be yourself
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結局、笠原と仁と一哉、藍の4人で人数分のヤマメを確保することができ、その内2匹ずつ釣ったのは笠原と藍だった。
藍はいわゆるビギナーズラックというやつだと思ったけれど、笠原は初心者にしては筋がいいと褒めてくれた。

「そろそろ買い出しに行くけど、藍ちゃんも行く?」
「はい」

百合と真由子に誘われ、一哉の運転で藍は夕食のバーベキューの食材を調達しに近くのスーパーへ買い出しに行くことにした。

「あっ、スイカ」

百合と果物の並んでいるコーナーを回っている時にふと目にしたスイカの前で藍は足を止めた。

「藍ちゃん、スイカ好きなの?」
「はい。大好きです」
「じゃあ、川で冷やして食べよっか」

百合は、あまりに無邪気な藍が可愛くて仕方がなかった。
雑誌で見た藍は、もちろんとても可愛かったけれど、モデルというのはやはり自分に自信があって高飛車な女の子だとばかり思っていたのだ。
ところが目の前に居るあれからだいぶ大人になったはずの女性は、屈託のない笑顔を振りまく本当に素直で可愛い女性。
笠原と百合は、ここ一年ほどの付き合いだったけれど、今まで女性を一緒に連れて来たのは藍が初めて。
彼は背も高いし、そこそこいい男の素質は十分に持っていると思うのだが、なぜ彼女を作らないのか不思議だった。
それは外見だけではない、彼の本当のいいところをわかってあげられる相手がいなかったからなのだと藍を見て初めてわかったような気がした。

ディナーはメインディッシュの“ヤマメ”をはじめ、とうもろこしや肉などが並び、『あれってアメリカじゃあ男の役目だろう?だから、神谷さんは何もしなくてもいいんだよ』の笠原の言葉通り、男性陣がここぞとばかりに腕を発揮。
ワイルドな雰囲気に日頃の倍?くらいカッコ良く見えたりして。
自然の中で過ごす時間は、都会での分刻みの慌しさをほんの一瞬、忘れさせてくれた。


「神谷さん。そろそろ、蛍見に行こうか」
「あっ、行く行くぅ」

今回のキャンプで藍が一番楽しみにしていたのは、この蛍見物だったのだ。
笠原と藍は、少し離れた河原の茂みに向かう。
さすがに電灯なんか点いていないから、懐中電灯の灯りだけ、他は真っ暗で何も見えない。

「神谷さん、暗いし危ないからちょっとの間だけ手を繋ぐけど、我慢して」

笠原の大きくて温かい手が藍の手を包む。
こうして手を繋ぐなんて何年振りだろう?多分、高校生の時に付き合っていた彼氏以来かもしれない。
藍は少し恥ずかしかったけれど、暗いおかげでどうにか意識せずに済んだ。
ゴツゴツした石の上を歩いて行くと少し広い場所に出る。

「神谷さん。ほら、あれが蛍だよ」

懐中電灯の灯りを弱くして、顔を近付けてきた笠原の指差す方を見ると緑色に光るものが見えた。

「あれが蛍?うわぁ、綺麗」

暗闇の中に無数の小さな灯りが動いているのが見える。
「あっちにも。あっ、こっちにも」まるで子供のように興奮している藍だったけれど、そんな彼女に笠原は優しく語りかけてくれた。

「雄の蛍が雌の蛍に一生懸命光ってアピールするだろう?それに答えるように雌が光って返事を返した雄とだけ交尾するんだ」
「そうなの?」
「そう、だから雄も必死だよな」
「じゃあ、相手を見つけられなかったらどうするの?」
「仕方なく今日は諦めて明日に賭けるかな。でも、俺が蛍だったらいつまで経っても相手を見つけられないかもしれないな」
「ウフフ、大丈夫。心配しなくても、ちゃんと私が笠原を見つけて返事を返してあげるから」
「え?」

言った言葉に他意はなかったけれど、笠原の視線が固まった。
握られている手がジンジンと熱を帯びていて、熱い。

「笠原?」

暗くて笠原の顔はよく見えないけれど、柔らかいものがほんの一瞬だけ唇に触れたのがわかったが…そして、それはすぐに離れると微かに「ごめん」という声が耳元で囁くように聞こえた。
それが笠原の唇だと理解したのは蛍が交尾を終えて、それぞれのねぐらに帰って行った後だった。
空を見上げれば、さっきの蛍と同じような輝きを放つ星々。

「笠原、上見て?すご〜い。私、こんなたくさんの星って初めて見た」

小さい頃に育ったロンドンの街は曇りの日が多く、星を見ることすらままならなかった。
東京に戻ってからもこんなふうに見えることはなかったし、ここまで落ちてきそうな星空は初めてだ。

「神谷さんは、ずっと東京育ち?」
「中学まではロンドンで、その後は東京」
「そっか、ずっと都会暮らしだったんだ。俺の育った街はここまですごくなかったけど、同じくらい見えてたからな」
「笠原の育った街って、どこ?」
「うん、長野県の松本ってわかる?そこから少し行ったところなんだけど、後ろには山と前には川があってすごくいいところなんだ」
「いいな。私も行ってみたいな、笠原の育った場所に」
「いいよ。今度、連れて行ってあげる」
「ほんと?約束だからね」

藍は繋いでいた笠原の手を持ち上げると、小指と小指を絡ませた。


笠原と藍がコテージに戻ると外でみんなが花火をしているのが見えた。

「藍ちゃん、笠原君とどこに行っていたの?」

「いつの間にか、二人で消えちゃって」百合が戻って来た笠原と藍を見つけたが、繋いでいた手を急いで離したのを見逃さなかった。

「蛍を見て来たんですよ」
「蛍?」

『笠原君ったら、私達も誘ってくれればいいのに』百合は喉元まで出掛けたが、ロマンチックに二人っきりで見たかった彼の気持ちを思えば、それも仕方がないのかもしれない。
自分の彼氏は酔っ払って、ロマンチックどころじゃないし。

「え〜藍ちゃん、蛍見に行っちゃったの?私も見たかっ───」
「ほら、真由子。冷やしっぱなしにしてたスイカ、食べよ」

「藍ちゃん、ちょっと待っててね」真由子の言葉を遮るように「ほらほら」と百合は彼女の背中を押した。

「ちょっと、何よぉ」
「邪魔しちゃダメでしょ。せっかく、二人っきりで蛍見物してたんだから」
「だってぇ」

「見たかったんだもん」口を尖らせる真由子だったが、ちらっと後ろを振り返るとお互いしか見えていない藍と笠原の姿が。
いつだってクールに装っていた彼が、あんなふうに熱く一人の女性を見つめる姿を誰が想像しただろう。

「なんか、いい感じ」
「妬けちゃうわ」
「ほんとほんと」

百合と真由子は、羨ましい限りだった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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