Stay Girl Stay Pure
Story16


二人とも人が作っているのを見るのとは勝手が違うのか、思うように手が動かない。
イアンに限ってはついさっき生まれて初めて“たこ焼き”という食べ物を見たのである、結果はご想像にお任せしよう。

「やっぱり、どう見ても秀吉さんの方が有利よねぇ?」
「よねぇ…」

凛とじゅんの諦めにも似た言葉に、涼も口には出さないにしても同感せざるを得ない。
―――あ〜ぁ、この分だとあたしは、秀吉にキスしなきゃならないわね…。
ゲームとはいっても、こればかりは微妙な心境だ。

「残り、あと5分で〜す」

俊太郎の残り時間を告げる声に、イアンには悪いが『仕方ないかぁ』と涼も覚悟を決めた。

「はい。終了」

一応判定は残りのみんなですることになっていたが、誰が見ても一目瞭然。
何でも出来るイアンにもこればっかりは、無理だったよう。

「では、この勝負秀吉さんの勝ちとします。勝者の秀吉さんには、涼さんのキスで〜す」
「きゃ〜涼ちゃんっ」
「早く、早くぅ」

暢気な俊太郎に凛もじゅんも、涼の気持ちを知っていながらつい調子に乗ってしまう。
―――全く、二人とも他人事だと思って…。
だいたいね、『イアンがいけないのよ?勝たないからっ』と毒づいてみてもしょうがない。

「わかりましたよ。すればいいんでしょ?すれば」
「なんだよ、その投げやりな言い方はさ」

さすがに涼の言い方には、秀吉も不満そう。
確かに勝負は勝負、負けは負けだし、元はと言えば自分で言い出したのだから自業自得。

「だってぇ…」
「そんなに嫌なのかよ、俺にキスするの」
「え?そういうわけじゃないけど」

―――そうよね?外国では普通に挨拶でもするんだし、だいたい口にするわけじゃないんだものね。
某人気スターが出演してるバラエティー番組のビストロS○○Pだって、ゲストが勝者のほっぺにチュウくらいしてるじゃない。

「だったら、ここな」

秀吉が涼の顔の前に頬に指をあてて、突き出すような格好をしている。
今までずっとイアンの表情を見ていなかった涼が、ちらっと彼に視線を向けるとわざと目を合わせないように俯いていた。

「はいはい」

涼は、小さく息を吐くと秀吉の頬にキスをする。
ほんの数秒触れる程度のことだから、そんなにたいしたこともないのだけれど…。
凛とじゅんに混じって俊太郎のヒューヒューという声が聞こえるが、リックだけは主人を思ってか何も言わずに黙っていた。

「これでいいでしょ?」
「なんか、物足りないなぁ」
「何それ」

そんな秀吉を他所に涼はイアンの側に行き、背伸びをすると彼の頬にも同じようにキスをする。
涼の突然の行動にあっけにとられたイアンだったが、周りもそれは同じだった。

「涼さん、どうして…」
「だって、イアンは生まれて初めて見たんだもの。負けたって、しょうがないでしょ?なのにあたしが変なこと言ったから。ごめんね」

反則かもしれないが、涼の体が勝手に動いていたのだから仕方がない。

「なんだよ。これじゃ、勝負した意味がないじゃんか」

ふて腐れたように言う秀吉だったが、内心はそれほど嫌だとは思わない。
むしろ涼らしさを感じて、とても温かい気持ちになっていた。

「だから、後片付けは秀吉とイアンでやってね」
「はぁ?嘘だろ。俺は勝ったのに、なんで後片付けしなきゃなんないんだよ。おかしいだろ」
「そうなんだけど、お相子ってことで」

「ね?」と涼にニッコリ微笑まれて、秀吉もそれ以上言うことができない。
―――これじゃあ、踏んだり蹴ったりだろう…。

「二人だけじゃかわいそうだから、後片付けは男性陣がやるってことでどうかしら?ねぇ、涼ちゃんにじゅんさん」
「「賛成!」」

男は、女性には弱いもの。
結局、初めからこうなる運命にあったのだ。

前置きが長かったが、やっと本来の目的であるパーティーのスタートである。

「涼さんは、とても上手ですね」
「そぉ?あたしね、これだけは得意なの。見た目だけじゃなくて、美味しいんだから。でも、イアンの口に合うかなぁ」

グルメなイアンにこんな庶民派の食べ物が口に合うのだろうか?

「すごくいい匂いですね。食べてもいいですか?」
「あっ、うん。はい、どうぞ」

楊枝に刺してイアンの口元まで持っていくと、そのままパクッと食べる。

「どぉ?美味しい?」
「はい。こんなに美味しいものは、食べたことがありません」
「やだ、イアン。大袈裟じゃない?」

二人が楽しそうに話している姿を見ていた秀吉は、ちっともおもしろくない。

「なんだよあいつら、見せ付けてくれちゃって。まるで恋人同士じゃねぇか」
「そうですね」
「そうですねって、リックそうなのかよ」
「さぁ、私はお二人のことについては存じておりませんが。ただ、長い間セシルさまと一緒にいますが、あのような姿は一度も見たことがありません」

リックは、イアンが今の地位に就いてからというものずっと秘書として働いてきたが、女性と一緒にいるところも見たことがないし、それよりあんなに楽しそうにしている姿さえも見たことがなかった。
ここに着いた際のキスといい、なんといっても今は一緒の部屋に住んでいるのだから…。

「だよな、俺だって見たことないし」
「私は、東さまとセシルさまのあのような姿を見るのも初めてです」
「あぁ?まぁな。大人気ないって思ったんだけどさ、どうも涼が間に入るとダメなんだ」
「涼さまは、不思議な方ですね」
「あいつ、可愛いだけじゃないんだよな。素直っていうか、子供っぽいっていうのとも違うなんかうまく言えないんだけどさ」
「東さまの言いたいことは、わかるような気がします。涼さまは、少女のように純粋な心を持った方、なんでしょうね」

だからこそ、イアンは涼に心を開いているのだろう。

「そう言えば、涼を連れ去ったやつらが何か動き出したようなんだ。リックは、知ってるか?」
「はい。それとなく情報をつかんでいますが、詳しいことはまだ」
「気をつけた方がいいぞ。あいつら今度は、イアンに手を出すかもしれない」
「わかりました」
「俺も力になるからさ。まっ、あいつは絶対頼らないと思うけど」

あははと笑う秀吉にリックは熱いものを感じて、胸がジンとなった。
口では色々言っているが、相手のことを思いやる優しい青年だということも。

「涼、俺にもたこ焼き食わしてくれよ」
「はい、どうぞ」
「違うって、イアンみたいに食べさせてくれってこと」
「もう、秀吉ったら子供みたい」
「イアンは、子供じゃないのかよ」

そんな3人を微笑ましく見つめるリックだった。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.