LA GRANDE DAME
Story23


「それで宮坂、証拠の品は持って来てくれたのか?」
「あぁ、大事なことを忘れてたな」

「これだよ」と宮坂がみんなの前に提示したのは、八代専務が不正に輸出したと思われる鉄鋼製品のリストだった。

「でも、これだけでは八代専務がやったという証拠にはならないんじゃないの?」

伊万里の言うようにそのリストだけは、八代専務がやったという証拠にはならないだろう。

「三谷じゃないが、俺を誰だと思ってるんだ?」

そう言って、宮坂は笑いながら別に持っていた書類を見せる。
そこには、八代専務と鉄鋼事業部長である青田との間のメールのやり取りが全て書かれてあった。
もちろん、不正に横流ししたであろう内容も。
しかし、どうしてこんなものを宮坂が入手できたのか?
普通、目につくようなものは削除するはずなのに…。

「これ、どうしたの?」
「よくこんなものが、残ってましたね」

伊万里も高柳も、どうして宮坂でが入手できたのか不思議だった。

「もちろん、削除されてたよ。でも、自分のパソコン内のメールを全て削除しても、サーバーの方にはログが残ってるんだ。あの年代の人達には、そこまではわからなかったんだろうな?そのおかげで、証拠を掴むことができたんだけどさ」

伊万里の一件では、送信者がバレないように架空にアドレスが登録されていたが、今回のようにお互いのメールのやり取りに関しては、そこまで用心ははしなかったのだろう。
念のため、削除だけはしていたようだが。

「八代専務と青田鉄鋼事業部長のメールのやり取りは、半端な量じゃなかったんでね。すぐにわかったんだよ。だけど、肝心のリストの方にパスワードがかかってて、解読するのに手間取った。間に合ってよかったけどな」
「そうか、じゃあこれで告発できるだろう。高柳さん、申し訳ないんだけど頼むよ」
「わかりました。すぐに手続き致します」
「嶋崎さんのメールの件も、八代専務が捕まればわかると思うんだ。だから、もう少しだけ辛抱して欲しい」
「私はいいのよ。それよりも礼が社長を辞めなくて済んで、本当に良かった」

セルフォンとの業務提携の件も決まり、順風満帆に思われていた三谷貿易も実は内部でこのようなことが行われていたとは…。
それでも、礼が社長を辞めるようなことにならなかっただけ良かったと思うしかない。

「みんなに迷惑をかけて本当に申し訳ないと思ってる。特に伊万里には嫌な思いをさせてしまって、これじゃあ社長失格だな。それに今回の件で、自分が如何に周りに目を向けていなかったかがわかったよ」

社員を信じるあまり、100%正しい人間ばかりではないということ、それを纏めるのが社長の仕事でもあるということをを改めて思い知らされた気がしていた。

「三谷は、よくやっているよ」
「私もそう思うわ」
「なんだよ、宮坂も伊万里も。面と向かって言われると照れるだろう?」

社長になってからというもの、同期の仲間とこんなふうに話すことも少なくなっていたのかもしれない。

「これを機に役員を一掃してはどうでしょうか?現段階で、まだ八代専務の不正を知らない多数の役員は彼の側に付くでしょうし」
「そうだな、高柳さんの言う通りだ。八代専務だけを切っても、ダメだろう。いっそのことお前の好きなように人事を決めたらどうだ?」

他の役員達は、八代専務に全てを押し付けて自分だけは生き残ろうとするに違いない。
そして、手の平を返したように礼に付くに決まっている。

「だったら、宮坂が専務になるか?」
「それは、勘弁してくれ。俺は、今のままで十分だ」
「相変わらず宮坂は、欲がないやつだなあ」

宮坂は、課長職に就いているものの全く出世しようという気がない。
そういうところも礼や伊万里が好感を持てるところではあったが、せっかくのチャンスなのだから受ければいいのにと思う。

「大きなお世話だ。なら、嶋崎さんを副社長にしたらいいんじゃないのか?」
「なんで、私?」
「三谷を監視するのは、嶋崎さんしかいないから」

さっきまでのピリピリした雰囲気とは違い、社長室に笑いが起きる。
―――何それ?!
しかし、宮坂のひと言に伊万里は納得できない様子。

「伊万里になら、毎日でも監視してもらいたいな」
「ちょっとっ!礼までっ」

―――どうして、こういう場所でそういうこと言うのよ…。
その前に、伊万里は礼のことを名前で呼んでいたなんてことを本人は全く気付いていないのだが…。

「そうだ。専務は、高柳さんにお願いしようかな?」
「はい?!私がですか?」
「そう。高柳さんなら、安心して任せられるよ」
「私は、今のままで」
「高柳さんも、宮坂みたいなことを言うんだな」

高柳らしい返事だと思うが、どうしてこうもみんな欲がないのだろうか?

「まぁ、この話はゆっくり考えるとして、とにかく八代専務に気づかれないよう事を進めることだな」
「あぁ」

高柳には水面下で動いてもらい、相手のシナリオ通り臨時取締役会を開催させて、社長解任投票後に地検の特捜部が入るというまるでドラマのような筋書きに思わず3人は、身震いしたくらいだった。
大手企業の不正とあって、マスコミにも騒がれたし、連日社長である礼はその対応に追われた。
セルフォンとの関係がこじれてしまうのではないかとの懸念もあったけれど、礼がしたことではないし、そんなことで変わらないとル・フォール氏は全く気にせず、逆に心配させてしまう程であった。
初めのうちは社内に混乱も見られたが、時が経つに連れてすっかり落ち着きを取り戻し、15人いた役員も反対票に投じた加藤常務他3名を除き11名を新任することで落ち着いた。

「なぁ、伊万里。宮坂が言ってたからじゃないけど、副社長の話、考えてくれないか?」
「えっ、それ本気で言ってるの?」

あの時は冗談だとばかり思っていたが、礼は真剣にそれを考えていたとは…。
―――だけど、副社長って飛躍し過ぎじゃないの?
だいたい、今の事業部長という地位でさえも自分には当てはまらないと思っているのに。

「今回の件で、加藤常務には色々助けてもらっただろう?だから頼んでみたんだけど、伊万里にって言うんだよ」
「加藤常務が、私を?」

加藤常務は、兼ねてから礼を影ながらサポートしてきた良き理解者でもある。
その彼が伊万里を推すのだから、間違いないだろう…。

「俺も1人じゃ無理だって思ってた。今までも伊万里には助けてもらっていたけど、今度からは俺の片腕としてやって欲しいんだ」
「高柳さんや宮坂君は、どうするの?」
「あの二人、意外に頑固でさ。全然聞いてくれないんだよ。だから、役員待遇ってことに無理矢理させた」

無理矢理というところが礼らしいのだが、彼らはともかくとして伊万里には到底荷が重過ぎる。

「セルフォンとのプロジェクトが、うまくいったら考えるということでいいかしら?」
「もちろん。いい返事を待ってるよ」

うまくいったら考えるということは、うまくいったとしてもそれを受けるかどうかはわからないという意味である。
しかし礼は、まるで伊万里の副社長が決まったかのように満面の笑みを浮かべていた。


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