ASPHALT☆LADY
Story7


篠島に好きだと言おうと決めはしたものの、どうやってそれを伝えていいかわからない。
そして課長は前とは違って、隣の企画部に用事があると必ずあたしのところに寄って色々声を掛けてくれる。
もちろん篠島とのことは口には出さないが、それなりに心配はしていてくれるようだった。
それを見て愛香は課長との仲を疑っているようだけど、そんなことはないのにね。
ただ、課長の気持ちを知っているだけに心苦しい思いは拭えないのだけれど。

+++

篠島が、喫煙室で煙草を吸っていると浩介が入って来た。
既に咥えていた煙草に火を点けた後、周りに誰もいないことを確認すると口を開く。

「永峰さんと清水課長、随分と仲がいいみたいだな」

それは、篠島も薄々感じていたことだった。
数日前に憂が清水課長と数人のメンバーで合コンをしたという話は篠島の耳にも届いていたから内心気が気ではなかったのだが、そこで清水課長が何か動いたのかもしれない。

「あぁ…」
「お前、随分と呑気だなあ。大丈夫なのか?もしかして、あの二人もう付き合ったりしてるのかもしれないんだぞ」
「それは…」

そうかもしれないが、篠島にはどうしていいかわからない。
それは憂が自分のことをどう思っているのか、まったく自信がないからだった。
仕事の上ではあんなふうに突っかかってくるけれど、それは心底自分のことを嫌いだからだとは思えないが、それが好意を持っているかとなれば判別しがたい。
浩介は憂も同じ気持ちだろうと言ってはくれるが、それは本人に聞いてみなければ明確な答えは出てこないだろう。

「あの清水課長だぞ、いいのか?」

浩介の言いたいことは、篠島にもわかっていた。
これはあくまでも噂でしかないが、清水課長の女関係はそれなりに派手だということ。
憂に対してもそれが当てはまるとするならば、遊ばれているだけなのではないか…。

「わかってる」
「わかってて、何もしないのか?」

浩介の苛立ちもわからないではないが、ここで下手に動いてもし関係がこじれるようなことになれば、今のままの方がいいのではないか…。

「お前らしく、ないな」
「え?」
「いつものお前なら、こんなことで悩んだりしないだろ?まっ、仕方ないか。自分から人を好きになったことないんだもんな」

「まったく、うらやましい奴だよな」と浩介は、少し嫌味ったらしく言うと煙草を灰皿に押し付けた。

「こんな時、浩介ならどうする?」

―――こんな時、浩介ならどうするのだろうか…。

「あ?」

篠島のあまりに意外な質問に浩介は、動きを止めた。

「それを俺に聞くか?」
「お前だから、聞いてるんだけど」
「そうだな、ここは男らしく自分の気持ちを言うだろう。俺は、振られるのは慣れてるからな」

「そんなこと長い付き合いで知ってるくせにいちいち俺に言わせるな」と浩介は苦笑しながら、喫煙室を後にした。
暫くその後ろ姿を見つめていた篠島は、『一度くらい、振られてもいいか…』そう呟いて自分の席に戻った。

+++

残業時間に篠島が売店まで煙草を買いに行くと偶然、憂に出会った。
見ると手には、小さなビニール袋を提げている。
仕事の合間に何か食べようと買いに来ていたのだろう。

「永峰も、残業か?」
「え?うっ、うん」

篠島はいつもあたしのことを会社では永峰主任と呼ぶから、こんなふうに呼び捨てにされると変に意識してしまう。
それに向こうから話しかけてくるなんて…それだけでも驚きなのに。

「ちょっと、時間あるか?」

その言葉にあたしは思わず、その場に固まった。
―――だって、何?

「安心しろ、取って食ったりしないから」

あの時見た、笑顔がそこにあった。
その瞬間、わけもなく心臓が鼓動を打ち始める。
―――なんなのよ、一体…。
あたしは、篠島の後ろについて行くとそこは誰もいない社員食堂。
篠島が、その一角の椅子に腰をおろしたのに続いてあたしも向かいに腰をおろした。

「どうしたの?」

なぜか恥ずかしくって、あたしは俯いたまま篠島の顔をまともに見ることができない。
こうして向かい合って話をするなど、今まで一度だってしたことがなかったのだから。

「情報技術部の清水課長と付き合ってるのか?」

えっ?
あたしは、反動的に顔を上げた。

「いや、そんな噂を聞いたからさ」

言いにくそうにそう口にした篠島だったけれど、それより噂って何?あたしと課長が付き合ってるなんて噂が流れてるわけ?!
篠島にされた質問よりも、そっちの方が驚きだったかもしれない。
だけど、どうして篠島がこんなことを聞いてくるのだろうか?

「別に付き合ってなんか、いないけど」
「本当か?」

心なしか、篠島の顔が緩んだように思える。

「こんなこと、篠島に嘘ついてもしょうがないでしょ」

篠島がなぜこんなことを言ってきたのかはわからないが、課長とは付き合ってはいない。
付き合って欲しいとは、言われたけれど…。

「そっか。いや、清水課長はあまりいい噂を聞かないんでね。お前が騙されてるんじゃないかって」
「何篠島、あたしのこと心配してくれてるんだぁ」

わざと悪戯っぽく言ってみる。
だってあの篠島があたしが課長に騙されてるんじゃないかって、心配してくれてるのよ?

「そうだよ。悪かったな」

少しバツが悪そうに言う篠島だったけれど、こんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。
たとえ騙されたとしても、それは篠島には関係ないはず。
ましていつも憎まれ口ばかりたたいている相手のことなんか、心配することないのに…。

「どうして?」

なのに、どうして?
同期だから?それとも…。

「・・・・・」

何も言わない篠島にもう一度声をかける。

「篠島?」
「ごめん、変なこと言って。ほら、お前さ男に免疫なさそうだろ?いくら普段可愛げのないお前でも、さすがに俺だって放ってはおけないからな」
「はぁ?何それ」

免疫なさそうって…そりゃそうかもしれないけど、あんたに言われたくないわね。
大体、可愛げないって何よ。
失礼なっ!

「お前が変なことに巻き込まれないうちに忠告してやったんだ。俺に感謝しろ」
「うわぁ、そういうこと言う?信じられない。自惚れるのもいい加減にしたら?」

こんな俺様で自己中な奴を好きになったなんて、あたしが馬鹿でした!
これなら、課長の気持ちを受け入れるんだったわ。

「なんとでも言ってくれ。俺はお前が捨てられて泣いてる姿なんて、同期として見たくないからな」
「誰が捨てられて泣くのよ。それと言っとくけど、課長はそんな人じゃないわよ。何も知らないくせに勝手なこと言わないでっ!」

あたしは、立ち上がるのと同時にバンッとテーブルの上に手をついてそう吐き捨てるとその場を後にした。

―――まったく、なんなのよっ!
あたしのこと少しは気にしててくれるんだって、ちょっと嬉しかったのに―――。
あんなことを言うために呼び止めたわけ?
信じらんない…。

一方、思ってもないことを口にしてしまった篠島は、そのままガックリとうな垂れて動くことができなかった。
憂の前に出るとどうしても素直になれなくて、憎まれ口を叩いてしまう。
―――まったく、俺はお子様だよな…。
憂は、清水課長とは付き合っていなかった。
しかし、課長が憂に好意を抱いていることは事実だろう。
それは同じ立場にある篠島には、嫌でもわかってしまうのだから。


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