LA GRANDE DAME
Story24


社内でのトラブルが続き、せっかく軌道に乗り始めたセルフォン・プロジェクトが一時中断するという事態に陥っていたが、なんとか落ち着きを取り戻していた頃。
心機一転新たな気持ちで始めようということとすっかり遅くなってしまったが、プロジェクト発足会を行うことにした。

「社長と一緒となると緊張しますね。それにこんなすごいお店、私来たことないですよ。」

事務担当の鎌田が、少し硬い表情で話す。
今夜の発足会の会場となる場所は、みんなでゆっくり話せる方がいいという伊万里の希望で海鮮しゃぶしゃぶで有名な高級店。
本当は幹事を頼まれていた高柳は、礼から『高級な料亭は、やめてくれよ』と言われていたのだが、伊万里がどうせお金は社長持ちなんだからとこの店に決めたのだ。

「あら、社長だからってそんなに意識することないわよ。それにスポンサーは社長だもの、これくらいたいしたことないわ」
「室長と社長は、大学時代からの友人なんですよね?だから、そんなふうに思うんですよ。私達、平社員には恐れ多くて」

3人いる女性の中で1番年上の岡本も追随するように言う。
その後ろで、もう1人の女性である川上も領いている。

「まぁね、もう15年くらいの付き合いだから」

ようやく恋人同士になったばかりなのに改めて思えば、礼と知り合って15年にもなるのだ。
月日の経つのは本当に早いと思う。

礼と高柳は後から来るというので、ここへは伊万里を含む女性4名と男性2名で先に足を運んでいた。
入り口で出迎えてくれた女性の案内で、奥の座敷へ向かう。
伊万里も課長だった頃は、気軽にグループのメンバーと飲みに行くことがあったが、最近はほとんどそういうこともない。
だから若い人達とこうやって話をすることができるのは、とても楽しみだった。

「室長、社長の若い頃はどんな感じだったんですか?」

まだ、礼がここに来ていないことをいいことに高橋が聞いてきた。
彼は、川上と同じ25歳とまだまだ若い。
他のみんなもそれは知りたかったのか、興味津々という顔で身を乗り出すようにして伊万里に注目する。

「そうねぇ、すっごいモテたわね」
「「「「やっぱり」」」」

全員同意見。
礼の家柄と容姿を見れば、これは誰もが納得する話だろう。

「もう、すごかったわよ。学内にファンクラブみたいのがあって、その子達の目が光ってるから迂闊に話し掛けることもできなかったんだから。あとね、ストーカーみたいな子もいたらしいわね」
「うわぁ、それすごいですね」

驚く岡本、彼女は3人いる女性の中で取り纏め的な存在だ。
とにかく人気のあった礼には芸能人並みのファンクラブがあり、リーダー的存在の女の子の目が光っていて誰でも気軽に声を掛けられるような状態ではなかった。
ストーカーのように執拗に追いかける子もいたと聞いている。

「でも、室長は大丈夫だったんですか?」
「そうね、周りから私はそういう対象に思われてなかったんじゃないかしら?」

なぜか伊万里だけは別扱いで、礼と話をしていても誰も何も言わない。
恐らく、対象外だったのではないか?と今となって思う。

「うそ…室長は、もっとモテたんじゃないですか?」
「私?全然」

主任の宮田が言った言葉にみんなは礼の時と同じように同感したのだが、伊万里の言葉に意外?という様子。
今の伊万里を見ればそう思うのが普通かもしれないが、大学生の頃はかなり地味にしていたこともあって、モテるなどという言葉は程遠かった。

「え?信じられないです。私は、てっきり社長と…」

つい勢いで口走ってしまった鎌田は、はっとした顔で口元に手をあてた。

「あはは、それはないわ。なんだろう?彼とはそういう感じじゃなかったもの、あの頃はね」

伊万里の『あの頃はね』というひと言を、みんなは聞き逃さなかった。
確かにあの頃、そういう関係になるとは思ってもみなかった。
でも、今は…。
それをここにいる仲間達は、言わなくてもわかっているのだろう。
そんな話をしているところへ礼と高柳が入って来た。

「みんな、遅くなってすまないね。こういう大事な時に限って、芳川部長が色々言ってくるんだ」

芳川というのは総務部長で、前にも伊万里と約束をしていた時にあーでもない、こーでもないとどうでもいいうことを延々と話してきた。
真面目で仕事をきっちりやるのはいいが、細かいところが難点なのだ。

