どうしてあたしが、ここにいるのかしら?!
横目でチラっと里穂を見るも、まったくもって知らん振り。
いい度胸してるわよね。
ここは、うちの会社ではよく使う老舗の料理屋。
里穂とあたしとなぜか愛香までもが、情報技術部との合コンに参加していた。
愛香いわく、憂が悪い虫に連れて行かれないようにだと。
誰が、あたしなんかを連れて行くっていうのよね。
それにラブラブの旦那さんは、放っておいていいわけ?!
「それじゃあ、乾杯しますか」
乾杯の音頭をとったのは、あたしの斜め前に座っている人で利根(とね)くんという、さっきの挨拶では25歳になったばかりだと言っていた。
まだ学生気分が抜けない体育会系って感じのノリが、ちょっと可愛いかもって思ってしまう。
『綺麗なお姉さま方と飲めて光栄で〜す』なんて、嘘でも嬉しいわよね。
どうせ本気なわけじゃないし、こういう軽い方が気楽でいいのよ。
それぞれのグラスを持って、乾杯する。
あたしはビール党だから、初めっから生の大を頼んでる。
1人だけやけにグラスが大きくって目立ってるけど、好きなんだからしょうがないじゃない、ねぇ。
「俺、加藤って言います。永峰さんの1年後輩です」
そう言って話しかけてきたのは、あたしの隣に座っていた加藤くん。
彼はとても人懐っこい雰囲気で、笑顔が素敵な好青年。
情報技術の人ってあまり関わったことがなかったけれど、どの人も爽やかな感じで好感が持てる。
嫌味ばっかり言ってる篠島とは大違いだわ、ってあたしったらこんなところで何、篠島のことなんて考えてるのよ。
頭をフルフルと左右に振るとビールのジョッキに口をつけた。
もう1人、あたしからは一番遠い場所にいるのが清水課長。
愛香や里穂の言った通り、確かにいい男だと思う。
だけど、タイプはまったく違うのにどことなく篠島と同じ匂いがするのは気のせいだろうか?
あたしは隣の加藤くんと意気投合して盛り上がっていたけど、実はここだけの話、彼にはちゃんと彼女がいるんだって。
加藤くんには歳の離れたまだ19歳で大学生の妹さんがいて、たまたま家に遊びに来たお友達に一目惚れしちゃったらしい。
でも妹の友達だし、なんたってまだ10代だものね。
初めはかなり迷ったらしいけど、相手の子も同じ気持ちだったみたいで、目出度くお付き合いすることになったって言ってた。
『永峰さんは、彼氏いないんですか?』って加藤くんに真顔で聞かれて、まいっちゃったわよ。
彼氏なんて、ここ数年ご無沙汰してる。
仕事も忙しいっていうのもあるけど、やっぱりこんなあたしにはついていけないんだって…。
大学時代の友達に軽く付き合ってみたら?なんて言われて何人かと付き合ったけど、みんな長続きしなかった。
あの頃はまだ若かったから先のことなんて考えもしなかったけど、今となってはもうそんな軽い付き合いもできないのにね。
一次会も終わって、二次会はカラオケだった。
あたしはあまり歌を歌はない、言っておくけど下手とかそういうのじゃないからね。
単に最近流行の歌を知らないだけ。
昔の歌を歌うと『永峰さ〜ん、それいつの時代の歌ですか?〜』なんて、みんなに馬鹿にされるのがオチだしね。
愛香と加藤くん、里穂と利根くんが組んで歌っているのを尻目にあたしは1人今度は、チューハイを飲んでいた。
「永峰さんは、歌わないの?」
「はい、わたしはあまり流行の歌を知らないので。課長こそ、歌わないんですか?」
席が離れていたこともあって、今初めて口を聞く清水課長はやっぱりどこまでも爽やかでつい見惚れてしまった。
「俺も、あんまりね」
清水課長は、本当はあまりカラオケは好きではないそうだ。
顧客相手とか、どうしてもって言う時は歌うそうだけど。
でもちょっと聞いてみたいかも、なんて思ったりして。
「やっと、永峰さんと話ができるよ」
「え?」
「俺さ、聞いてると思うけど、今日は永峰さんが来るっていうから来たんだよね。なのに加藤も利根も気が利かないんだよな」
って、少し不満顔。
そんなにあたしと話したかったのかしらね?
まったく物好きな人もいるもんだわ。
でも、こんなふうに言われてなんて返せばいいのか…。
「そう言えば、課長はどうしてわたしのことを知ってるんですか?」
そうなのよ、あたしと課長は仕事での接点はまったくないのにどうして知っているのか、不思議だったのよね。
「永峰さんと調達部の篠島君とのバトルは、有名だからね」
「え…」
課長は、知ってたんですか…。
まぁ、知らない方がおかしいかもしれないけどね。
「この前、たまたま調達部に行った時に二人を見たんだ。なかなか、面白いものを見せてもらったよ。篠島君にあそこまで言えるのは、永峰さんだけでしょう?」
面白いものって…。
あたし達は、見世物でしょうか?
「それは、同期ですからね」
「同期ってだけで、ああは言えないでしょ」
「そうですか?大体あいつ、ムカつくことばっかり言うからっ」
ここまで言ってしまってから、あたしはハッとして口元を手で押さえた。
酔っていた勢いもあったけれど、他部署とはいえ仮にも課長に向かってこんなことを言うとは…。
「あははっ、そっか。でも、喧嘩するほど仲がいいって言うからね」
「かっ、課長ったら何を言うんですかっ。あたしとあいつに限って、絶対そんなことないですっ!」
もう課長ったら、何を言い出すんだか…。
あいつと仲がいいなんて、あるわけないってのに。
「そう?だったらさ、永峰さん俺と付き合わない?」
「へ?」
今まで聞こえていた様々な音が全て消えて、一瞬無音になった。
―――つ、付き合う?!
