、リビング内に姿は見えない。
自分の部屋に戻ったのだろうか。
この分だと、また猛獣振りを発揮したに違いないからな。

バシャバシャっ。

そんな時、水を弾く音に庭にあるプールへ目を向けると同時に水面に現れた彼女。
陽に輝いて何と美しいのだろう。
思わず、吸い寄せられるようにして澤山は窓際に立っていた。

「あぁ〜気持ちいいっ。あっ、澤山さん、お目覚めはいかがですか?」

無邪気に手を振る千夏(ちか)に「すっかり寝てしまって」と慌てて返す澤山。

「どうです?澤山さんも泳ぎましょうよ」
「あ?いや…俺は…」

「何言ってんですか、せっかくこんな素敵なところに来てるのにもったいない」と妙にテンションの高い千夏(ちか)に澤山はどこに目をやっていいかわからず、空を見つめるしかない。
明るいプリント柄のビキニが、少し日に焼けた彼女にとてもよく似合っていて…。

…翔平(しょうへい)なら慣れてるかもしれないが、俺はこういうのはちょっと。
大体、この大胆さはどこから出てくるんだ。
子供みたいに無邪気だったり、今みたいに。
いや、これで2回目だな、俺を誘惑したのは。

「俺はいいよ。水着なんてものを持ってきてない」
「えっ?だったら、さっき買えば良かったのにぃ」

「もう、これじゃあ一緒に泳げないじゃない」と不満そうに千夏(ちか)は、再び水の中に消えてしまう。
そんなことを言われても、澤山の予定には今の今まで“泳ぐ”などということは入っていなかったのだから。

…ったく、俺をどこまで惑わせれば気が済むんだ、このお嬢さんは。

澤山は外に出るとおもむろに着ていたTシャツを脱ぎ捨てて、そのまま勢いよくプールに飛び込んだ。
彼は泳ぎが上手いのか、優雅に泳ぐ千夏(ちか)をあっという間に追い越してしまう。

「澤山さんっ、ちょっ」

―――ちょっとっ、いくら何でも服のままで飛び込まなくても。

「君が誘ったんじゃないか」
「誘ったって、そんな」
「じゃあ、何だよ」

濡れた髪、上半身裸の彼は胸板が厚くとてもガッシリしていて、さっき感じた胸のざわめきが再び蘇る。
―――そんな目で見ないでよ。

「服のままで泳ぐなんて…」
「だったら、全部脱いだ方がいいかな?」
「はっ?そんな」

想像したのか、真っ赤に頬を染める千夏(ちか)を他所に澤山はクスクスと笑いを堪えている。
―――もうっ、人のことからかっておもしろがってるんだから。

「競争です。今度は負けませんから」

そう言うや否や、千夏(ちか)は水の中に姿を消した。
恥ずかしさもあったが、やっぱり勝負心がどこかにあったのだろう。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、澤山は一歩出遅れたものの負けじとばかりに全速力で追い掛ける。

「わっ、ちょっ、何するのっ」

もう少しでゴールというところで腕を掴まれて足を付いてしまった千夏(ちか)を覆いかぶさるように澤山が抱きしめた。

「君がズルするからだ」
「わかりましたから、離れ―――」

澤山の唇に塞がれ、その先は言葉にならなかった。

―――どうして?
そんな疑問よりも、応えるように無意識に彼の首に腕を回していた。


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