be yourself
2


お風呂を済ませ部屋でのんびりくつろいでいるところに藍の携帯が鳴った。
ディスプレイには“笠原”の文字。

「もしもし」
『あっ、神谷さん?笠原だけど、いま少し話してもいいか?』

笠原とは部署が違うから、あの日お互いの携帯番号を交換して、電話で連絡を取ることにしていたのだった。

「うん、平気」
『週末のキャンプの件なんだけど、忘れちゃったかな?』
「ちゃんと覚えてるわよ。私って、信用ないのね」

ワザと拗ねたような言い方をしてみる。
電話の向こうで少し慌てた笠原を感じて、声に出さないようにして笑う。

『ごめん、そうじゃないんだけど、神谷さんが本当に来てくれるのか心配になっちゃってさ』
「え?約束したでしょ?」
『そうだけどさ。でも、やっぱり神谷さんが俺なんかと一緒に行ってくれるなんて信じられないから』
「何、言ってるの?誘っておいて今更」
『あぁ、そうだよな』

笠原はまだ内心、藍が自分などと一緒にキャンプに行ってくれることが信じられなくて、ついこんなふうに言ってしまったのだが、藍のきっぱりした返事がやはり嬉しかった。

『それで時間なんだけど、10時くらいに神谷さんの家に迎えに行くから、着いたら電話するよ』
「うんわかった。それと何か用意するものとかある?」
『そうだな〜道具はほとんど持ってるし、お酒とか食材は近くにスーパーがあるからそこで買えばいいし、だから神谷さんが持ってくる物は自分の身の回りのものとそうそう朝晩は冷えるから長袖のものを用意した方がいいよ、あとは動きやすい服装と滑りにくい靴くらいかな』
「ほんとに私、何も持たなくていいの?」
『いいよ、神谷さんは身1つで来てくれさえすればさ。夜はすごく星が綺麗だし、それとこの時期は蛍も見られるんだ、だから楽しみにしていてよ』
「蛍?私見たことないの。すっごく見たい、楽しみっ」

笠原の蛍というひと言に藍の声は一層明るくなった。

『じゃあ、楽しみにしていて』
「うん」
『それじゃあ、おやすみ』
「おやすみ」

電話を切ってもまだ笠原の声が耳に残っている。
笠原の『おやすみ』というひと言で胸がドキドキした。
───この気持ちは一体、何なのかしら?
藍はその思いがなんなのかわからないまま、ただ携帯を握り締めていた。



土曜日は10時に笠原が迎えに来ると言っていたので、それほど早く起きることもなかったのだが、なぜか会社に行くより早く目が覚めてしまった。
───これじゃあ、まるで子供の頃の遠足の朝みたいじゃない。
そんな自分に呆れつつも二度寝する気にもなれず、藍はそのまま起きて準備をした。
そして10時少し前、そろそろかなと思っているとテーブルの上に置いてあった携帯が鳴り出した。

「もしもし」
『笠原だけど、神谷さんおはよう。今、家の前に着いたところなんだけど、もう出られるかな?』
「おはよう。もう準備できてるから、すぐ出るわね」

藍は電話を切り、戸締りを確認してすぐに部屋を出るとマンションのエントランスの先にはダイヤモンドシルバーのX-TRAILが停まっていた。
藍の姿を見つけると車から笠原が降りて来た。

「え?」

藍は一瞬、立ち止まった。
いつもと変わらない笠原のはずなのに、何か違って見えるのはなせだろうか?

「おはよう、神谷さん。ん?どうかした?」

その場に立ったまま動かない藍を不信に思った笠原が首を傾げて声を掛ける。

「あっ、おっおはよう」
「どうしたの?もしかして、体調悪い?」
「そっ、そんなことないわよ」

気持ちを悟られないように慌てて誤魔化したけれど、声が上ずっている。
冗談でも、笠原がカッコ良く見えたなんて言えなかった。
彼は服装も一般的なTシャツにジーンズという至ってラフなスタイルだったが、元々長身でスラッとしていたけれど、これほどまでに均整の取れた身体だったとは思わなかった。
そう、目の前にいる笠原はまるで別人のように見えるが、でも声は間違いなく彼のものだから本人なのだろうけど…。
それにしても、どうしてこんなにも違って見えるのだろう?

「本当に神谷さん、大丈夫?」

いつものように顔を覗き込むように見られて藍は思わず仰け反ったが、そんな藍にお構いなしで笠原は額に手を触れた。

「ひぇっ、何?」
「熱は、ないみたいだね。神谷さん、顔が赤いから熱でもあるんじゃないかって思ったんだけど」

───そんな、至近距離で見つめないでよ。余計、赤くなるじゃない。
顔が赤いのは、笠原を見てドキドキしてるからだとは言えるはずもなく…。
それといつもと決定的に違う理由は、そう今日の笠原はトレードマークとも言える分厚い眼鏡を掛けていなかった。
眼鏡を取った顔は初めて見たけれど、意外にパッチリした二重に可愛らしいクリッとした瞳。
相変わらず髪はボサボサだったが、それも今は自然に見えたりして…。

「神谷さん、荷物はそれだけ?」

笠原は、藍が手に持っているバックを取って車の後ろに回るとバックドアを開けて荷物を入れた。
そこには大きな荷物、あれはテントだろうか?と長いケース、多分釣りの道具が入っているのだろう、そういうものが既に一杯に納まっていた。
そして、助手席のドアを開けると藍が乗るのを確認して閉める。
運転席に笠原が乗り込むと、ゆっくり車が滑るように走り出した。

「さっきから、神谷さんどうしたの?俺、そんなに見つめられたらマジでヤバイんだけど」

これは、笠原の本音だった。
隣に座っている藍は、少し潤んだ目でじっと笠原を見つめている。
───可愛い彼女にそんなふうに見つめられて、普通にしていられる男がいる方がおかしいだろう。マジでやばかったぞ。

「あっ、ごめん。だって…」

藍は俯いたまま、それ以上言葉を続けることができなかった。
今日の笠原はものすごくカッコいいというか、本当は元からそうだったのをわざとダサく見せていたのかもしれないと思うほど魅力的な男に藍には映って見えた。

「だって、何?」

いつもの笑顔で聞いてくる。

「笠原、眼鏡はどうしたの?」

ちらっと隣の笠原に視線を向けて眼鏡を外したことがない笠原がなぜ、今日はしていないのか気になっていた藍は話題を逸らせる意味も込めてそれとなく聞いてみる。

「あぁ、今日はコンタクトなんだ。泊まりの時はだいたいそうだな、眼鏡だといちいち外すの面倒だから」
「いつも、そうすればいいのに」
「まぁ、そうなんだけどさ。会社は逆に眼鏡の方が楽かな。何?眼鏡取ったら俺って、いい男に見えたりするわけ?」
「うん、見える」

笠原が冗談交じりで言ったつもりだったが、藍は俯いてそう答えていた。

「どうした?神谷さん、今日はやけに素直だなぁ」

いつのも藍だったら、「何、馬鹿なこと言ってるの?そんなわけないでしょっ」って言い返すはずなのに今はなぜか言えなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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