LA GRANDE DAME
Story5


礼の気持ちを受け入れた伊万里だったが、冷静になればなる程、心は落ち着かない。
あの後、礼のマンションに行ったのは自然の流れだったと思うが、あんなにも自分が乱れたのは初めてで…。
思い出しただけでも、体がカーッと熱くなる。
淫乱な女だと嫌われたんじゃないかと思ったが、朝目が覚めた時、今まで見たことがないくらいの優しい笑顔で礼に見つめられていたことでそうではないとわかったが…。
そんな伊万里の心配を他所に礼が朝から迫ってくるものだから、一旦着替えに戻らなくてはならないのに危うく遅刻するところだった。

―――はぁ…。

「嶋崎課長、三谷社長からお電話です」
「え?あっ、はい」

早速、明日のセルフォンとの打ち合わせの件だろう。
伊万里は、気持ちを切り替えて電話に出る。

「おはようございます。お電話代わりました、嶋崎です」
『おはよう伊万里。今から明日の件で詰めたいんだけど、すぐにこっちに来てくれるか』

―――ちょっと、電話だからって伊万里とか名前で呼ばないでよ!
そして、通常なら絶対本人が電話を掛けてくることなんてないのにー。

「はい、わかりました。すみませんが、30分ほどお時間頂けますか?」
『わかったよ、伊万里も忙しい身だからな。でも早く頼むよ、待ってるから』
「はい、わかりました。失礼します」

―――はぁ、何が待ってるからよ。
やり辛いったら、ありゃしないわ。
取り敢えず目の前に迫っている仕事を片付けて、早々に社長室に足を運ぶ。
昨日までとは違う関係に戸惑わないわけじゃないが、なんだか少し荷が重い。

「おはようございます、嶋崎課長。社長は、何かいいことでもあったのでしょうか?今日は、とてもご機嫌ですよ」

社長室の前に来ると必ず伊万里に挨拶をする女性。
いつも決まったように伊万里が礼の様子を聞くものだからそう言っただけなのだろうが、ご機嫌などと言われるとなんだかむずがゆい。

「おはよう」

伊万里はニッコリと微笑みながら、それだけ言うと社長室のドアをノックする。

「嶋崎ですが」

中に入ると礼は既に椅子から立ち上がっていたようで、伊万里の側まで来ると腰に腕を回して自分の方へ抱き寄せた。

「うわぁっ、ちょっと。ここ、どこだと思ってるのっ」
「え?社長室だけど」

「・・・・んっ・・・」

しれっと言う礼だったが、すぐに伊万里の唇を求めてくる。
掠めるとかそんな甘いものじゃなくて、いわゆるフレンチキスというやつだ。
―――やだ、なんなの?
部屋に入るなりの礼のこの行動には、伊万里も度肝を抜かされた。

「嫌っ、やめてよ。誰か来たらどうするの?」
「誰も来ないよ。重要な打ち合わせだから、今日一日伊万里以外の人間は誰も入れないよう言ってあるし」

いたずらっぽく言う礼に呆れて返す言葉もない。
だからって、仮にも会社でこういうことをしないで欲しい。

「もうっ。私は、こんなことをするためにここに来たんじゃないわよ」
「そうだけど、せっかくだし俺こういうのやってみたかったんだ」

せっかくだとかやってみたかったとか子供じゃないんだからと伊万里は思ったが、今までだって何度もこの部屋で二人きりになったことはあった。
いつだって冷静で羽目を外したりしない礼がこんな行動に出るというのは、それだけ抑えていたのだろう。

「礼ったら、今日だけよ。それに明日までには、セルフォンに対するうちの提案を固めておかないと」
「わかってる。これ以上は、俺も抑えられる自信ないし」
「はぁ?何考えてるのよ、礼の馬鹿っ」

礼のことだから本気でしそうなのが、厄介だ。
―――こんなんじゃ、先が思いやられるわ。
という伊万里の思いとは裏腹に礼は、本気でヤバイ状態だった。
勢いで昨日自分の気持ちを告げたが、予想を反して伊万里も自分のことをずっと特別な目で見ていてくれたことを知って抑えることなどできなかった。
危うく彼女を壊してしまうのではないかと思うくらい理性を失ったのも初めてで…。
本当に愛する人と気持ちが通じるというのは、こんなにも幸福なことなのだということを改めて思い知らされた。
そんな彼女が今目の前にいて、会社とはいえ密室に二人っきりなのだ。
嫌って言いつつも今だって自分のことを名前で呼んでくれたり、ちょっとからかうとすぐに真っ赤になる彼女を意識しないっていう方が無理な話というもの。

「だったら早く仕事を切り上げて、二人の熱い夜を過ごそうか」
「さっきから馬鹿なこと言ってないで、仕事しなさいよ。社長でしょ」
「わかってるよ。でも、もうちょっとだけ、このままでいさせて」

礼は、伊万里を確かめるようにもう一度ぎゅっと抱きしめると額に触れるだけのキスをおとしてやっと体を離した。
―――これじゃあ、体がいくつあっても足りないっての。
ちらっと礼に視線を向けると嬉しそうに微笑む彼の顔があった。

伊万里は、すぐに電話で秘書室の女性にパソコンとコーヒーを用意させた。
その際、『社長はまだ目が覚めていないようだから、特別濃いやつをお願い』と言うと約一名隣で煙草を吹かしながらこちらを見ている男がいたが、気付かないふりをする。
何も知らない電話の向こうの女性は、『すぐに用意いたします』と答えて電話を切った。

「俺は、寝ぼけてるわけじゃないぞ」
「あら、そうかしら?私は、てっきりまだ寝てるのかと思ったけど」

嫌味ったらしく、言ってみる。
ここに来る度にあんなことをされては困るという意思表示なのだが、果たして礼はわかってくれているのだろうか?
間もなくして二人の女性が、パソコンとコーヒーをそれぞれ持ってやって来た。

「ありがとう。後は私がやるから、そこに置いておいて」
「すみません、よろしくお願いします」

二人が部屋を出ると伊万里は、コーヒーを持って礼のところへ行く。

「これでも飲んで、目を覚ましなさいよ」
「はいはい」

わざと伊万里の口癖を真似てみる。
それがまた気に食わないのだが…。
用意してもらったパソコンをセットすると伊万里は、早速明日の資料作成に取り掛かった。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.