―――課長と一緒にいた綺麗な女性は、やっぱり彼女なのかな?
あの場はお互い会釈をするだけでそれ以上のことはなかったから、結局のところ真相はわからないまま。
腕を絡ませていたあたり、単なる知り合いとかいう関係ではないだろう。
そのことがショックじゃなかったと言えば嘘になるけれど、所詮憧れるだけの立場だと再認識しただけのこと。
それでも、携帯の着うたが自分と同じ吉原 大和の“未来を抱きしめて”だったことが、ちょっぴり嬉しかったりもして。
課長も大和君のファンなのかな?
ちょっと意外な気もしないでもないが、好みが一緒というのは嬉しい。
あっ、でも彼女の好みだったりしたら、ガッカリだけど…。
夜遅くまでそんなことを考えていたせいか、珍しく寝坊していつもの電車に乗り遅れた、らら。
無意識のうちに課長の姿を探して、そこに彼が居ないことに安堵しているのも確かだった。
「おはよう。いつも早い、ららがこんな時間なんて珍しい」
「こぶたちゃん、おはよう。ちょっと寝坊しちゃって」
先に来ているはずのららが出社していなかったので休みかとこぶたちゃんは思ったが、彼女の口から寝坊したと聞いて、果たして何かあったのかと。
それより、目ざとくこぶたちゃんの視線は彼女の耳元に。
「あら?おニューのピアス。可愛い」
「ありがとう。これね、竜ちゃんに買ってもらったの」
「いいなぁ。優しくって」
「そうかな」
ピアスまで買ってくれる優しいお兄ちゃんで羨ましい限りだと、こぶたちゃんは思う。
「ホテルのディナーにも、ありつけたんでしょ?」
「まぁね」
兄妹でホテルのディナーもイマイチ雰囲気はでなかったけれど、最近ではめっきり味わうこともなかったし、久し振りにおしゃれして、それはそれで楽しかった。
最後まで課長のことを疑っていた兄に理解させるのは大変だったけれど…。
そんな二人の会話をそれこそ、耳をダンボにして聞いていた白桐。
…なに?ホテルのディナーだって?
その後は。
恋人同士なら当然の流れのはず。
だけど、今はどうしても考えたくなかった。
+++
「白桐課長、年明けまで海外出張だって?羨ましい」
「あっ、でも、ららは寂しいわね」と早速、情報を嗅ぎつけてきたこぶたちゃんもコピーをしに来たのだろう、周りをちらっと確認しながら先にコピー機の前にいた、ららに話し掛ける。
「私は。でも、クリスマスもお正月も彼女と一緒に過ごせないとなると、ちょっとかわいそうかも」
「えっ、課長って、彼女いるんだ」
「そりゃ、いない方がおかしいけど」と妙に納得しているこぶたちゃん。
たまたま、女性と一緒に居る所を見掛けただけで、彼女なのかどうかはわからない。
あれから、仕事も忙しくなってしまったこともあって、朝も会わなかったし、プライベートな会話もしていなかったから。
「らら、何で知ってるわけ?」
「え?そっ、そうかなって思っただけよ」
危うく、兄と義姉のクリスマスプレゼントを買いに行った時にバッタリ会ったことを言いそうになったが、ここで話せば課長の耳にも届いてしまうかもしれない。
他の人だったらそこまで気にせず、こぶたちゃんに話してしまうだろうが、今回だけはそっと胸の内にしまっておきたかった。
「忘年会も出られないみたいだし、大変よね御曹司は」
「確かに」とコピーを終えたららは、こぶたちゃんに譲ると先に席に戻る。
当分、課長の顔が見られないと思うと、こぶたちゃんの言った『ららは寂しいわね』という言葉が妙にリアルに感じられて小さく溜め息を吐いた。
それから、すぐに白桐は慌しくニューヨークへと飛び立って行った。
『Merry Christmas!! 今夜はクリスマス・イヴなんだから、残業しないで早く帰るように。こっちはクリスマス休暇に入って、一人ホテルで過ごすのはつまらないよ』
