LA GRANDE DAME
Story21


宮坂以外の3人が、その場に固まった。
木村と言えば食品部門の部長であり、本来ならセルフォン・プロジェクトを率いておかしくない存在であったが、それを敢えて全く別部門にいた当時課長の伊万里をプロジェクトリーダーに置いたことをよく思っていないという噂を耳にしている。
もし、木村部長がやったことだとするならば、辻褄が合う。

「仮にこの一件を木村部長と共同でシステム管理部の人間がやったと想定して、証拠みたいなものはないのか?」
「難しいな。木村部長のパソコンに送信メールでも残っていれば話は別だが、普通証拠を残すような馬鹿な真似はしないだろうし。後は自白させるしかない」
「何だよ、宮坂はその道のプロじゃないのかよ。何とかしろよ」

きちんとした証拠もないのに、相手を問い詰めるわけにはいかないだろう。
しかし、この場合、メールアドレスを管理しているのはシステム管理部の人間であって、それ以外の人間が操作することはまず不可能だ。

「もう、いいわ」
「「「え?」」」

伊万里のひと言に3人が一斉に声を上げた。

「いいって、どういうことだ?」
「犯人探しは、もういいってこと」
「よくないだろう。伊万里は何もしていないんだ、それに犯人は特定できている」
「そうだよ、三谷の言う通りだと俺も思う。俺が、なんとか突き止めるから」

礼と宮坂の気持ちはありがたいと思うが、これ以上社内の人間を疑いたくないというのが伊万里の考えだった。

「社長も宮坂君も、そして高柳さんにまでご迷惑をおかけしてすみませんでした。でも、もういいんです。私には、社内の人間を疑うようなことはできません」
「伊万里…」
「大丈夫、私はそんなに弱い人間じゃないわよ。こんなことくらいで負けないんだから」

そう言って笑ってみせる伊万里だったが、高柳には伊万里の気持ちがわかっていたようだ。

「嶋崎さん、あなたは自分が身を引けば済むと思っているんじゃないですか?」

反射的に伊万里が高柳の方へ視線を向けると、彼はいつものように穏やかな表情だった。
―――高柳さんには、わかっちゃったかぁ。
伊万里は、確かに悪くない。
しかし、このような結果を招いたことに対して少なからず自分にも責任はあると思っていたし、今後のことを思えばこれは止むを得ないこと。

「そうなのか?伊万里。そんなこと、俺は絶対に許さないぞ。セルフォン・プロジェクトはどうなる?それだけじゃない、前にも言ったが、このプロジェクトには社運がかかっているんだ。伊万里がいなければ、会社全体にも影響が出るんだぞ?」
「私も社長のおっしゃる通りだと思います」
「高柳さん」
「嶋崎さんの気持ちもわかりますが、あなたが身を引いたくらいで彼らが満足するとは到底思えません」
「高柳さん、それは…」
「最終的には、社長にも何らかの行動に出ると思います。そうなれば、彼らの思う壷ですよ」

例え、伊万里が身を引いたとしても彼らはそれで終わるとは思えない。
これはきっかけにすぎず、最終目的は社長を失墜させることなのだろう。

「俺もそう思う。あいつらここまでやるんだから、それ相応の覚悟はできているはずだから」

彼らがこれだけのリスクを負ってまでやるからには、もっと奥深いものがあるようにも思える。

「だとしたら、仮に木村部長とシステム管理部の人間が組んでやっとしてよ。それで社長までってやり過ぎじゃない?社長を失墜させるのであれば、もっと上の人間が…」
「あっ」

伊万里の話を聞いていた礼が、思い当たる節があったのか小さく声を上げた。
しかし、これは礼の推測でしかない。
―――果たして、口に出していいものなのか…。

「恐らく、八代専務でしょう」
「え?八代専務?」

そんな礼の迷いを見透かしたように高柳が代わりに答えた。

「そうです。彼は、現社長が若すぎると常々言っていましたし、社長のやり方にも反対してきました。それに最近木村部長が専務室から出てくるのを何度か見掛けています。今回の件も彼が首謀者と断定してほぼ間違いないと思います」

八代専務というのは60近い普通なら定年間近の人間だが、地道に実績を上げて専務にまで上り詰めた努力の人だった。
しかし、三谷貿易は代々家族経営のため、どんなに項張っても社長にはなれない。
彼もそれは承知していたことだったのだが、前社長が退くにあたって30そこそこの礼が継ぐことに社内でも少なからず反発があったのも事実。
礼がもう少し年齢を重ねてからの方がいいのではないか?その間を八代専務が引き継ぐという案も出たのだが、前社長がそれを受け入れなかったという経緯があった。
一時でも社長になりたいと、頂点を狙う者なら誰もが願うことだろう。
それが叶わなかったことで、今回の件に繋がったのかもしれない。

「でも、そうなると益々証拠を探すのが難しくなるんじゃないのかしら?」

多分、八代専務は自分が社長の椅子に就くことを前提に木村部長やシステム管理部の部員に対して何らかの報酬を約束したに違いない。
万が一失敗した場合でも責任は自分が取るとかなんとか言ったのだろうが、それをまともに受けるとは到底思えない。
その時は、木村部長に責任を押し付けて自分だけ助かろうとするに決まっているのだから。

「このまま様子を見ましょう。こちらが何も動かなければ、必ず彼らは動くと思います。その時は、宮坂さんの力を借りて証拠を突き止めましょう。それから私が、八代専務の監視をしますので」
「そうだな。じゃあ、高柳さんと宮坂よろしく頼むよ」

高柳と宮坂が、黙って領いた。

「しかし、今度は、俺の番か。どんな手を使ってくるのか楽しみだな」
「何、暢気なこと言ってるの?気をつけないと大変なことになるかもしれないのに」
「大丈夫だよ。みんなが付いてるし」

一歩間違えば大変なことになるかもしれないが、礼にはみんながいれば必ずこの場は乗り切れると確信していた。
それよりも自分に何があっても構わないが、もちろん大事な社員に何かがあってはならないけれど、伊万里をターゲットにしたことだけはどうしても許せなかった。
だから、なんとしてでも犯人を突き止めなければ、そう心に誓う礼だった。



伊万里は、礼に伴って社長室に来ていた。
表に出れば、何かといらぬことを言う者がいる。
今日一日は、プロジェクト室にも顔を出さずに自分の部屋にいるようにとの社長である礼の指示だった。

「伊万里、ごめんな。俺が、ついていながらこんなことになって」
「礼は、悪くないわ。相手に隙を見せた私が悪いの。なのにみんなに迷惑かけて」

この場合、どうしようもないことだとはわかっていても、やはり責任は自分が取るべきなんじゃないか、まだそんなふうに考えてしまう。

「伊万里」

礼は、伊万里をそっと抱きしめる。
今日に限っては、『ここは、会社なのよ!』などと威勢のいい言葉は伊万里の口から聞かれない。
それどころか、伊万里は自分から礼の肩に頭を預けた。

「大丈夫だ。絶対に俺が、伊万里もみんなも守ってみせる。だから、伊万里は何も考えなくていい」
「礼…」

礼の大きな手が伊万里の頬に触れると、とても心地よい。
今までの出来事を全部忘れてしまうくらいだった。


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