LA GRANDE DAME
Story14


次の日の朝、約束通りデュボワ氏とクレマン氏が車でホテルまで迎えに来てくれた。
初めにセルフォンの工場を見学することにしたが、工場は車で一時間ほど走ったパリ郊外のとても静かな場所にある。
広大な敷地内は自然そのままで、ここはどこなのか?と一瞬忘れてしまうくらいだった。
そして本来ならば完全な企業秘密、そう簡単には見せてもらえないところだったから、礼と伊万里は少し興奮気味だったかもしれない。

「セルフォンの工場って、普通なら絶対入れないんだろう?」
「そうよ。もしかして日本人でここに入るのは、あたし達が初めてかもしれないわね」

伊万里の言うことは大げさに聞こえるかもしれないが、恐らく当たっているだろうう。
それくらいセルフォンは、外部を一切遮断して頑なに自社での製法に拘っていた。
全て長年の経験に基づいた職人の手作りで、味は創業以来全く変わっていないと言っていい。
そこに日本の企業が加わるのである。
二人にとっては、身が引き締まる思いだった。

「どうですか?お二人とも、うちの工場を見た感想は」
「思ったより内部は、近代的なんですね」

デュボワ氏の質問に答えた礼だったが、外観の建物とは裏腹に内部がとても近代的なものだったことに少々驚かされた。
それは、伊万里も同じように思ったことだった。

「そうですね。これも社長が交代してから、このようなスタイルに変わったんですよ。昔からの職人達には色々反発もありましたけど、若い人達にはすぐに受け入れてもらえ評判もいいんです」

どうやらジュリアンが社長に就任してから、随分とセルフォン内部には改革があったようだ。

「私も社長がジュリアン氏に代わってからGMに抜擢されました。今までのセルフォンは、長い間ずっと同じ物を同じように作り続けてきましたが、作っている人間は同じではないんです。人が替わるように製法も会社も変えていかなければならない。これが社長の考えであって、私もそう思っています」

長い時間をかけて築き上げてきたものは、大切にしていかなければいけないと思う。
しかし、それを作る人間は永遠ではないし、代が替わっていくように会社も変わっていかなければならないのだ。
礼も同じ立場の人間として、それは実感していることだった。
前に伊万里がまだセルフォンの社長を知る前になんとなく礼に似てるような気がすると言っていたが、こいうところも含んでいるのかもしれない。

「そうですね、私も同意見です。いい物は残しつつ、新しい物も受け入れていかなければなりません」
「セルフォンは、ミタニと共に更なる進化を遂げようとしています。今日は、包み隠さずセルフォンの全てをお二人にお見せしますから、納得いくまでご覧になって下さい」

デュボワ氏の熱い思いを受け止めた礼と伊万里は、クレマン氏と共に工場内の隅から隅までを念入りに見学して回ったが、気がつけばとうにお昼を過ぎていた。

「昼食はこの近くにある二つ星のレストランを予約していますので、よろしければどうぞ」
「何から何まで、お手数おかけして申し訳ありません」
「いいえ、とんでもない。日本に行った時、ミタニが迎えてくださったあの店は本当に素晴らしい。それを社長に話したら、自分も行きたかったとすごく残念がっていましたよ。そのお返しというには程遠いのですが、実は私もその店に行くのは初めてでして楽しみにしていたんですよ」

デュボワ、クレマン両氏が日本に来日した時に連れて行った料亭をいたく気に入ったようだった。
それにしてもこのデュボワ氏というのは、なんと温厚で素敵な人なんだろうか?
ふと伊万里の脳裏には、高柳の顔が浮かぶ。
この組み合わせだからこそ、今回の話がこんなにスムーズに進んだのかもしれないと伊万里は思う。
となると伊万里に該当する人間は、誰なのか?
昨日セルフォンに行った時、女性の存在は感じられなかった。

―――えっ、クレマン氏?!確かにクレマン氏は、綺麗な顔をしているけど…。
まさか、ジュリアンにそういう趣味はないわよね?

