男性陣はテントを張ってそこでサバイバルな一夜を明かすこととなるが、女性陣はというと設備の整ったコテージへ。
やはり男同士、女同士が集まれば、話す話題は一つだけ。
「ねぇ。藍ちゃんはもちろん、笠原君のこと好きなんでしょ?」
「っていうか、付き合ってるのよねぇ二人は」リビングの付いたダイニングキッチンと和室が一つ、ロフトが付いたコテージに入るや否や真由子はナチュラルなウッド製のソファーに座るなり聞きたくてうずうずしていた言葉が口から溢れ出した。
「えぇっ?私はっていうか、笠原もそんなんじゃ」
「うっそぉ〜そうなの?」
「そうですよ」
間髪入れずに藍がキッパリ言い返す。
カップル同士の参加するキャンプに笠原と二人だけで来ればそう思われても仕方がないのかもしれないが、単に同期入社で普通より仲が良いというだけ。
お互い特別な感情を抱いたことは…。
ないはずだったのにさっきの一瞬触れるだけのキスを思い出し、胸の奥がカーっと熱くなってわけもなく顔が火照る。
自慢じゃないが誰よりも恋愛経験豊富な自分が、たかがキスで、それもあんなキスとも呼べないようなキスで動揺するなんて。
慌てて気付かれないように平静を装ったが、鋭い百合には気付かれてしまったかもしれない。
「だってすごく仲がいいし、いい雰囲気だったしねぇ」
「本当にそんなことないですって」
「コーヒー入れますね」藍は話題を逸らすために目の前にあったコーヒーメーカーに助けを求める。
このコテージは何でも揃っているようで、カップや食器以外にも鍋やフライパン、電子レンジに炊飯器まで全ての器具が用意されていた。
棚には挽いたコーヒー豆も紅茶もあって、藍はコーヒーを入れることだけに神経を集中させた。
でないと、またボロが出てしまいそうだから。
「じゃあ、藍ちゃんは笠原君のこと嫌い?」冷蔵庫を開けた百合は、何気ない素振りでミネラルウォーターを取り出すとグラスに注ぐ。
真由子でなくても、二人の間に見えない感情が芽生えていることはわかる。
「嫌いなんてことは…でも私、人を好きになるとかそういうのがよくわからないんです」
「どういうこと?」
「いつも相手から付き合おうって言われて、嫌じゃなかったから付き合うって言うかそんな感じだったから、でも本気で人を好きにはなれなかったんです」
「だって、私の外見ばかりしか見ていないから」
いつだってそうだった、藍の外見ばかりに夢中になって、心から愛してくれる人など一人もいなかったのだから。
それが、今になってこんなにも虚しいことだと実感するなんて。
「でも…笠原は違うんです。私が考えていることは全部わかっちゃうし、隠し事ができないっていうか、肩肘張らなくていつでも素直に自分を出せる。笠原は自分のことより人の心配ばっかりして、これでもかってくらい優しいし。なんか、今まではただの同期とかしか思ってなかったのに一緒に居ると胸が苦しくなってドキドキして、いっつも目で追ってる気がするんです」
「藍ちゃん、それって…」
真由子と百合は、同時に言葉を発して顔を見合わせる。
なんということだろう、自ら好きだと自白していることに気付いていないとは…。
「それが、人を好きになるってことなのよ?藍ちゃんは笠原君のこと、もう好きになってるじゃない」
顔がニヤニヤしてしまうのを必死で抑えている百合。
あぁ、この場に笠原がいないのが残念で仕方がない。
「えっ、私が笠原を好き?」
「そう。それと笠原君も藍ちゃんのこと好きだと思う。だって笠原君、付き合ってる子がいても絶対キャンプに連れて来なかったのは多分、自分のテリトリーまで入れてもいいと思えるほどの相手ではなかったからじゃないかしら。それに彼の性格からいっても、嫌いな子に対してあんなふうに手を繋いだりしないと思うから」
「私もそう思う。笠原君は絶対、藍ちゃんが好きよ」
「え?手を繋いでたって?どこで、どこでっ」どこでそんなベストショットを百合が見たのかと問い詰める真由子、それより藍はあの場を見られていたことに恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたいくらいだった。
───だけど、笠原が私を好き?
そうだったら、どんなにいいだろう。
そして、自分も笠原を好きに。
+++
「神谷さん、元気ないみたいだけどどうしたの?キャンプ楽しくなかった?」
帰りの道中、車を運転しながら相変わらず優しい声で語りかけるように話す笠原。
キャンプが楽しくないわけがない、百合と真由子という親しい友人もできたし、藍が元気がないように見えるとしたら、それは笠原とこのまま別れてしまうのが寂しかったからだ。
別に笠原とは恋人でもなんでもない単なる同期入社で同僚というだけ、ひょんなことから藍が恋人との別れ話に巻き込んで、たまたま誘ってもらってキャンプに参加しただけなのだから。
自分の笠原への気持ちがわかってしまった今、このまま今まで通りの二人に戻るのが辛かった。
「ううん、すごく楽しかったわよ」
「じゃあ、どうしたの。少し疲れた?」
藍は、ただ首を左右に振るだけだった。
そして、俯いたまま黙り込んでしまった藍を笠原は心配して車を路肩に停めた。
「神谷さん?」
「私ね、すごく楽しかった。笠原と釣りして、みんなでバーベキューして、綺麗な星空にそして蛍見て」
すごく楽しかった…。
もっと笠原と一緒にいたい、もっと話したい知りたいそう思っていてもその先は言葉に出して言うことができなかった。
このまま家に帰れば、このさきもう二度と笠原とこんなふうに出掛けたり話したりすることもないかもしれない。
そう思ったら、すごく胸が痛かった。
「俺もすごく楽しかった。短い時間だったけど、神谷さんと一緒に過ごせて、すごく楽しかったよ」
「笠原───」
見上げれば、そこにはいつもの優しい笑顔で微笑む笠原の顔があった。
「また、行こう。それから、俺の育った町にも。約束だろう?あっ、そうそう。その前に行きつけの居酒屋もだったな」
まだまだ、二人の予定はてんこ盛り。
「うん、そうよ。ちゃんと忘れないで連れて行ってね?」
「任せて」
笠原は藍の気持ちなんて全部お見通しって感じで次の約束をしてくれた。
藍はまた彼に会えると思っただけで、胸の中が熱くなるのを感じていた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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