結果、清水の力添えのおかげで、なんとか事なきを得ることができた。
そして、さすがというしかないが清水は、自分の立場を悪くするどころか逆に株を上げてしまうという結果になった。
「永峰さん。今、調達部の篠島さんから連絡があって、納期は間に合うそうです」
「ほんと!」
「はいっ」と元気に答える裕紀に憂もホッと胸を撫で下ろす。
さすが篠島だわとこの時、清水の協力があったことを知らない憂は、さっきの自分の暴言を思い出して胸が痛む。
―――あたしったら、あんなひどいこと言っちゃって…。
いくら篠島のミスだからといって、やはりあんなふうに言うべきではなかった。
それにこんなことで篠島への想いが変わったわけではないし、このままではより悪い方向へ行ってしまうような気がしてきちんと謝ろうと篠島のところへ行くことにした。
「篠島。忙しいところ悪いんだけど、ちょっといい?」
「あぁ」
二人は、通路の隅の誰もいないところへと出る。
「納期、間に合うんだってね。ごめんね、さっきはあんなひどいこと言って」
「永峰が言ったことは当然のことで、謝るのは俺の方だから。こっちこそ、ごめんな迷惑かけて」
憂がさっき言ったことは当然のことであって、篠島はそれをどうこう思ってはいなかった。
それよりも、こんなふうに自分の言ったことを責めてしまわないかという方が気がかりだったのだ。
「ううん、でもさすが篠島ね」
課長からは、手を貸したことを憂には言わないよう言われていたのが、篠島には少し後ろめたい気もしないでもなかった。
そして、どうして課長は自分を助けるようなことをしたのかもよくわからない。
「ほんと、ごめんな」
篠島は、曖昧に返事を返すと憂と別れて自分の職場へと戻って行った。
◇
憂と別れた後、きちんと清水に礼を言わなければと篠島は、情報技術部に足を運んでいた。
「清水課長、さっきは本当にありがとうございました」
「そんな大袈裟に取らないで欲しいんだけど、俺は自分ができる範囲のことをしただけだから」
簡単に言う清水だったが、面識も何もない篠島に万が一のことを思えば普通の人間ならとてもできることではない。
なのにも関わらず自慢するでもなく、さらりと話す清水に噂に聞いていたものとはまるで違うことに戸惑いさえ覚えるくらいだった。
「そうだ。篠島君、今夜時間あるか?」
「はぁ…」
「だったら、飲みに行かないか?」
いきなり清水に飲みに行かないかと言われて、篠島はなんと返していいかわからない。
だが、憂のこともあるし、いい機会かもしれないと誘いを受けることにした。
+++
清水は名古屋から戻って来たばかりでいい店を知らないと言うので、篠島の行きつけの店に行くことにした。
そこは浩介と来ることもあるが、たまに1人でもぶらっと立ち寄ることがあるダイニングバー。
「さすが篠島君は、おしゃれな店を知っているね」
「いえ、そんなことも…」
年齢はあまり変わらないが、部署が違うとは言っても相手は課長である。
男の場合はどうもこう身構えてしまうようなところがあるのか、篠島も例外ではなくどことなくぎこちない。
「篠島君、今日は仕事で来てるんじゃないんだから、そんなに固くならなくても。それとも、永峰さんとのことが気になるのかな?」
「え?」
清水は、全てお見通しというような口調で言うと注文を取りに来た店員にビールと適当な料理を頼む。
篠島は、そんな清水に返す言葉が見つからない。
「今日のことは忘れて、飲もう」
暫くして運ばれて来たビールのグラスを合わせると清水は、豪快に半分ほど飲み干したのに対して篠島は、ほんのちょっと口にしただけだった。
「あの…課長はどうして、俺を助けてくれたんですか?」
どうしても篠島には、このことが引っかかっていた。
なぜ、部署も違う特に面識もない自分を助けたのか?
「なんでだろうな。まあ、しいて言えば好きな子が困っているのを黙って見ていられなかった、というところかな」
清水は、残りのグラスを空けると通りかかった店員に同じものを頼む。
あの時、たまたま企画部に行っていて隣の部での騒ぎを聞きつけ、それが憂が関わることだと知って手を貸したのだった。
まあ、それだけではなかったけれど…。
「課長は永峰のことが、好きなんですか?」
「好きだよ。でも、フラれたけどな」
「え?」
篠島が課長と付き合っているのかと憂に聞いた時、付き合ってはいないと言っていたが、まさか清水が既に気持ちを伝えていたとは思わなかった。
「彼女には、好きな人がいるらしい。俺はその相手が誰だかわかるから、綺麗さっぱり身を引いたってわけ」
課長は、憂の好きな相手を知っている…。
知っていて、身を引いた。
「俺、なんだか知らないけど、女の子なら誰にでも声を掛けるみたいな言われ方してるんだよな。でも、そんなこと一度もないのにな。永峰さんもそう思ってたみたいで、付き合ってくれって言ったらものすごく困ってたよ」
「篠島君も、そう思ってたんだろう?」と核心をつかれて、なんと言えばいいのかわからない。
ただ、なんとなくだが今は、篠島自身も清水が噂されているような人間ではないような気がしてならなかった。
「彼女も自分がその相手のことを好きなのかどうかよくわからなかったみたいなんだけど、俺にはそうとしか思えなかったから。結果、恋敵の肩を持った形になったよ」
そう言って笑う清水だったが、なぜ相手の肩を持つようなことを憂に言ったのだろう?
そして、その相手というのは、清水も知っている人間だということ…。
「篠島君も、永峰さんのことが好きなんだろう?」
との清水の問いに何も答えない篠島を見て、それを肯定と理解する。
「俺は、永峰さんに好きな人がいても諦めるつもりはないんだ。隙あらば狙うつもりでいるからと彼女にも言っているしね。だけど、今はその相手とうまくいくことを願ってる」
「どうして…」
どうして、そこまでして清水は、相手のことを思いやることができるのだろうか?
「それは、好きな子には幸せになってもらいたいからね。俺は、相手も彼女のことを好きだと知っているから」
両想い、だということか…。
既に篠島の入る余地はないということになる。
「一度好きになった人をそう簡単には諦めきれないのは、篠島君もよくわかっているだろう?」
清水の言う通り、篠島はこの5年間ずっと憂のことを想い続けてきた。
その間には男がいた時期だってあったのだから、今更無理に諦める必要もないのだ。
「そうですね」
こんなふうに相手のことを思える清水の心の大きさに触れて、今まで噂を信じていた自分を恥じるとともに尊敬の念を抱く。
そして、二人は恋敵という垣根を越えた友情に近いものを得つつ、遅くまで飲み明かした。
しかし、同じ頃に憂と浩介が、とんでもないことを計画していることなどまったく知らずに…。
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