LA GRANDE DAME
Story6


「うちはセルフォンに協力してもらって、製造はフランスの会社に委託しようと思うんだけど」

伊万里は、セルフォンにプロデュースだけをしてもらい日本で製造販売するのではなく、製造も本国フランスでしてしまった方がいいと考えた。
その方が、よりセルフォン本来の持ち味を引き出せると思ったからだ。

「そうだな、その方が向こうもやり易いだろう。で、反対にセルフォンの方はどうするんだ?」

セルフォンにプロデュースしてもらう代わりにこちらもセルフォンに対してプロデュースしなければならないのだ。

「それは、セルフォンの意向を聞かないと今の時点では決められないと思うの。まず、相手は何を製品化したいのかよね。それによって、どう対応して行くか考える方がいいんじゃない?」
「わかった。うちの方もどんなものを製品化するか意向を伝えなければならないし、それと同時にいくつかうちからもセルフォンに提案してみるか」
「そうね」

礼と伊万里は、今のセルフォン社で出している製品の中から自分達が新ブランドで出したい物。
そして、セルフォン社が製品化したいものということで、いくつかの案を練ることにした。



「礼、お昼どうする?私は、社食に行くけど」
「あぁ、もうそんな時間か。じゃあ、俺も行くよ」
「え、礼も行くの?」
「その言い方、行っちゃいけないみたいだな」

―――だって、社長が社食に行くの?
普通、あり得ないでしょ。

「だって。普通、社長は社食なんかに行かないでしょ」
「そんなことないぞ、入社した頃は行ってたし」
「それは、まだ社長になってない頃の話でしょうが」

礼も入社時は一般の新人と同じように研修を受けていたから、その頃は普通に社食を利用していたのだが、今は違うだろうに。

「そう言えばそうだな。あっ思い出した、あそこのカツ丼、結構美味いんだよ」
「カツ丼って、ねぇ…」

日頃、社長である礼がお昼に何を食べてるのか知らないけど…。
確かに昔からカツ丼好きだったけどね。

「ほら、早く行くぞ」

カツ丼♪〜カツ丼♪〜って…あなたねぇ…。
礼に即されるように社長室を出る。
―――だけど、本当に行くわけ?
社内にいながらも人目にさらされることすら滅多にない人物が、こんな人の多い場所に出てもいいのだろうか?それも私と…。
言い出したら聞かない礼だから、大人しく伊万里は後ろを付いて行った。

「ほら。伊万里が遅いから、並んじゃってるよ」
「ちょっと、ここで伊万里って呼ばないでよっ」

誰が聞いているかわからないのに馴れ馴れしく呼ばないで欲しいわ。

「いいじゃんか別に俺達そういう仲なんだし」

―――そういう仲って、ねぇ…。
何だか気のせいか、礼ったらものすごく大胆になってない?!

「そういう仲って、どういう仲よ」
「それをここで、俺に言わせるわけ?」

「熱い〜夜を二人で過ごした〜、なんてね」と小さな声で耳打ちする。
―――うわっ、恥ずかしいからそういうこと言わないでっ。

「わっ、わかったからっ。でも、あんまりそういうこと言わないでよ。私はタダでさえ、色々言われてるんだからね」
「え?」

礼は、伊万里の一言に表情を一変させた。
色々言われているとは、一体どういうことなのだろうか?

「色々って、何だよ」
「別に何でもない。ほら、早く前行かないと後ろが詰まるわよ」

わざと話題を逸らすように言う伊万里が、益々気になるのだが。

「伊万里、誰かに何か言われてるのか?」
「そんな、大したことじゃないわよ。社長が気にすることじゃないわ」

伊万里は社内でも特に女性の中では、異例の出世を遂げている。
この年齢で課長になったのも全て実力だったのだが、周りはそうは思っていないのが実情だ。
持ち前の明るい性格から、誰からも好かれている反面やはり少なからずやっかみを言う人間もいる。
ただでさえ礼と同じ大学出身で、親しい間柄となれば尚のこといらぬ噂を立てられても仕方がない。

「伊万里、何かあるんだったらどんなに些細なことでも俺に隠さず言って欲しい。絶対、ひとりで悩んだり我慢するな」

礼の優しさが、心に伝わってくる。
だからこそ、余計に迷惑をかけられない。
下手をすると伊万里だけでなく、三谷貿易にまでことが及んでしまうかもしれないのだから。

「わかってます。社長」

いつものように笑顔で返すと礼も幾分安心したようだが、事態は今後思わぬ方向へ行くとはこの時思ってもみなかった。


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