一方同じ頃、憂は篠島のミスのこともさることながら、どうしてもその原因を知りたかった。
―――そうだ、矢野くんに聞けば何かわかるかも。
あたしは、それとなく矢野くんに篠島のことを聞いてみようと思った。
調達部の前まで行くとちょうど矢野が出て来るところだった。
「矢野くん」
「あぁ、永峰さん」
「ちょっと時間ある?」
「俺も永峰さんに話したいことがあってさ、今晩飲みながらどう?」
あたしは矢野くんの誘いを受けて、付き合うことにした。
「「カンパーイ」」
ここは、行きつけの居酒屋。
あんまりおしゃれなところだと誤解されちゃうかもって、ここになった。
ビールのジョッキを合わせると矢野くんは、一気に飲み干してしまった。
「矢野くん、いい飲みっぷりね」
「そりゃあ、永峰さんと二人っきりで飲めるんだ力も入るよ」
「あはは、矢野くん相変わらず冗談うまいね」
矢野くんはいつもこんな感じで、気兼ねなく話せるタイプ。
だけど、不思議なのはどうしてあの篠島と仲がいいのかなのよね。
まったくもって、理解不能だわ。
「ところで、永峰さんは俺に話って何?愛の告白だったら、喜んで受けるけど」
「もうっ、違うって」
「違うのか?」って、ガックリとうな垂れる矢野くんが、ちょっと可愛いかも。
「あのね、篠島のこと。なんか壊れちゃったって聞いたから、仕事でもあんなミスするしどうしたのかなって」
「あいつ?いいんだよ。壊れさせておけば」
矢野は、2杯目のジョッキを半分くらい既に飲み干していた。
「矢野くん、親友なんでしょ。ちょっと冷たくない?」
「じゃあ聞くけど、永峰さんはどうしたいの?理由を聞いて、遼哉に慰めの言葉でも掛けてあげる?」
いつもの矢野らしくない、棘のある言い方にどう返していいかわからない。
確かにそうかもしれない。
篠島には篠島の悩みがあるはずで、それをあたしがどうこうしてあげられるものでもないのに…。
「矢野くんの言う通り、理由聞いて慰めの言葉をかけてあげようとしてた。あたしには、それくらいしかできないから」
あたしは、残りのビールを飲み干すと同じものを追加する。
「ごめん、きつい言い方して。でも、今のあいつには同情は辛いだけなんだよ」
浩介は、数日前に憂には好きな人がいるのだと遼哉に聞かされていた。
それが理由で、壊れてしまっていることも。
「そう、わかった。あたしには、どうしようもないことなんだね。ごめんね、何も知らないでお節介やいて」
「いや、そんなことないさ」
「ところで、矢野くんはあたしになんの話だったの?」
そうだった、矢野くんも何かあたしに話したいことがあったって。
それって、なんなのかしら?
「永峰さん、清水課長とは付き合ってないって本当?」
「矢野くんまで、そんなこと言うの?もうっ、どこからそんな噂流れてるのかな。あたしは課長とは付き合ってないし、これからもその予定は…ないと思う」
「誰か、他にいるの?」
「え?」
矢野くんには、言ってもいいのだろうか?
篠島のこと…。
「矢野くん、あたし―――。篠島のことが、好きなの…」
「えっ?」
浩介は、思いもよらない憂の発言に口元まで持っていっていたビールのジョッキをテーブルの上に戻した。
―――今…なんて?
「永峰さん、ごめんもう一度言ってくれる?」
「もうっ、聞いてなかったの?矢野くん、酔ってるんじゃないの」
「あぁ、ごめん。で?」
「だから、篠島が好きなの」
やっぱり、聞き間違いではなかった。
確かに憂は、遼哉のことを好きだとそれは間違いない。
そうだったのか…本当に馬鹿だな、遼哉は―――。
好きな人がいるって、それは自分のことなのに。
てっきり他の奴だと浩介も思ってしまっていたから、これはしょうがないことなんだろうけど…。
「篠島は俺様で屁理屈ばっかり言うしさ、すっごいムカつくんだけど、でも優しいところとかあって…気がついたら好きになってたの」
「あいつには、言わないのか?」
「言おうって思っても、本人を目の前にしちゃうと全然違う言葉が勝手に口から出ちゃうの。素直にならなきゃって思うんだけど…」
「永峰さん、それ言うのちょっとだけ待ってくれる?もう少し、遼哉を壊しておこう」
「はぁ?」
―――矢野くんの言ってる意味が、全然わからないんだけど…。
そんなあたしを他所にひとりごちている矢野くん。
もう少し壊しておくって、どういうことなのかしら?
まぁ、壊れた篠島なんてそうそう見られないけどね。
浩介の提案が果たして吉と出るか凶と出るか、この時点では誰にもわからなかった。
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