Stay Girl Stay Pure
Story9


「いらっしゃいませ。―――涼ちゃんっ!!」

店に入って来たのが涼だとわかったじゅんは、周りの客のことも忘れて大きな声を出した。

「じゅんさん」
「涼ちゃん、大丈夫なの?もうっ、心配したんだからね」

接客をしていたじゅんは、急いで涼を空いていたカウンター席に座らせる。

「ごめんなさい。心配掛けて」

イアンからじゅんにだけは連絡していると聞いていたので、涼は一番にここにやって来た。
もちろんイアンも一緒に。

「俊ちゃん。涼ちゃんに何か暖かい飲み物を―――」
「それは、私が」

じゅんが言い終わるか終わらないうちに脇からイアンがそう言うと着ていたスーツのジャケットを脱いで、ワイシャツの腕を捲くる。
どうやら、涼に紅茶を作る気のようだ。

「でも…」
「じゅんさん、イアンに任せて。彼の作る紅茶は、とっても美味しいの。あたしも飲みたいなって、思ってたから」

じゅんは黙ってイアンをカウンター内に入れると彼は、手際よく紅茶を入れ始める。
この店も昼間はスコーンなどアフタヌーンティーも扱っているので、紅茶の種類は結構多い。
すぐに店内に紅茶のいい看りが広がってくる。

「さぁ、涼さん。どうぞ」
「あ〜いい匂い。いただきます」

まだ数えるほどしかこの紅茶を味わっていないけれど、涼はなぜかこれを飲むとホッとする気がしていた。

「美味しい」
「それは、よかった」

イアンは、にっこり微笑むと涼の隣に腰を降ろす。

「あなたは、前にうちの店にいらした」
「はい。すみません、私が側にいておきながら涼さんを危ない目に合わせてしまって」
「私にはよくわからないんですが、涼ちゃんもう大丈夫なんですか?また何か」
「そのことで、ご相談にあがりました。涼さんのお姉さん、えっと凛さんはまだ戻られていませんか?」
「ええ。夜には戻ると昨日は言っていましたが、まだ」

そろそろ帰って来る頃だったが、凛はまだ店には現れていない。

「じゅんさんっ、涼ちゃんは!」

ちょうどそう話している時に店の扉が勢いよく開いて涼にそっくりな女性が、(厳密に言うと涼がそっくりという方が正しい)入って来た。
さすが姉妹だなと感心している場合ではないのだが、さっきから何事が起きたのだと店内の客は思っているに違いない。
まだ残っている客を追い出すわけにはいかないが、取り敢えずじゅんは俊に店の入り口にCLOSEの札を掛けさせる。

「凛ちゃんのことを待ってたのよ。涼ちゃんは、ここにいるから。まぁ、落ち着いて座って」
「涼ちゃんっ」

凛は涼が無事なことを知ってホッとしたのか、涙ながらに涼に抱きついた。

「凛ちゃんにまで迷惑かけて、ごめんね」
「昨日じゅんさんに電話をもらった時は、どうしようって思ったんだからね。でも、よかった。なんでもなくて」
「ほんと、ごめんね」
「ううん。あたしは、涼ちゃんが無事なら、それでいいのよ。じゅんさん、ビールちょうだい。なんかホッとしたら、飲みたくなっちゃった」
「はいはい」

凛は、ふと涼の隣にいる外国人に目がいった。
初めは単なる客なのかなと思っていたが、様子から見てそうでないようだが…。

「涼ちゃん、この方は?」
「あっ、忘れてた。えっとね」
「申し遅れました。私は、こういう者です」

涼に紹介される間もなくイアンは、席を立つと凛に名刺を差し出した。

「私は、涼さんの勤める会社を含んだ企業を総括するグローバル・ホールディングスの責任者です。昨日から彼女には私について仕事をしてもらっていました。今回の責任は、全て私にあります。大事な妹さんを危ない目にあわせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

そう言って、頭を下げたイアンに凛も当人の涼もどう答えていいかわからない。
しかし、もしものことを考えれば謝って済む問題ではないのだ。

「涼ちゃんは無事にこうして戻って来たのだから、今更あなたにどうこう言うつもりはありません。でも、だからといって、このままでいいとは思っていませんよ。あなたの言うように大事な妹を危険な目にあわされたという責任は取ってもらわないと」
「ちょっと凛ちゃんっ」

何を言うのかと思ったが、涼はまさか凛がこんなことを言うとは思っていなかった。

「お姉さまの言うことは、最もなことだと思います。責任は、きちんと取らせていただくつもりですから」
「イアンまで…」

なんだか話がこじれてきたような気がするのは、気のせいだろうか?

「私が日本にいる限り、涼さんに身の危険が及ぶことは十分に考えられます。だからといって、私はまだ日本を離れるわけにはいきません」
「だったら…」
「涼さんを私に預からせていただけませんか?」
「「ええ?!」」

また、二人の声が店内に響き渡ったが、3度目ともなれば客も慣れたものだった。
でも、預かるというのは…。

「イアン、預かるって?」
「はい。涼さんには、私と一緒に住んでもらいます」
「住むって、ええ?!なんでよ」
「それが、一番安全だからです」
「だからって、一緒に住むなんて。どう考えてもおかしいじゃない」
「では、他に方法はありますか?」
「うぅっ」

涼は返答に困ってしまう。
―――その方が安全かもしれないけど…だからって、一緒に住むという考えは飛躍し過ぎでしょうに。
イアンの考えることは、さっぱりわからないわ…。
確かにここへ来る前、秀吉との一件の時も涼はイアンの側にいることを選んだけれど、それとこれは違うのではないだろうか?

「そうね。それがいいわ、涼ちゃん」
「はぁ?ちょっ何?凛ちゃんまで」

そこは普通、『何言ってるの!』くらい言うところでしょう。
凛だったら、絶対にそういうと思っていたのにイアンの味方をするなんて…。

「そうすれば、あたしは俊ちゃんと一緒に住めるじゃない?フライトで留守の時も、涼ちゃんひとり残す心配もないし」

「ねえ、俊ちゃん」とかなんとか甘い声なんて出しちゃって、凛ちゃんったら変わり身早いんだから。
―――でも、イアンと住むなんて…いくらなんでもこればかりは、ハイって言えないわよ…。

「では、お姉さまの承諾も得られたことですし、さっそくホテルへ戻りましょう」
「ちょっとイアンっ!勝手に決めないで。あたしの意思は、どうなるの?」
「さっき側にいて欲しいと言ったのは、涼さんですよね?」

『今度は、そうきたか…』

確かに言ったけれど、こうなるなんて誰も想像しないでしょう?
そんな叫びも虚しく、イアンとあのホテルで暮らすことになってしまった涼。
3ケ月間という期間のうち、まだ1日しか経っていないのだと思うとまるで浦島太郎のようだなと涼は思う。
ただ、なんとなくだが涼はこの突拍子もないような展開が嫌ではなかった。
むしろ、楽しい日々になるのではないかという気さえしてしまう。
まだまだ何が起こるかわからないけれど、イアンと一緒にいれば絶対大丈夫。
そう心に思う、涼だった。


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