LA GRANDE DAME
Story15


礼と伊万里がパリに来た目的を全てこなすと時刻は、もう夕方の5時になろうとしているところ。
しかし、ヨーロッパは日本とは違い、この時期になるとかなり日が長くなっているせいか辺りはまだ明るかった。

「ル・フォール社長とは、何時に待ち合わせてるんだ?」
「一応、6時半なんだけど。私達が泊まっているホテルに迎えに来るって言ってたから、一度戻るわ」
「そっか…」

短い滞在期間とはいえ、24時間伊万里と一緒にいられるこの時を礼はとても楽しみにしていた。
日本ではなんだかんだいってお互い予定がうまく合わないことも多く、ゆっくりできるのは週末の一日だけというのがほとんど。
ひどい時は、仕事でしか顔を合わせられないことが続くことも度々あった。
今回も仕事という面では変わりはないのだが、他の余計な仕事がないだけかなり心身ともに余裕があったのだ。
それをル・フォール氏の出現によって妨げられたことは、礼にとって想定外のことだった。

「ごめんね。今晩は、礼とゆっくり食事ができると思ってたのに」

そんな礼の沈んだ顔を見て、伊万里が申し訳なさそうに言う。
伊万里とて思っていることは礼と同じ、彼の計らいにより、まぁそこは微妙なところではあったけれど…ずっと一緒にいられることを望まないわけはない。

「俺のことは気にすることないって、カッコよく言えたらいいんだけどさ。やっぱ、寂しいかも」
「礼…」

ここは男ならカッコよく『俺のことは気にしなくてもいいから積る話もあるだろうし、ゆっくりしてきたら』と言うものなのだろうが、今の礼にはそんな言葉を掛けられるほど余裕はない…。

「なんてな。俺のことなんて気にしないで、ゆっくり楽しんでくるといいよ」
「ううん。すぐ帰って来るわ」
「俺さ、さっきクレマンさんと出掛ける約束したんだよ」
「はぁ?」

―――ちょっと、そんなのいつどこで話してたのよ。
伊万里は、ずっと礼と一緒にいたはずなのに一体どこでそんな話になっていたというのだろう?
それにクレマン氏は、大人しい感じで話してるのだってあまり見た記憶がないのに…。

「そういうことだから」

「いやぁ、クレマンさんなんか楽しいところに連れて行ってくれるらしいから、楽しみだなぁ」などと嬉しそうに話す礼だったが、本心でないことは伊万里にもわかる。
―――でも、楽しいところってどこかしら?
礼には申し訳ないと思いつつも、懐かしい友との再会に心躍らせる伊万里だった。

+++

ジュリアンが来たとのフロントからの電話で、伊万里はさっきまで見につけていたスーツとは違う少しエレガントなワンピースに着替えて部屋を出た。
一応断っておくが、着替えたのは決してジュリアンに会うためにというのではない。
本当は礼と出掛けるために用意した物だったのだが、せっかく持って来たのだからと彼に言われたからだった。
そんな礼は、一足先に迎えに来たクレマン氏と一緒に出掛けていた。
伊万里がロビーに向かうと気付いたジュリアンが座っていたソファーから立ち上がり、挨拶のキスを交わす。
この国では当たり前のことだし、伊万里だって昔は普通にしていたことだったはずなのになぜかわからないが、胸がドキドキしてしまう。
目の前にいるのは子供のジュリアンではなく立派な男性だからかもしれないが、礼に感じるものとも違うこの感覚は何なのだろう…。

「待たせてしまって、ごめん。出掛けに電話がかかってきて」
「そんなことないけど。それより、良かったの?忙しかったんじゃ」
「イマリに会えると思ったら、仕事どころじゃなかったよ」

ジュリアンはさり気なく伊万里の腰に腕を回し、ホテルの外に止めてあったメルセデスの助手席に乗せると自分は運転席にまわり車はゆっくりと走り出す。

「昼食は、どうだった?」
「うん、すごく素敵なところで味も最高だったわ」
「あそこは、限りなく三ツ星に近い二つ星の店だからね。なかなか予約も取れないんだけど、僕の名前を出して予約してくれと言ったら、デュボワさん張り切っちゃってさ」

パリへ来ることは急に決まった話ではなかったが、星の付くような人気店はかなり先まで予約でいっぱいだと聞いている。
三ツ星に近いとなれば尚のことあの味も頷けるし、実際デュボワ氏の様子からもそれは想像がつく。

「そうだったの?わざわざ、ありがとう」
「どういたしまして、日本ではお世話になってるからね。でも、二人ともいい思いしてるよな僕も行けばよかったよ」
「あははそうね。あっそうそう、お母様は元気にしてるかしら?」
「あぁ、あの人はいつも元気だからね」
「会いたいなぁ。うちのママもどうしてるのかなって、いつも言ってたから」

