さっきと同じ着物美人の女性に連れて来られたのは、セルフォン社GMのロラン・デュボワ氏と彼よりも少し若いマネージャーのディディエ・クレマン氏の二人だった。
デュボワ氏は30代後半くらいの想像とは全く違うとても温厚そうで、まさに紳士という言葉がぴったりの素敵な男性だった。
フランス人だけあって大胆な色調のネクタイを身に着けていたが、それが全然嫌味に感じられないのはさすがおしゃれの国から来たと感心させられる。
聞くところによると今回日本に来た目的は販売戦略等ではなく、単なる視察という話。
フランスでの日本食ブームを反映して、セルフォンでも取り入れようと計画しているらしい。
仕事目的で接触を試みようとする企業は後を絶たないが、今回は三谷が若い社長であることとその連れが女性の伊万里だけということで特別に会ってくれたということだった。
両氏はこの店の静かな雰囲気と情緒溢れる情景にすっかり魅了され、終始ご機嫌の様子。
それに加えて伊万里の東洋的な顔立ちに魅了されていたなどとは、全く本人は気付いていないだろう。
そして、同じようにいやそれ以上にそんな伊万里を見つめる三谷がいたことも…。
なんといってもここの料理は三谷が絶賛するだけあって、言葉にできないくらい絶品だった。
三谷には悪いが仕事のことなど二の次になってしまった伊万里だったが、それが功を奏したのか子供の頃のパリでの暮らしや私生活で話が盛り上がっていた。
しかし、その中にさり気なくセルフォン社製品の感想を盛り込むことは忘れない。
伊万里は、思い切って業務提携できないかとデュボワ氏に提案してみることにした。
英語フランス語の入り交じった会話の中、三谷はフランス語があまりよくわからないので、まさかこの時点で伊万里がこんな大胆な行動に出ていたとは知る由もない。
「単刀直入に申し上げますが、セルフォン社と三谷貿易との間で業務提携していただけないでしょうか」
一瞬にしてデュボワ氏の顔色が変わったのがわかったが、伊万里は怯むことなく話を続ける。
「業務提携といっても、ただ単にセルフォン社の製品を日本に輸入しようというのではありません。これはあくまでも提案なのですが、お互いに意見を出し合ってプロデュースするというのはどうでしょうか?」
「それは、共同開発という意味ですか?」
「広い意味で、そうなりますね。今フランスでも、日本食を取り入れたものが人気と聞いています。現にセルフォンでもそういった製品を作ろうという話ですし、その中に私達を参加させていただけないでしょうか。その反対にセルフォンの方々にも協力いただいて、セルフォン社がプロデュースした製品を日本でも販売したいと考えています」
伊万里は、単にセルフォンの製品を日本に持ってくるのでは事業の拡大になるだけで、セルフォンの品質第一の理念に反してしまう。
元々、セルフォンにはその意思がないのだからいくら交渉しても結果は同じ、かといってセルフォンの製品をそのままどこか別の会社に作らせることもそれ以上に不可能だ。
それならいっそ、セルフォンプロデュースという形で別ブランドを作り、日本で販売してしまえばいい。
セルフォンが日本に視察に来ていた趣旨をうまく利用して、お互いにプロデュースし合えば一石二鳥と考えたのだ。
そのためにはそれなりの会社を探さなければならないのだが、それは三谷の力で何とでもなるだろうから。
「面白い。あなたの話をもっと、聞かせていただけませんか?」
デュボワ氏は伊万里の提案をいたく気に入ったようで、もっと詳しい話を聞かせて欲しいと言う。
「はい、喜んで」
妙に盛り上がっているデュボワ氏と伊万里を見て、痺れを切らした三谷が口を挟む。
「伊万里、何を話していたんだよ」
「あのね。セルフォンとうちの会社でお互いプロデュースして、製品を作ってみてはどうかって提案したの。そうしたら、面白いからもっと話を聞かせてくれって」
「えっ、本当か?」
三谷は、驚いた表情で二人を交互に見ている。
まさか伊万里がこんな提案をするとは思ってもみなかった三谷は、驚きを隠せない。
輸入代理店という形だけを取るのではどこの会社でも考えそうなことだが、お互いをプロデュースし合うなどという発想は想像すらしていないこと。
「うん。デュボワさんもう少し日本にいるらしいから都合のいい時間を決めてもらって、うちの社でもっと詳しい話を詰めるってことでいいかしら」
「あっ、あぁ。それで頼むよ」
これじゃあどっちが社長なのかわからないが、今は三谷が下手に口を挟むよりこの場は伊万里に任せた方がいい。
早速伊万里はデュボワ氏と明後日、三谷本社で打合わせをするという約束を交わした。
その後はさっきまでの他愛もない話題で花が咲き、みな年齢も近いせいかたった今会ったばかりとは思えない昔からの親友のような親しみを覚えていた。
食事を終えてデュボワ氏とクレマン氏を無事ホテルに送り届けるとやっと肩の荷が下りてどっと疲れが出てきたが、その疲れも今の二人にはとても心地いいものに感じられていた。
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