LA GRANDE DAME
Story11


伊万里の事業部長就任と共にセルフォン・プロジェクト室も設立された。
これは伊万里にとって、非常に都合のいい話だったと言える。
というのも、あの部屋に一日居るとまったく仕事にならないのだから。
『鍵はかけるなよ』と先に釘を刺されてしまったので、黙ってそれを受け入れたのがそもそも間違いだった。
礼は、事あるごとに伊万里の部屋に入って来るのである。
もちろん仕事の話が第一ではあったが、それだけで済まないことは伊万里にもわかっていた。
それが嫌だとか、そういうことは決してないのだけれど…。



セルフォン・プロジェクト室は、第二食品事業部のあるフロアの一角に設けられた。
メンバーは女性3名と男性が2名、全員伊万里の希望で20代の若者ばかりだった。
それが礼には少し気に入らなかったようで、というのも2名の男性はいずれも独身で社内でも指折りのイケメンだったのだ。
別に顔で選んだわけではないし、伊万里にその気はまったくない。
それは礼にもわかっているのだが、問題は男性2人の方が伊万里に手を出すかもしれないということで…。

「みんな、揃ったかしら?」

プロジェクト室に新しいメンバーが、顔を揃える。
そして伊万里は、全員が揃ったことを確認すると自分の周りに集めた。
これからの期待と不安が入り交じった中でも若いメンバーばかりのこのプロジェクト室には、さっきまでどこか明るく和やかな雰囲気が漂っていたが、一瞬にして緊張感が走る。
礼にセルフォンとの会食にいきなり連れ出された時も言われたが、このプロジェクトは文字通り社運を賭けた重要なもの。
それをここにいる6人で、推進していかなければならないという重い責任があったのだから。
そんな少しだけ重苦しい雰囲気の中で、誰かが部屋に入って来た。

「すみません、遅れまして」

そう言って入って来たのは庶務課長兼秘書室長の高柳、そしてその後ろには…。

「高柳さん、それに社長まで…」

そしてその後ろに居たのは、礼。
―――えっ、礼まで…何で?
伊万里にとって礼は上司でもあり恋人でもあるからごく身近な存在ではあったけれど、周りに居る若い社員達にとっては社長などというのは雲の上の人物。
そんな人がいきなり部屋に入って来たことの驚きは隠せないのだが、当の社長はまったく気にもせずに話し始める。

「えっと、新しいメンバーを紹介したいんでね」

―――新しいメンバー?
伊万里は、自分を含めた6人でこのプロジェクトを推進していくとしか聞いていなかったが…となると新しいメンバーというのは高柳さん?!

「高柳さんには副室長として、このプロジェクトに加わってもらいます。一応、総務部の所属はそのままなので、付っきりというわけにはいかないかもしれませんが、よろしく頼みます」

高柳は、礼に紹介されて軽く頭を下げるとみんなの前に出る。

「急なお話でしたので、私も少々戸惑っている部分はありますが、嶋崎室長やみなさんと共に頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします」

伊万里を含めたメンバーが、同じように高柳に向かって「よろしくお願いします」と挨拶を交わす。
礼は高柳に相応のポストを用意するとは言っていたが、このことだったのだろうか?
それにしても、これでは高柳の負担が大きくなるだけのような気がするが…。

「そして、私もこのプロジェクトの総括として加わることにしますので」
「えっ?」

思わず、声を上げてしまった伊万里。
社長なくしてこのプロジェクトの推進はあり得ないが、こんな話は聞いていない。
―――まさか…席をここになんて、言わないでしょうねぇ。

「高柳さん、後でもう一つ席を用意しておいて下さい」
「はい。わかりました」

―――あ〜やっぱり…そうだと思ったのよね。
礼の考えそうなことだわ…。
はぁ…。
伊万里は、誰にも聞こえないように溜め息を吐いた。

「ここにいるみなさんは、三谷貿易の将来を担っていると言っても過言ではありません。まだ、正式に仮契約は済んでいませんが、近いうちに私はパリに行くつもりです。それからが正念場になると思いますが、特に嶋崎室長には頑張ってもらわないといけないので、みなさんのご協力をお願いします」

ちらっと伊万里に目を向けて視線が合うと礼は、にっこりと微笑み返す。
皆は社長からの言葉に緊張した面持ちで「はい」と返事を返したが…。
―――何が、頑張ってもらわないとよ。
こんなところで一緒に仕事なんて、やりにくくて仕方がないわ。
伊万里だけは、受け止め方が少し違ったようで…。
―――でも、高柳さんがいてくれるのは、かなりやり易いことは確かね。
それに礼の暴走を抑えられるのも、彼しかいないだろうし…。

「それでは、嶋崎室長。ちょっと話があるので、社長室まで来て下さい」

―――はい?!
何が話があるからよと思ったけれど、みんなのいる手前伊万里は黙って頷くしかなかった。



「社長。話とは、何でしょうか?これから、みんなと打ち合わせをするつもりだったのですが」

二人でいる時は社長とは呼ばないようにしていたのだが、今だけはわざと他人行儀な言い方をしてみる。

「何だよ、そんな言い方をしなくてもいいだろう。伊万里は俺が、あの部屋に席を置くことに反対なのか?」
「そういうわけじゃ、ないけど…」
「だったら、何なんだ?」

礼は、伊万里の側まで来ると腰に腕を回して自分の方に抱き寄せる。

「もうっ、そういうのやめて」
「やめない。伊万里が、機嫌を直してくれるまでは」

伊万里だって礼の気持ちがわからないでもないのだが、だからといってもう少し場所をわきまえて欲しい。

「ごめん。俺の我がままだってことは、わかってる。だけど、伊万里を目の前にすると、どうしようもないんだ」

伊万里の髪に顔を埋めて切なそうに言う礼にそれ以上強く言うことはできなかった。

「わかったから。でも、もうちょっと抑えてくれる?」
「なんとか、努力してみるけど」
「なんとかって、ねぇ…」

学生時代からずっと礼を見ていたが、いつだって冷静でこんなふうに感情を表に出すタイプではないと思っていた。
それが、実際は違っていたのだと…。

「来週、俺はセルフォン本社のあるパリに行って来ようと思う。もちろん、伊万里にも付いてきてもらうけど」

さっき礼も言っていたが、仮契約をするためにはすぐにでもパリに行かなければならない。
それが済めば、いよいよ本格的にこのプロジェクトが動き出すことになるだろう。
そして、セルフォン社社長であるジュリアン・ル・フォール氏に初めて会うことになるのだが…。
まだ20代の後半であるという情報しかない彼は、一体どんな人物なのだろうか?
そんな伊万里の不安を他所に礼は、ここが会社だってことも忘れて伊万里の唇を求めてくる。
口では嫌と言ってはいても伊万里だって礼とのキスは心地いいし、一度味わってしまったらやめられないのだ。
二人は暫くの間、お互いのくちびるの感触を確かめるように堪能すると伊万里は再び戦場である職場に戻って行った。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.