「なら、俺のこと迷惑じゃない?」
笠原の誘いに藍が断らないことをいいことに調子に乗ったツケが回ってきたのだと思った。
彼女の隣にいても相応しい男とは到底思えない自分が、自惚れないでと遠回しに言われているような気がして。
「迷惑なんかじゃないわよ」
「本当?」
「ほんと」
藍が笑顔で返すとやっと心底ホッとしたのか、笠原は両手を後ろについて身体を反らせると顔を上に向けてフーッと大きく息を吐いた。
「良かった。俺、調子に乗って誘ったりして。神谷さんは優しいから我慢してたのかなって。嫌われちゃったんじゃないかって思って、さっきは滅茶苦茶ショックだったよ」
「私だって、そうよ?笠原に彼女ができたんじゃないかって聞いて、すごいショックだったんだからね」
口を尖らせながら何気なく藍が言った言葉だったけれど、笠原はそれを聞いてじっと藍の顔を見つめていた。
「俺、今すごい告白を聞いた気がするんだけど」
「へ?」
自分で言っておきながらまったく気付かなかった藍は、一気に顔を赤らめた。
「えっと、あの、そういう意味とかじゃなくてね…」
「えっ…違うのか?」
今度こそ頂点に登り詰めたと思った途端、一気に転げ落ちたようにがっくり肩を落とした笠原が、なんだかとても愛しく見えた。
今ここで、はっきり『好きだ』と藍の気持ちを言ったなら、果たして笠原は受け入れてくれるだろうか?
「ねぇ、笠原」
「うん?」
「私ね、好きなの笠原が」
「そう」
笠原の何気ない返事に藍は、やはり言ってはいけないことを言ってしまったのではないかと後悔の念にかられたが…。
「…って、えぇっ?今、なんて…」
「だからっ、笠原が好きって言ったの!!」
銅像のようにすっかり固まってしまった笠原を前に藍はどうしていいかわからず、投げやりな言い方で言葉を繋ぐしかなかった。
言わなきゃ何も始まらないが、言ったら言ったで、そこで終わってしまうかもしれないのだ。
───あぁ、戻せるものなら時計の針をあと1分でいいから、神様、元の位置に戻して。
「あぁ、ごめんね変なこと言っちゃって。今の忘れていいから。ほら、もうこんな時間だし私、帰るね」
気まずいったら、ありゃしない。
これが酔っていたならまだ誤魔化しもきくが、言ってしまった言葉を彼の記憶から消し去ることは恐らくできないだろう。
だったら、潔く去るしかないわけで。
藍が立ち上がろうとしたところを勢いよく笠原に腕を掴まれ、その拍子にバランスを崩して不覚にも彼の胸に倒れこんでしまった。
すぐに反射的に離れようとしたけれど、かなり強い力で抱きしめられてそれすらできない。
「神谷さん、今、言ったこと本当?俺のことが好きって」
「えっ」
本当だけど、面と向かって聞かれると言いにくいじゃない。
沈黙の時間が長くなればなるほど、笠原にとっては聞き間違いだったのではないかという不安が募る。
「うん。好き」
言ってしまえば、何てことはない。
泉のように湧き出る想いに藍は笠原の胸に顔を埋めたままで答えた。
男の人の胸が、こんなにも広くて温かいものだなんて。
「俺も、神谷さんが好きだよ」
かなり強く抱きしめられていて、よく笠原の顔は良く見えない。
───今、笠原に好きって言われたような気がするけど…。
「俺も神谷さんが好き。初めて会った時から、ずっとずっと好きだった」
ゆっくりと抱きしめられていた腕が緩められて顔を上げると至近距離に笠原の顔があって、急に体の奥がカーッと熱くなってくる。
笠原に好きだと言ってもらえたことはすごく嬉しかったけれど、初めて会った時からずっと藍のことを好きだったなんて…。
「笠原…」
「神谷さん、目瞑って」
言われた通りに目を瞑ると唇に温かくて柔らかいものが触れた。
初めはそっと触れるだけの、そして何度も何度も角度を変えて繰り返され深くなる口づけに藍は今にも溶けてなくなってしまいそうなくらいだった。
今まで男女の愛を交わすために何度もしてきた行為だったけれど、こんなにも心地いいキスは生まれて初めてだ。
名残惜しい気持ちを抑えて唇を離すと、笠原は藍をぎゅっと抱きしめた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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