「いいえ、社長の学生時代のお話を聞いていたので」

社長の裏話などそう聞けるものではない。
今言った岡本だけでなく、若いみんなはもっと伊万里の話を聞きたかったのだが、当人が来てしまえばそれも終わり。

「俺の学生時代?!あっ、伊万里。みんなに何しゃべったんだよ」

ついつい、伊万里と名前で呼んでしまった礼。
『もうっ、礼ったら。みんなの前で伊万里って、呼ばないでよ』と伊万里は心の中で叫ぶも、ここでそれを言うわけにもいかず、平然と装う。
―――だから、会社では名前で呼ばないでって言ってるのに…。

「別にそんな大したことじゃないわよ」
「なんだよ、気になるだろう?」
「それよりみんな集まったのだから、先に会を始めましよう」

何を話されたのか気になる礼だったが、このことは後でたっぷり伊万里に聞くとして、社長らしく挨拶をする。

「セルフォン・プロジェクトも発足して随分経つので、こういう場はもう少し早く儲けるぺきだったのに社内で色々あって、皆さんにはご迷惑をかけました。全て片付きましたので、後はプロジェクトの前進あるのみです。これからが勝負ですので、頑張っていきましよう」

礼の挨拶にみんなの間から拍手が起きる。
彼の言うようにプロジェクトはまだ始まったばかり、これからが勝負なのである。

「高柳さん。乾杯の音頭をお願いします」

各自グラスにビールを注ぐと胸の高さまで持ってくる。

「それでは、せん越ながら乾杯の音頭を取らせて頂きます。プロジェクトの成功を願って、乾杯」

「乾杯〜」とお互いのグラスを合わせると、喉が乾いていたのか高橋など一気に飲み干してしまう。
パリでのジュリアンとのこと、伊万里のメール事件に始まった社内不正事件。
本当に色々あったが、こんな和やかな雰囲気は暫く忘れていたような気がした。
乾杯と共に料理が運ばれてきたが、さすが高級店、カニを筆頭に高級海鮮がずらっと並ぶ。

「みんな、食事をしながらでいいから聞いて欲しいんだ。セルフォン社の方から具体的に製造会社を紹介してもらったので、いよいよ本格的に商品を作る準備に入ろうと思う。そこで、近いうちにここにいるメンバー全員でパリに行くことにしたから。実際に見てみないとわからない部分もあるし、みんなの意見も聞きたいので」
「本当ですか?」

前に伊万里が言っていたが、まさか本当の話だと思っていなかった鎌田は、半信半疑で聞き返す。

「本当だよ。具体的な日程はこれから詰めていくけど、早ければ一カ月後を予定してる。ところでみんなはパスポートは持ってるかな?持ってない人は、早めに取るように」

高橋はパスポートを持っていないらしく、「すぐ取りに行かないと。書類は何が必要なんだ?」そんな会話で盛り上がっていた。
伊万里も礼から製造会社の件は聞いていたが、いよいよ具体的に動き出すのだと思うと心の奥底から湧き上がる何かを感じていた。


メンバーが若いせいか、会は予想以上に盛り上がりをみせて、週末ということもあって3次会まで行く羽目になった。
3件目はカラオケだったのだが、高柳が歌を歌っているのを見るのは初めてだった。
上手いかヘタかはご想像におまかせするとして、やっと二人きりになれた礼と伊万里は、真っ直ぐに彼のマンションへと向かう。

「ここまで付きあわされるとは思ってなかったな」
「そうね、でも高柳さんの歌ってすごく素敵だった。ぴっくりしちゃった」
「そうだな、まぁ俺には敵わないけどな」

この件に関しては、伊万里も何とも言えないが、そういうことにしておきましょう。

「ところで、さっき俺の学生時代の話をしてたって。あれ、何話してたんだよ」

伊万里はすっかり忘れていたが、礼はしっかり覚えていたようだ。

「大したことないって、言ったじゃない」
「気になるだろ?」
「みんなの前で伊万里って名前で呼んだから、教えてあげない」

『あれは…仕方ないだろ?』
礼は、伊万里を背後から抱きしめる。
みんなの前であっても、もう隠したくないというのが礼の本音だった。
だから…。

「いや、ちょっちょっとっ何?」

抱きしめられた後、いきなり体を持ち上げられて、暴れる伊万里。

「そういうこと言うやつは、お仕置きだ」
「何よっ、私は何もしてな…っん…」

二人はダイブするようにベットに沈むと、礼は伊万里にこれ以上何も言わせないという意味を込めてくちびるをふさぐ。

「伊万里が教えてくれないから、いけないんだぞ?今夜は覚悟しろよ」

彼のハートに火をつけてしまった伊万里。
あの時本当は嬉しかった、なんて絶対に言ってあげないんだから。


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