「おい、お前飲み過ぎだぞ」
あたしは、口の側まで持っていっていたグラスを誰かに横取りされた。
「何するのよ〜」
既にろれつが、回らない。
すっかりあたしは酔ってしまっていたのだけれど、一体あたしのグラスを奪ったのは誰よ!
「もう、いい加減にしろ」
「はぁ?なんで…篠島?!」
なぜか、あたしに説教しているのは篠島だった。
どうして、篠島が???
???マークがあたしの頭の上には、たくさん飛び交っていた。
だって、篠島があたしのこと心配してるなんておかしいじゃない。
「なんで、じゃないだろう?こんなに飲んで、どうやって帰るんだよ」
「別に篠島には、関係ないでしょ。愛香だって、里穂だって」
「もう、とっくに帰ったよ」
「えぇ?嘘…」
帰ったって、どういうことよ。
周りを見れば、篠島以外に人影はない。
あたしを置いて…そんなぁ…ひどずぎる。
「でも、篠島はなんでここにいるの?」
そうよね、みんなあたしを置いて帰っちゃうような薄情な人達なのにどうして篠島だけがあたしを置いて帰らなかったの?
「そんなこと、知るか」
心なしか篠島の顔が赤くなったのは、気のせいかしら?
「ごめんね」
「あ?」
なんだかわからないけど、あたしは篠島に謝っていた。
多分今の状況だとあたしは普通には立てないと思うから、不覚にも篠島に送ってもらわないと家には帰れない。
だから先に謝ってしまおうって思ったのかは、定かではなかったけれど。
「なっ、なんだよ」
「だって、みんなあたしのこと放って帰っちゃったのに篠島はこうして残っていてくれてるから」
「それは…」
篠島も、なんと言っていいかわからない。
みんなは憂を放って帰ってしまったのではなく、篠島と憂を二人きりにするためにわざと帰ったのだ。
それを知らない憂は、篠島だけが自分を置いていかなかったのだと思っている。
―――本当のことを知ったら、きっと怒るんだろうな…。
そんなことを考えつつも、しかしこれは反則だろう?
素直な憂に戸惑いを隠せないのも事実。
「それより、帰ろう」
「うん」
篠島は、憂の腰に腕を回して立ち上がらせた。
少しよろけたけれど、篠島の腕にしっかりと抱かれていたからなんとか立って歩けそうだ。
思いもしない展開だったけれど篠島に抱かれているのは決して嫌ではなくて、それ以上になんだかとても心地よい。
背は高かったけれど痩せているように見えた体は意外にがっしりとしていて…なんて、言ってる場合じゃないんだけど…。
駅まで歩く道すがらも篠島は、あたしに『気持ち悪くないか?』とか『辛かったら、少し休んで行こうか?』とか優しい声をかけてくれた。
いつもの意地悪な篠島ではなくて、なんだかとてもむずがゆい。
それはあたしが勝手に篠島に突っかかっていただけで、本当はすごく優しかったのかもしれないのに…。
なぜか今のあたしにはそんなふうに思えてしまうのは、錯覚なのだろうか?
「篠島」
「うん、どうした?気分悪いのか?」
篠島は、すごく心配そうにあたしの顔を覗き込む。
そうじゃないって言おうとして、あたしを見つめる瞳に心臓が大きく跳ねた。
―――もうっ、なんなのよ。
「違う…の」
「じゃあ、どうした?」
そんな耳元で、囁くように言わないでよ。
益々、心臓が激しく鼓動を打ち始める。
「だって…」
「だって?」
「いっつも意地悪な篠島が、優しいんだもん」
「なんだよ、それ」
篠島が、あたしの頭の上でふっと息を吐くと少し拗ねたように言った。
だって、会社では嫌な奴なのにどうして今はこんなに優しいわけ?絶対、おかしいじゃない。
「まぁ、仕事の時はきついこと言ってるかもしれないけど、今はプライベートだしな。それにあれは、意地悪をしているわけじゃないぞ。永峰はいつだって間違ってない、俺はお前のことで色々言った覚えはないんだけどな」
そう言われてみれば、そうかもしれない。
あたしが持って行く書類も、あたしがチェックして他の人が持って行った書類も、篠島には一度も文句を言われたことはない。
あたしがいない時に別の人がチェックして篠島のところへ持っていった書類の多くにミスが発生していたのだ。
「そうかもしれないけど、なにもあんなふうに理由も言わないで突っ返すことないじゃない」
そうなのよ。
篠島は受理できないとだけしか言わないから、慣れていない子にはどこが間違っているのかわからない。
「そうでもしないと永峰、俺のところに来ないだろう?」
「へ?」
―――なんで、あたしがそこに出てくるわけ?
憂には篠島の言葉の意味が、理解できていない。
篠島は、ああして間違っている書類を突っ返せば憂が必ず乗り込んで来ることを知っていたのだ。
そうでもしなければ、憂となんて話をする機会もない。
それにその時を誰よりも、楽しんでいたのだから。
「お前さ、自分のことだけでも大変なのに人の世話ばっか焼き過ぎなんだよ」
憂は、女子社員の中では異例の出世だった。
男女雇用機会均等法なるものが施行されてだいぶ経つが、それは採用時の話であって内情はそうではない。
どうしても、女子社員は男子社員より評価が低く出世も遅い。
それにも関わらず憂は、篠島や浩介と共に同期の中では一番で主任に昇進したのだった。
持ち前の明るさと可愛い容姿に似合わない強気なところ、それでいて女性ならではの気配りや決め細やかさもちゃんと持ち合わせている。
それとなんといっても仲間からの信頼が、ものすごく厚いことだろう。
永峰主任に任せれば必ずうまくいくという暗黙の了解みたいなものがあって、みんながみんな憂に頼り切ってしまう。
それにも増して本人は嫌って言えない性格だから、全てを1人で背負ってしまう癖がある。
自分では気付いていないみたいだが、あれだけの可愛い容姿なのだ色目を使う男もいる。
いっつも気を張っているであろう姿を篠島は見ていたし、それを自分に向けて少しでも発散させるという目的も少なからずはあったのかもしれない。
「そんなことないもん」
「あるだろ」
篠島に言われて、思いたる節がないわけでもない。
主任という職に就いてからは、自分の仕事以外に下の者の面倒も見なければならない。
本来ならば指導優先なのかもしれないが、どうしても頼られたり困っている人を見ると放っておけないのは、これは性格だからしょうがない。
でもそれを篠島が、気づいていたなんで…。
そっちの方が意外だった。
「俺は、永峰はもっと手を抜いてもいいと思う。そうでなきゃ、下の奴はいつまで経ってもお前に頼りっぱなしでそれじゃあ成長しないぞ?」
「それにそんな仕事に生きる女は、男にモテないぞ?」って、その一言は余計だっつうの。
篠島に言われたくないわね。
まぁね、あたしがおせっかいばっかり焼いてると裕紀(ひろき)くんや、あっ裕紀くんっていうのは一応あたしの部下で、今年2年目の男の子なんだけどこれがまた素直で可愛いのよ。
ってそんなことはどうでもいいんだけど、そろそろ責任持たせないと本当はダメなんだけどね。
「そうね。これからは、少し考えてみる」
そう、あたしが言うと篠島はすごく優しい目をして頷いた。
あんな顔するんだ、篠島って…。
―――やだっ、あたしったら見惚れちゃったじゃない。
なんかあたし、今日はおかしいかも。
篠島にドキドキしたり、見惚れたり。
いつものあたしなら、こんなこと思ったりしないのに…。
酔っているからとお酒のせいにして、その気持ちを誤魔化した。
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