Stay Girl Stay Pure
Story10


自宅に戻るでもなく、涼はあのロングな車の中で書類に目を通しているイアンをじっと見つめていた。
結局、涼はイアンの泊まっているホテルに一緒に住むことになってしまったけれど、これってどうなんだろう?
確かに部屋はいくつかあったから問題ナイにしても、っていうか既にそれが問題アリなのでは…。

「ねぇ、イアン。一緒に住むって、部屋は別に取ってくれるのよね?ほら、あたしはあんな豪華な部屋でなくてもいいし…」
「いいえ、そういうわけにはいきません。この前のこともありますし、私と同じ部屋に住んでいただきますよ」
「えっ、でも…それって変じゃない?」
「変というのは?」

イアンは、何の疑問ももっていないようだが、誰がどう考えても変でしょう。
壁1つ隔てただけの室内に男女が一緒に住むなんて…。

「だって、あたしとイアンは恋人でもなんでもないのに同じ部屋に住むのは、おかしいでしょう?」
「そう言われてみれば、それもそうですね。では、今から恋人同士になればいいんですよね?」
「はぁ?!」

車内に涼の大きな声が響き渡る。
いや、そういう問題じゃないでしょう?
恋人でもなんでもない男女が、同じ部屋に住むのはおかしい ⇒ だったら、恋人同士になればいい
これって、どういう理論なのよねえ…。

「ダメですか?」
「えっ?ダメっていうか…」

『ダメですか?』って、言われても困るのよ…。
そりゃあ、今は付き合ってる人もいないし…って、そういうこと言ってる場合じゃなくってっ。

「それとも涼さんには、そういう方がいらっしゃるのですか?」
「え…いないけど…」
「では、何の問題もありませんね」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。そこが問題でしょうに」

イアンににっこり微笑まれてしまうと返す言葉がない。
この人、何を考えているのかさっぱりわからない…。
だって恋人になるってことは、お互い好きになるってことでしょ?その先だって…。
イアンのことを好きかって聞かれれば、多分好きなんだとは思うけど…じゃあ、彼はあたしのこと好きなの?
そう喉まで出かかったけれど、涼はそれを言葉にすることができなかった。
きっと、成り行きでそうなっているだけ…本当にそんなこと思うはずないもの…。



『今から恋人同士になればいいんですよね?』

自分でも、まさかこんな言葉が口から出てくるとは思わなかった。
イアンは書類に目を通すフリをして、今言った言葉を心の中で繰り返す。
彼女を預かると言ったことについてはそれが一番いい方法だし、間違っていなかったと思うが、恋人になることまではさすがに考えていない。
しかし、言ってしまった今、後悔していない自分がいるのも確かだった。

彼女が何者かに連れ去られた時、自分の前からいなくなって…。
そして、秀吉に彼女を欲しいと言われた時、絶対に渡したくないと思った。
あんな思いをするくらいなら、いっそ自分の側に置いておけばいい…。

彼女の表情を見れば、戸惑いと不安が一目でわかる。
まだ短い時間しか接していなかったが、押しに弱い部分があることをいいことにこんなことを言ってしまった。
それでも絶対に嫌だと言わなかったのは、少しは自分のことを好きという気持ちがあるのだと思ってもいいのだろうか?

ホテルに車が戻って来ると涼は、自分の置かれている立場を改めて思い起こす。
イアンはさっきあんなことを言っていたけど、本当にそうなのかしら?
恋人同士になるなんて…。
そんな涼の思いなどまったく気にしないイアンは、躊躇いもなく彼女の腰に自分の腕を回して歩き出す。
涼には、それが嫌だとかそういう気持ちはまったくない。
むしろそうしている方が、安心する気さえするのだから不思議だった。