「やだ、課長。じょ、冗談きついですって」
そうよ、これは悪い冗談なのよ。
あたしったら、何本気にしてるのよね。
「俺は、冗談で言ってるつもりはないんだけどね」
暗い部屋の中でも課長の顔が本気だということは、わかる。
だけど、今初めて口をきいたばかりなのにいきなり付き合ってくれってどういうことよ。
あたしの中で危険信号が、点滅し始めた。
「あっ、あの…」
あたしは、どう答えていいかわからない。
「ごめん、君を困らせるてるね。今、頭の中で俺のこと軽い男だって思ってるだろう?」
「・・・・・・」
これに関しては、イエスともノーとも言うことができない。
「図星?」
あたしは顔に出やすいタイプだから、それは相手にすぐにわかったのだろう。
だってねぇ、こんなこといきなり初対面の人に言われれば、ナンパ?とか思うじゃない。
「俺も色々言われてるからね、君が警戒するのもわかるけど。でも俺は、誰にでもこんなふうに言ったりはしないよ」
「え?」
そうなの?
なんか、信じられないんだけど…。
「2ヶ月前に名古屋からこっちに異動になって初めて君を見かけた時、たまたま調達部で篠島君と言い合ってたんだけどね。随分とまぁ、威勢のいいお嬢さんがいるものだなあって思ったんだよ」
清水は入社以来ずっと名古屋勤務だったから、憂を見るのはその時が初めてだった。
異動直後に二人のバトルを噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてで、それがひどく新鮮だった。
今時の女の子はみんな男に媚びてばかりで、あんなふうに言う子はいない。
それもとびっきり可愛いとくれば、尚更だ。
にも関わらず、主任という職に就き仕事も精力的にバリバリこなす。
清水が、憂に興味を抱いたのはそれからだった。
あまり憂の所属する部署に情報技術の清水が顔を出すことはなかったが、ちょうど隣のフロアにある企画部にはよく足を運んでいたので、さり気なく憂を観察していた。
あの通りの容姿である、違う部署の者にそれとなく探りを入れるとすぐに情報は手に入る。
彼氏はいないということを聞きつけ、加藤の誘いに乗った。
もちろん彼女が出席するならという条件付でね。
まさか自分でもこんなことを口にするとは思ってもみなかったが、それだけ彼女を自分のものにしたいと思った。
この俺がな―――。
その時、思わず笑いが込み上げてきた。
だってこの俺がだぞ?今まで女の方から声を掛けられることがあっても絶対に自分からはなびいたことがないこの俺が、初めて1人の女性に恋をしたのだから。
「普通女の子って、男に対しては逆らわず少しでも自分を可愛く見せたいって思うものだろう?でも君は違った。それが、俺にはすごく新鮮だったんだ。それからかな、君を見るようになったのは」
あたしは、別に男の人に可愛く見られたいとは思っていない。
だって、こんな性格だからどう頑張っても可愛らしい女の子にはなれないんだもの。
でもこんなあたしと付き合いたいなんて、どうなのかしらね?!
「課長は、こんな可愛くないわたしと付き合いたいんですか?」
「俺には、誰よりも君が可愛らしく魅力的な女性に見えるよ」
うわぁ、それってすっごい殺し文句じゃない?
こんなこと言われて、嬉しくないはずはないんだけど…。
「それとも、誰か好きな奴とかいるの?」
「え…」
好きな奴―――なぜか、篠島の顔が頭に浮かんできた。
どうして?あんな奴…大っ嫌いなはずなのに。
このところのあたしは変だ、ふと気がつくとあいつのことを考えている。
素直じゃないし屁理屈ばっかり言うし、ほんとムカつく奴なのに…この前みたいに優しい言葉を掛けてきたりして…。
「いるんだ」
「そっ、そんな人…いないですよ」
慌てて否定したが、声が上ずってうまく言うことができなかった。
「それって、篠島君?」
「そんなわけ…」
「いいよ、隠さなくっても。君の顔にそう書いてある」
あたしは、思わず自分の顔に手をあてた。
課長に心の中を見透かされているようで、なんだか恥ずかしい。
だけど、あたしが篠島を好き?そんなの絶対あり得ないじゃない。
「そんなわけないです。わたしが、篠島を好きなんて」
「そうかな?そろそろ自分の気持ちに正直になった方が、いいんじゃないのかな。彼だって、そう思っているはずだよ」
「篠島が?」
課長は、黙って頷いた。
そんなはず…あるわけない。
だって、あの篠島が?…。
「お互い同じことを思っているはずなのにどうしても素直になれない。この場合って、どっちかが折れるしかないでしょ?俺も好きな子を目の前にして恋路の指導をしてるなんて、おかしな話だけどさ」
課長は、バツが悪そうに前髪をかきあげた。
だけど、あたしは本当に篠島のことが好きなのだろうか…。
そりゃあ今までとは違った思いで篠島を見ていることは確かだけど、だからってそれが好きだとは限らないわけで…。
「課長…」
「そんな顔しないで。君はもう、彼のことを十分好きだよ。あっ、でも俺はまだ諦めたわけじゃないから。隙あらば、君を奪うつもりでいるそのつもりで」
そう言って、課長は微笑んだ。
その笑顔は少し寂しげだったけど、課長の気持ちが今はとても嬉しかった。
こんなあたしを好きになってくれて、それでいてあいつとのことを応援してくれるなんて…。
もう、意地を張るのはよそう。
たとえ篠島があたしのこと好きじゃなくっても、自分の気持ちに正直になろう。
自分の気持ちがはっきりした今、あたしは篠島にこの想いを伝える決心をしたのだった。
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