そんなことはあり得ないのだが、彼はとても大人しい感じで一緒にいてもあまり発言はしない。
にも関わらず、マネージャーという地位に就いているのだからそれ相応の実力は持っているはずなのだが…。

「伊万里、どうした?行くぞ」
「あっ、うん」

いらぬことを考えている場合ではないけれど、なんとなく気になってしまう伊万里だった。



食事に案内されたのはオーベルジュ、宿泊施設の付いたレストランだった。
こんなところにも二つ星レストランがあるの?と数年住んでいた伊万里でも驚いてしまう。

「なんだ、こういうホテルもあるんだな。今度来る時は、ここに泊まろうか?」
「はぁ?そういうこと、ここで言わないでよ」

日本語がよくわからない二人だったからいいものの、こんな会話を聞かれた日には勘違いされる。
勘違いというのは、少し語弊がないでもないが…。

その話はまたにするということで、とにかく料理は素晴らしいものだった。
土地の食材を生かした自然なもので、特に際立った高級品を使っているわけでもない。
にもかかわらず味は言うまでもないが、彩といいまた店内の雰囲気といい、さっき礼に向かって言った手前ここでは口にしないけれど、二人っきりで静かにこんなところに泊まれたらどんなに素敵なんだろうか?
仕事ということもすっかり忘れてしまうくらい、全てに酔いしれてしまう伊万里だった。

だいぶ時間も過ぎてしまったが、4人はパリ市内中心にあるセルフォン本店へ足を向けることにした。
ここはさっきまでの静かな雰囲気とは打って変わって、都会の顔を見せる。
3階建ての建物の外観は古いままだったが、内部は最新のデザイナーによるインテリアで統一されていた。
斬新というかなんというか、それがまた新鮮で顧客を魅了しているのだろう。
若い女性達で店内は、いっぱいだった。
1階は一般的な食材を主に扱っていて、2階はギフトなど、そして3階はというとおしゃれなカフェスペースになっていた。
こういうところは今後、三谷が日本で店舗を出す場合に参考にしたいところ、伊万里は持っていたデジカメで店内を写して回る。

「ここに私達が、プロデュースした商品も並ぶのね」
「そうだな」

そう思うと余計に感慨深いし、力も入ってくる。
セルフォンプロデュースの製品が日本に並ぶと同時にパリにも自分達が関わった製品が並ぶのである。

「みんなも連れて来たかったな」

伊万里は、日本にいるプロジェクト室のメンバーの顔を思い浮かべた。
今後のためにも絶対みんなに見てもらいたいと思うし、そうしなければならないと思った。

「俺も、それは考えていたんだ。実際、見なきゃわからないだろうし、俺達だけの意見では決められないからな。少ししたら、プロジェクト室のメンバーを全員連れてパリに来よう」
「ほんと?」
「あぁ」

パリに行くとなったら、みんな喜ぶだろうな。
特に女性陣は、そうに決まっている。
仕事そっちのけで、ブランド物に走りそうな気もするが…。

「そうだ、みんなにお土産買って帰らないと」

すっかり忘れていたが、みんなにしてみれば礼と伊万里が仮契約という重要な仕事のためにパリに行ったことよりもどんな土産を買ってくるか?の方が重要なことだろう。
セルフォンの製品を研究する上でもちょうどいいし、伊万里は買い物客に紛れてそれとなく人気商品をチェックすると次から次へとカゴに入れて行く。
そんな真剣に品を選ぶ姿を見ていた礼は、まるで主婦の顔だなと気付かれないように苦笑する。
結婚したら、伊万里はあんなふうに自分のためにも同じようにしてくれるのだろうか?
きっとそうに違いないと思いつつも、この後のことを考えると少しだけ憂鬱になることは避けられない。
ジュリアンと二人だけにすることに不安を感じつつも、礼は伊万里を信じていたし何も起こらないと祈るしかなかった。


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