Stay Girl Stay Pure
Story17


ホームパーティーの日から、すっかりたこ焼きが気に入ってしまったイアン。
ホテルの部屋にマイ・たこ焼き器を設置して、毎夜作ってる。
―――まるで、本当の関西人みたい。

「涼さま。セシルさまの腕は、だいぶ上達したようですね」
「そうなのよ、毎晩やってるから。でも、あんなに食べて飽きないのかしら?」

ホテルのルームサービスを中止して、夕食は決まってたこ焼きだった。
いくら気に入ったとはいえ、よく毎日食べて飽きないものだ。
リックと二人でじっと眺めていたが、全く視線に気づかないイアン。

「あっ、そうだ。ねぇリック、ちょっとだけ外に出てきてもいい?」
「え?それは…」

あの事件以来、涼がイアンと共にこのホテルで暮らすようになってから特に何も起きていない。
でも秀吉の話ではないが、よからぬ連中が密かに動き出していることをリックもつかんでいたし、それよりもイアンが、うんとは言わないだろう。

「ちょっとそこのコンビニに行くだけだから、ね?すぐ戻るし」

実は、今朝からどうもお腹の調子が…。
これは月に一度の女の子の日が来る前兆、ナニを持ってきていなかったので買いに行きたいのだが、こんなことをリックに頼めないし、わざわざ付き合ってもらうのもね。
それにホテルの前の道路を挟んだ向かいにコンビニがあったし、かえって人目のつくところの方が安全な気がするから。

「でも…セシルさまに涼さんを部屋から出さないように言われていますので」
「うん、ちょっと買いたい物があるの」
「それなら、私が買ってきますから」
「そういうわけにもいかないのよねぇ」

リックは暫く腕を組んで考えていたが、涼の気持ちを察したのか、ポケットから何やら小さな四角い物を取り出した。

「わかりました。では、万が一のため、これを持って行って下さい」
「何、これ?」
「GPS受信機です。もし、涼さまに何かあってもすぐに居場所を特定できますので」
「ふ〜ん、こんなのあるのね」

涼は、リックからそれを受け取るとそっと部屋を出る。
いつも、必ずイアンが側にいるからひとりで外に出るのはかなり久しぶりのこと。
それに出る時は車だし、こうやって歩いて行くこともなかったのだなと思った。
―――やっぱり、外はいいなぁ。
などと暢気にコンビニに入ると、本来の目的をすっかり忘れついつい雑誌コーナーに目がいってしまう。
と、ちょうど、その時。

「リック、涼さんが見当たらないようだけど」

涼が出掛けてだいぶ時間が経っていたが、一向に戻って来る気配がない。
その前に涼がいないことに気づいてしまったイアン。

「はっ、はい。あの…ちょっとそこのコンビニまで…」
「何?ひとりで、出掛けたって言うのか?」

まさかひとりで出掛けたとは思ってもみなかったイアンは、大きな声と共にリックに詰め寄る。
あれほど、ひとりにしないように言ってあったはずなのにどうして…。

「すぐ側ですし、目立つ場所なので、大丈夫かと…それにこれを持っていますので、万が一何かあっても居場所はつかめます」
「いくら近くでも、どうして一緒について行かなかったんだ。あれほど、ひとりにしないように言っていたのに」

イアンは、苛立ちを隠せない。
―――もしものことがあったら、どうするんだ…。

「申し訳ありません、どうしてもと言われまして…」
「出掛けたのは、どれくらい前なんだ?」
「はい。かれこれ一時間近くに…」
「一時間?そこのコンビニだろう、ちょっと遅過ぎやしないか?」

リックもイアンと同じことを考えていたが、GPSで確認すると涼はまだ店内にいることになっている。

「私もそう思いましたが、GPSで確認しますと涼さまはずっと店内にいられるようなので」
「それ、ちゃんと動いてるのか?」
「恐らくは…」
「恐らくってなぁ」

イアンはリックの曖昧な返事に呆れて、デスクの大きな椅子にもたれるようにして座る。
いつも冷静沈着なリックが、一体どうしたというのだ…。

そんな時に電話が鳴った。

「はい」
『イアン・セシルさんは、そちらでよろしいですか?』
「イアン・セシルは私ですが」
『根上 涼という女性をご存知ですよね?』
「涼さんが何か」

聞き覚えのない低い男の声に、イアンの中で嫌な予感が走る。

『無事に帰して欲しかったら、マイクロフィルムを持って来るんだな』

急に話し方が変わった相手にやはりそうだったかと…。

「オイっ、涼さんをどうしたんだっ!」
『聞いていなかったのか?お嬢さんを帰して欲しければ、すぐに持って来い。従わなければ、命の保障はないと思え』

今回イアンが日本に来た目的である重要な契約のための極秘資料がそのマイクロフィルムに納められているのだ。
しかし、いくら涼を助けるためとはいってもそれを簡単に渡すわけにはいかない。

「涼さんは、無事なのか?」
『あぁ、心配するな。今から指定する場所に30分以内に来い。ただし、お前1人で来ること。もし、反した場合は、わかっているな?』

男は、場所を告げると一方的に電話を切った。

「セシルさま、涼さまに何か…」

電話でのただならぬ会話にリックが、顔色を変えてイアンのデスクに前に来る。

「何者かに連れ去られたようだ。今度は、敵も本性を現したようだな。例のフィルムを持って来いとさ」
「え…」

まさかとは思ったが、こんなことになってしまうとは…。
自分の軽率な行動によって、涼にもイアンにも取り返しのつかないことをしてしまったと反省しても、もう遅い。

「セシルさま、どうされるおつもりですか?」
「フィルムを渡すしかないだろう」
「でもっ」
「フィルムより、涼さんの方が大事なんだ」

リックは、何も言い返すことができなかった。
今はただ上司に従い、涼を助けることだけ。

「時間がない、すぐに約束の場所に向かわないと間に合わないんだ。リック、タクシーを呼んでくれ」
「それなら、私が運転して」
「敵は、ひとりで来いって言うんだ」
「そうは言いましても…」

いくらなんでもイアン1人で行かせるわけにはいかないが、もし相手が逆上して涼にもしものことがあったら…。

「GPSを貸してくれないか?」
「わかりました」

リックがGPS受信機をイアンに渡すと「頼むぞ、ちゃんと動いてくれよ」と小さな四角い箱に向かって話し掛ける。
すぐにフロントに電話を掛けてタクシーを手配すると、二人は急いで部屋を出た。

「セシルさま」
「大丈夫だ。涼さんを必ず助けてみせる」

笑って車に乗り込んだイアンを見送るリックは、ただただ心の中で二人の無事を祈るしかなかった。
とそこへ―――。
聞き知った、明るい女の子の声が…。

「リック、こんなところでどうしたの?イアンは、どこかに出掛けたの?」
「涼さま、どうして…」

連れ去られたはずの涼が、どうしてここにいるのだろうか?

「ごめんね、遅くなっちゃって。つい漫画に夢中になっちゃって」

可愛らしく、ペロッと舌を出す涼。

「誰かに連れ去られたのでは、ないんですか?」
「ううん。ずっとコンビニにいたけど」

ということは…これは、罠―――。

「マズイ、セシルさまがっ」
「ちょっとリック、イアンがどうしたの?」

慌ててイアンを追いかけるリックだったが、涼は何がなんだかさっぱりわからなかった。


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