リックはどこに部屋を取っているのかわからなかったけど、イアンと涼が部屋に入るのを確認するとそのままそこで別れた。
この部屋には、イアンと涼の二人きり―――。

「ねぇ、イアン?本当にここで、あたしと一緒に―――」

最後まで言い終わらないうちに涼の唇は、イアンのそれによって塞がれていた。
それは一瞬にして離れてしまったけれど、見つめ合う二人は再び唇を合わせる。
初めは触れるだけのものだったが段々と深くなり、涼は自然にイアンの首に自分の腕を回していた。
好き―――という答えは明確に出せなかったけれど、今はっきり言えることは彼の側を離れたくない。
その気持ちだけ…。

二人は、どれくらいそうしていたのだろうか?
こんなに長いキスをしたのは、初めてかもしれない。
そう思うくらい、いつまでもお互いの唇から触れることができなかった。
最後にイアンは、名残惜しむかのように涼の額こくちづけをおとす。

「涼さん。食事は、どうされますか?私は、いつもルームサービスで済ませてしまっているのですが」
「え?うっ、うん」

涼にとっては食事どころではなかったと言うのが、本音である。
しかし、体は正直で…。

「何がいいですか?何でも好きなものを頼んでいいですよ」
「ほんと?じゃぁ、ねえ…」

食べ物には本当に弱いなと涼は思うが、こればかりはどうしようもない。
そんな涼がイアンには可愛くて、また笑みがこぽれてしまう。

「あっ、イアン。今、笑ったでしょ」
「えっ、そんなことないですよ」

本当はそうだが、ここでは紳士を装い敢えて違うと言っておく。

「うそ、笑ったもん。イアンって、いっつもあたしのこと笑うでしょ」
「それは、涼さんが可愛いからです」
「だからっ!」

イアンは『怒った顔も可愛い』と思ったが、そこまで言うと本気で涼を怒らせてしまいそうなので、それ以上はロにしないことにする。
初めて彼女を見た時、本当に可愛らしいと思ったが、ここまで嵌ってしまうとは思ってもみなかった。
女性が苦手だったはずなのにこんな歯の浮くような台詞を自らロにしているなんて‥。
そういう男達を軽蔑の眼差しで見ていたはずの自分が…。
変われば変わるものだと我ながら驚いてしまう。
こんなところを秀吉になど見られようものなら、後で何を言われるかたまったもんじゃない。
涼にわからないように苦笑するイアンだった。



涼は食事を終えてお腹一杯になったのと昨日と今日で色々なことがあったからか、ソファーでうとうととしかけていた。
イアンはというとホテルに居ても、仕事なのか真剣な顔でデスクのパソコンに向かっている。

「涼さん、そんなところで眠っていたら風邪を引きますよ?色々なことがあったし、もう休まれた方がいいですね」
「うん。イアンは、まだ仕事なの?」
「ロンドンとの時差がありますからね」

イアンは日本での仕事と同時進行で、ロンドンの自社の仕事もこなしていた。
日本との時差の関係で、どうしても夜遅くまで仕事をしなければならない。
そこに不可抗力とはいえ、涼は誘拐などという迷惑をかけてしまったことを今更ながらに思う。

「ごめんね」
「どうして、涼さんが謝るんですか?」

イアンは、キーボードを打つ手を止めると立ち上がって涼の隣に腰掛ける。

「だって、あたしが気をつけていないばっかりにイアンに迷惑かけて…」
「ちっとも迷惑なんて思っていませんよ。こちらこそ、涼さんを危ない目に合わせてしまったんですから。それに涼さんのおかげで、仕事の方も順調に進んでいるんですよ」

涼が一緒にパーティーに出席してくれたおかげで、話がスムーズに進んだのは事実。
中でも西蓮寺の力は大きいものがあった。
イアンにとってみれば、涼に感謝することはあっても謝られることはないのだ。

「涼さんは、側にいてくれるだけでいいんです。そう言ったでしょう?」

イアンは、涼の肩にそっと腕を回して自分の胸に抱き寄せる。
その言葉に安心したのか、涼はいつしかイアンの胸で眠りについていた。


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