毎朝、課長からのメールを開くのが、ららの日課となっていた。
今までは間接的にしか彼と仕事を共にしたことがなかったけれど、この出張での中継役にららが選ばれたのは正直驚いたが、日頃の仕事ぶりを評価されたことも嬉しかったし、何よりもこのメールを見るのが楽しみだった。
初めは要件だけを書いたメールだったが最近では少し砕けた文章も、ものすごく遠くに居るはずなのにすぐ近くに居るように錯覚してしまう。
「こんばんは、お疲れ様です。そちらは、お休みなんですね。私は仕事をしている方がいいです。早く帰っても、クリスマスを過ごしてくれる相手は居ませんから―――」
今年も残念ながら、クリスマスを一緒に過ごしてくれる男性は見つからなかった。
なのにちっとも悲しくも寂しくもないのは、こうして課長にMerry Christmas!!って言ってもらえたからだろうか。
『彼は?ほら、この前デパートで一緒だった―――』
―――彼?デパート?って…えぇっ、竜ちゃんのこと?!
まさかっ…。
今頃になって、『電話の会話を聞いていたここにいる男どもは、全員ららの彼氏だと思ったわね』と言っていたこぶたちゃんの言葉を思い出す。
課長は、お兄ちゃんを彼氏だって思ってたの?
ららは、すぐにメールを返信する。
「あれは、兄です。義姉のクリスマスプレゼントを選ぶのに付き合わされて―――」
…何?お兄さんだと?!
竜ちゃんってのは、彼氏じゃなかったのか。
ニューヨークはすっかりクリスマス休暇に入ってしまったが、行ったり来たりすると旅費がかさむという理由で白桐はそのまま滞在することにしていたのだ。
この時代、ネットという便利なものがあるおかげでニューヨークに居ても十分仕事もできたし、こうやって普段できない話までメールでできるのだから。
『竜ちゃんって、君のお兄さんだったのか?』
――やっぱり…。
「そうですよ。似てませんでした?」
…そう言われてみれば。
男というだけで彼氏だと思い込んだが、あまり兄妹って浮かんでこないからな。
ということは、もしかして響子のことも変なふうに思ったりしていないだろうなぁ。
あの時、白桐と一緒にいたのは蒼都 響子(あおと きょうこ)と言って、念のために説明しておくが彼女でも何でもない。
母方の伯母の娘で、昔っから女王様だった彼女に白桐は頭が上がらないのだ。
『言われてみれば…。あの日、隣にいた女性も僕に似てなかったかな?』
―――えっ。
ってことは、あの女性は課長の彼女じゃないの?!
妹さん?それとも、お姉さん?どっちかしら…。
「妹さんですか?」
『いや、あれでも2歳年上の従姉妹なんだよ』
「そうなんですか。てっきり、彼女さんだと思いました」
『やっぱり…。僕には彼女はいないし、誤解が解けて良かったよ。小さい頃から、いいように扱われててさ。君と同じで、彼氏のクリスマスプレゼントの買い物に付き合わされたんだ。こんなこと、みんなに言わないでくれよ?恥ずかしいから』
―――いいように扱われてって…。
課長は、従姉妹さんには弱いのね。
秘密、知っちゃったかも。
彼女じゃなかったことが、こんなにも嬉しく思えるなんて。
「はい。課長と私の秘密です」
…秘密か。
ふっと微笑むと彼女に男がいないとわかった以上、すっ飛んで行って捕まえたい衝動に駆られた。
そのためには、早く仕事を切り上げなければ。
ヨッシャと気合を入れる白桐だった。
お名前提供:蒼都 響子(Kyouko Aoto) … こちらのお名前を考えて下さった方、是非ご一報よろしくお願いします。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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