ジュリアンの母親はとても綺麗で素敵な人だったから、それほど長い時間を過ごしたわけではないが、伊万里の母には印象に残っているようだった。
だから、あの頃を思い出す度にどうしているのだろうか?と話していたのだ。

「イマリのママは、元気なのかい?」
「うちは、もうすっごい元気。見てびっくりするわね、あの頃とちっとも変わってなくて」
「なんか、想像できるな」

そんな懐かしい話をしながら、車はパリ16区へと入って行く。
そこは、セレブな人達がこぞって住んでいるいわゆる高級住宅街。
ジュリアンの住むアパルトマンも、そんな場所にあった。

「ここは?」

行き先を聞いていなかった伊万里は、ここがジュリアンの住む家だとは気付いていない。

「ここは、僕の家だよ。有名なレストランに連れて行こうかなと思ったんだけど、昼もそうだったろう?だから普通の家庭料理の方がいいかなって思ってね」

そう言われて伊万里は、ジュリアンの後についてアパルトマンの中へ入って行く。
ジュリアンに奥さんや子供がいるのかどうかという話は聞いていなかったが、確か左手の薬指にリングはなかったように思う。
エレベーターに乗って最上階に行くとそこはワンフロアが、ジュリアンの住まいだった。
さすが、セルフォン社長ともなるとスケールが違う。

「さぁ、どうぞ」

中へ足を一歩踏み入れるとそこは、ゴージャスな外観とは違いモダンな内装で統一されていた。
それはセルフォンの工場や本店同様で、ジュリアンの若いセンスがうかがわれる。

「おじゃまします。ところでジュリアン、私が急に来ても良かったの?」
「全然構わないよ。僕は、この通りまだシングルだからね」

―――うん?
じゃあ、家庭料理というのは誰が作るのだろうか?
この感じだとお手伝いさんがいるようでもないし、まさかジュリアンがってこともないわよね。

「あらっ、ジュリアンったら勝手に入ってきちゃったの?鳴らしてくれれば、迎えに出たのに」

奥から女性の声がしたと思ったら、それは見覚えのある顔。
そう、ジュリアンの母親だったのだ。

「お母様?」
「まぁ、イマリ。会いたかったわ」

伊万里とそう変わらない身長のジュリアンの母は、懐かしさのあまり伊万里を抱きしめた。
微かだが、幼い頃に伊万里が感じたバラのいい香りがする。

「お母様も、お元気そうでなによりです」
「イマリもこんなに美人になって。ジュリアンが、興奮して話していたのもわかるわ」

脇から、余計なことを言わなくてもいいのにという意味を込めたジュリアンの「ママ!」という声が聞こえる。
そんなやり取りも、昔とちっとも変わっていない。

「もう少しこうしていたいけど、二人ともお腹空いたでしょ?さあ、食事にしましょう」

ジュリアンの母に引っ張られるようにして伊万里がダイニングテーブルにつくとそこには、所狭しと料理が並べてあった。
昔から料理の得意だった彼女、ヘタなレストランに行くよりもよっぽど価値があるに違いない。

「うわぁっ。お母様の手料理が食べられるなんて、感激です」
「たくさん作ったから、いっぱい食べてね」

ジュリアンは伊万里をホテルまで送ることを考慮してワインに手をつけることはできなかったが、母と伊万里はしっかり口にして盛り上がっている。
本当は伊万里と二人きりで過ごしたかったが、つい母親に話してしまったことでこんな結果になってしまったことをジュリアンは後悔しなくもない。
でも、最近塞ぎがちだった母がこんなに楽しそうにしている姿を見るのは久しぶりだったことを思えば、これはこれで良かったのだろう。
お互いの近況を話し合ってもまだ足りないくらいだったが、伊万里は明日日本へ帰らなければならない。
あまりに短い時間を惜しみつつも、別れの時はやって来る。

「もっと話していたかったけど、イマリは明日日本へ帰ってしまうんでしょう?」
「ええ。でも、また近いうちに来ますから」
「そうね。あ〜イマリが、ジュリアンのお嫁さんになってくれればいいのに」
「「え?」」

母の言葉に伊万里もそしてジュリアンも、同じように声をあげた。

「ダメかしら?」
「・・・・・」
「ママ。急にそんなことを言っても、イマリが困ってるじゃないか」

何も言えない伊万里にジュリアンが助け舟を出したが、本心は母親の言うようになって欲しいと彼自身は思っていたけれど…。

「そういう人が、いるの?」
「はい。お母様には悪いんですが」
「そう…残念だわ」

はっきりと言い切る伊万里に彼女のさっきまでの明るい表情が一瞬にして曇ってしまったことは悪いと思ったが、こればかりはどうしようもない。

「ごめんなさいね、我侭言って。今度は、是非イマリの大事な人をここへ連れて来てね」
「はい」

再びジュリアンの母は、伊万里を抱きしめるとそれ以上は何も言わずに笑顔で見送ってくれた。


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