ASPHALT☆LADY
Story9


どうしたら、素直になれるのだろう?
あたしは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
あいつの前に出るとどうしても思っていることと反対のことを言ってしまう。
少しでも素直に自分の気持ちを伝えられたら…。

「憂さん、憂さんっ」
「え?」
「どうしたんですか?憂さん、ボーっとして。これ、篠島さんから憂さんに渡してくれって言われました」

奈々ちゃんに言われて、書類を見ると金額に0が1つ抜けているのに気がついた。
まったく、初歩的なミス。
あたしは書類を直して、篠島のところへ持って行った。
あの日からずっと顔を合わせていなかったけど、あいつはきっとなんとも思っていないんだろうな。

「篠島、これごめん。数字が間違ってたわね」
「珍しいですね。永峰主任が、こんなミスするなんて」

いつもの冷めたような言い方にこれもいつものあたしなら、『誰にだって、間違いはあるのよ!』くらいの返事を返すはずなのに今日に限っては、そんな言葉も出てこない。

「うん、ごめんね。手間かけさせて」

あたしは、書類が決済行の箱に入れられたのを確認すると黙ってその場を後にした。
それを見ていた周りの人たちは、いつものバトルが繰り広げられるものとばかり思っていたので少々拍子抜けの様子。
篠島は、それ以上だったのだが…。
それを見ていた浩介が、すぐに篠島の元へやって来た。

「どうしたんだ、永峰さん。なんか、ものすごく元気なかったけど」
「そうだな」
「そうだなって、お前がこの前変なこと言ったからじゃないのか?だから、彼女気にしてて」
「あんなことくらいで、凹む奴じゃないよ」
「そう思ってるのは、お前だけなんじゃないのか?」
「え?」

さっきの彼女の様子は、どう見ても変だった。
―――それは、俺があんなことを言ったからなのか?
だから…。
その日一日篠島は悶々とした時間を過ごしていたが、やっぱりあんなことを言ってしまった自分で自分を責めた。

篠島が憂の所属するシステム開発部に足を運ぶことは、ほとんどと言っていいほどない。
それでもどうしても憂に謝りたくて、篠島は周りの視線を浴びながらも憂の席に近づいた。

「永峰、ちょっといいか?」

それは、いつもの仕事中に話す改まった話し方ではなかったことに憂は驚きを隠せない。
まして、席まで来るなんて…。

「うん」

あたしは、篠島の後を追ってフロアを出た。
ちょうど休憩しようと思っていたところだったので、二人は社員食堂脇にあるカフェテリアに行くことにした。
カフェテリアと言ってもお昼しか営業していないので、誰もいないのだけれど。

「ほれ」

篠島が、自販機で買った物をあたしに投げてよこした。
それは、あたしが好きなカフェラテ。
こういうのは、ちゃんと知っているようだ。

「ありがとう」

そう言ってあたしが受け取ると篠島は、あまり会社では見せないような笑顔を返した。
篠島は、ブラックを買うとお互い向かい合うようにして座る。

「どうしたの?篠島が、直々にあたしに会いに来るなんて」

わざと、いつもの言い方をしてみる。
―――だって、なんだか篠島らしくないんだもの。
何か、あったのかしら?

「ごめんな。俺、本当はあんなこと言うつもりじゃなかったんだ。本気でお前のこと心配して、怒ってるよな」
「え?」

まさか…篠島にこんなことを言われるとは、思ってもみなかった。
―――だって、俺様の篠島がよ?
でも本気で心配してくれたって、本当?

「怒ってなんか…いない」
「本当か?」
「うん」
「お前、今日変だったから、怒ったのかなって思って…ごめんな」

そう言うと篠島は、缶コーヒーのプルタブを引いて口にした。

「あたしこそ、篠島に変な心配かけちゃったみたいね。でもね、変だったのは怒ってたんじゃなくて反省してたの」
「反省?」
「そう。あたし、どうしても篠島の前だとあんな言い方しちゃうから直さないとって思ってね」

あたしは、篠島にもらったカフェラテのプルタブを引くと一口含む。
この甘苦さがたまらないのよね。

「ねぇ、さっきあたしのこと心配してたって言ってたけど、それって本当?」
「あぁ」
「どうして?」
「どうしてって…それは…」
「同期として心配だったから?それとも…」

こんなこと聞くつもりじゃなかったんだけど、篠島の気持ちを知りたくて…。
でも同期だからって言われたら嫌だから、あたしは誤魔化すように話題を変えた。

「篠島、心配しすぎ。清水課長とはなんでもないし、だってあたしには別に好きな人がいるから」
「え?」

篠島の顔色が、変わったのがわかる。
だって、好きな人がいるのは本当だものね。
この一言が、また話をややこしくしてしまうことをこの時のあたしは気付かなかった。
そして篠島は、一瞬自分の耳を疑った。
憂に好きな人がいる―――。
それがまさか自分のことだとは、今の篠島にはそこまで考えが及ぶほど余裕がない。
考えてもみなかった事実を突きつけられて、篠島はどう答えていいかわからなかった。


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