LA GRANDE DAME
Story2


日本未輸入だけに難しかったが、パリに住んでいた時に母親がよくセルフォンの食材を使っていたことから自分なりの批評は持っているつもりだった。
約束の場所には三谷の車で一緒に行く予定だったから、定時前に一度家に帰る。
選んだのは、なぜか着る機会もないのについ衝動買いしたCCのロゴマークで有名なフランスブランドのスーツ。
普通に考えてもいくら管理職とはいえ会社員の給料ではとても衝動買いできる金額ではなかったが、株のサイドビジネスで小金を手に入れている伊万里にはこのくらい何でもない。
それよりもこの姿で電車に乗る方がなんだかアンバランスに思えるが、帰りは三谷が送ってくれるだろうからやむを得ない。
会社に戻るとみんなの視線が痛かった。

「課長、どうしたんですか?」

若い男性社員の第一声にやっぱりねと思う。
ほとんど毎日パンツでカジュアルな伊万里しか見ない彼らが、驚くのも無理はない。
今の彼女は、白いガーリー風のブラウスに黒のジャケットと膝小僧が少し出るくらいのプリーツスカート、それほど高くはないがピンヒールを合わせているのだから。

「ちょっとね」

曖昧な返答が、みんなの想像を掻き立てる。
まぁ、会社を抜けて着替えてくるのだから私用でないことはわかるだろう。
それにこの華やかな服装である。
さっき社長に呼ばれたことも含めて、大体の想像はつくかもしれない。
それよりも、伊万里にはこれからのことで頭が一杯だった。
会社のこともあるが、三谷のためにもなんとか契約にこぎつけたかったから。

+++

「おっ、馬子にも衣装だな」

伊万里を見るなり、三谷の第一声はこれだった。
こんな言い方をしているが、実際はどこに目をやっていいかわからないくらい伊万里に似合っていて思わず見惚れてしまう。

「何よ、社長のためにわざわざ一張羅に着替えて来たっていうのに失礼ね」
「すっごく似合ってる。仕事なんて放り出して、伊万里と二人っきりでどこかに行きたい」

真顔で言うから始末が悪い。
この男は普通にしていても誘ってるようにしか見えないのだから、冗談でもこんなことは言わないで欲しい。

「何、わけわかんないこと言ってるのよ」

わざと素っ気ない態度を取る伊万里だったが、まんざらでもな様子。
しかし、こんな冗談を言っている場合ではないのだ。
これからが、勝負なのだから。



セルフォンの面々との会食場所は、意外にも料亭だった。

「ここなの?」

フランス人だからてっきりフレンチのお店だと思っていたが、これだったら着物でも着てきた方がよかったのではないかと伊万里は思った。

「日本に来たらやっぱり、和食だろう?あの人達だって、フランス料理は食い飽きてるだろうし」

確かに三谷の言うように食通の彼らのことだから、既に有名なフレンチの店には足を運んでいるに違いない。
門をくぐるとすぐに出迎えてくれた着物美人の女性に連れられて、奥の座敷へと案内される。

「それにしても、まあ随分と渋い店をチョイスしたものね」
「ここは、普通じゃ絶対来れない場所だからな。悔しいけど祖父さんの名前を出して、なんとか予約を入れてもらったんだ」

政財界でも古くから付き合いがあるごく一部の人間しか、この料亭に足を運ぶことはできないそうだ。
三谷は祖父の代からの付き合いらしく、なんとか若い彼でもここを利用することができた。
築70年以上は経っていて、今ではもう建てられる職人はいないくらいの贅を尽くした純日本家屋の平屋の建物に庭はどれくらいの大きさがあるのか見当もつかないくらい広い。
よく手入れされている木々が夕闇にライトアップされて浮き上がる様は幻想的で、とても都心にいるとは思えなかった。
約束の18時にはまだ少し時間があったから、伊万里は縁側に立って綺麗な庭を暫し眺めていた。

「綺麗ね」
「だな。俺もここには滅多に来ないけどさ、景色も料理も絶品なんだよ。いつか、自分名で伊万里を連れて来ようと思ってたんだ」

伊万里の隣に肩を並べて立つと、三谷は言う。
いつか今よりもっと大きな人間になった時、自分の力で伊万里をここに連れて来たいと思っていた。
まだまだ若僧の三谷では、いくら社長という肩書きを持っていても祖父の名を出さなければ認めてもらえない。

「社長のご期待に応えられるよう、頑張ります」
「頼むよ、嶋崎課長」

そんな和んだ雰囲気の中だったが、敵は現れたようだ。


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