Stay Girl Stay Pure
Story19


イアンが出て行ってからだいぶ時間が経っていたが、相手からの要求もリックからの連絡もない。
ホテルに残っていた秀吉は、パソコンに向かって調べ物をしたりどこかに電話を掛けたり。
涼は、ただそれを見ていることしかできなかった。

「涼、少しは眠った方がいいぞ。後は、俺達でなんとかするから」
「う…ん…」

ソファーでクッションを抱えてうとうとしている涼を見て秀吉はそう言ったのだが、イアンのことが心配ということもあったけれど、涼には眠れない理由が別にある。

「どうした?」
「う…ん。あたし、抱き枕がないと眠れないの」
「抱き枕?抱き枕って、あの変な形した長いやつか?」
「そう」

色々な形状のものがあるが、秀吉が思い浮かべたのは、なんかこうツチノコみたいな形をした物だった。
しかし、抱き枕がないと眠れないなんて、涼らしい…。
―――あれ?でも、涼はここでイアンと一緒に住んでたんじゃないのか?
だったら、今までどうやって寝てたんだろう。

「今まで、どうやって寝てたんだ?」
「え?イアンと一緒に寝てたから」
「はぁ?!」

―――オイオイ、まさかイアンが抱き枕とか言うんじゃないだろうな?
そういう関係になっていたのかと少し寂しい気持ちの秀吉だったが、あのイアンが抱き枕の替わりなのか?
と思うとなんだかおかしくもある。

「そうか、だよな。あいつと一緒にここに居れば自然とナニだなぁ。若い男女なんだし、そういうこともあるさ。うんうん。で、イアンはスゴイのか?」
「ちょっと!こんな時に何わけのわからないことを言ってるの?イアンがそんなこと、するわけないじゃない」
「あ?イアンは、何もしないのか?」
「え…」

言われてみれば、イアンは何もしない。
ただ、一緒のベットに寝ているだけ…。

「嘘だろ?」

驚きを隠せない秀吉。
涼みたいな可愛い子に抱き枕の替わりにされて、手を出さない男がいるというのが信じられなかった。
―――あいつ、いくら女嫌いとは言っても、そっちの方を知らないってことはないだろうし…。
なんて、どうでもいいことを考えたりして…。

「嘘じゃないわよ。イアンは何もしないもの」
「そっか」
「それって、変なのかな?」

秀吉だってそう思ったくらいなんだから、何もない方がおかしいんじゃない…。

「あ?変ってことはないだろう。我慢できるやつは、できるんだろうし」
「イアンがってこと?それとも秀吉が?」
「いや、俺は我慢できな…あ〜もうそんなこと気にするな。眠れないなら、俺が抱き枕になってやるぞ?」
「遠慮しとく」
「だぁ〜。お前なぁ、そういうこと言うかぁ」

すっかり落ち込んでしまった秀吉だったが、これで『うん』なんて言われたら、それこそ抑えがきかないだろうから。
それより、まずイアンを呼び出した黒幕を突き止めなければ…。
再び、パソコンの前に向かう秀吉だった。

+++

結局、涼はソファーでうとうとしたまま朝を迎えると電話の音で目を覚ました。
―――あれ、電話?
周りを見回すと秀吉はデスクに突っ伏して眠っていたが、涼と同じように電話の音で目を覚ましたようだ。

「秀吉、電話が」
「わかった。俺が合図したら、出てくれないか?」

電話機に何か取り付けていたのは、恐らく逆探知の装置だったのだろう。
秀吉が頷いたのを見て、涼は電話に出る。

「もしもし」
『根上 涼さんですね?』
「はい。そうですけど」
『イアン・セシルさんを無事に帰して欲しければ、今から30分以内にマイクロフィルムを持って、あなたの居るホテルから1番近い地下鉄の駅に来てください。必ずあなた1人で、いいですね?』
「イアンは、無事なの?」
『もちろんです。では…』
「ツーツーツー」

相手はそれだ言うと電話は、切れた。

「だめだ。短すぎてこれでは、特定できない」

すぐに秀吉は逆探知機を使って発信元を調べるが、会話が短すぎてこれでは特定不可能だ。

「ねぇ、秀吉。どうしよう…」
「ここから1番近い地下鉄の駅っていうと歩いて5分かそこらだろう?取り敢えず、30分以内にフィルムを持って行くしかないな」
「大事なフィルムを渡してもいいの?それにここにはないって」
「俺が、そんなヘマをするはずがないだろう?もちろん渡すつもりなんてないが、あいつらには本物だと見せておかないと今度こそマズイと思う」

初めからフィルムを渡す気などさらさら秀吉にはなかったが、この状況では本物を見せておかないと今度こそイアンの命が危なくなってしまうかもしれない。

「とにかく、リックに聞いて用意させるから。涼、頼んでもいいか?」
「わかった」
「信じて欲しい、俺が必ずイアンも涼も守ってみせるから」

力強い秀吉の言葉を信じて涼は頷くと、すぐに彼はリックと連絡を取ってフィルムの場所を聞き出した。
そうこうしているうちにタイムリミットまで、あと10分。
涼はGPSを装着し、大事なフィルムをバックに入れると指定されたホテルから1番近い駅に向かって歩いて行く。
敵はどこから現れるかわからないが、今は秀吉の言葉を信じるしかなかった。
慎重に周りに気を配りながら約束の時間ギリギリに地下鉄の駅入り口に到着したが、入り口は全部で3つある。
―――どこなのかしら?
涼を誘拐した相手なのだろうから顔はわかっているはずと、近い入り口の前で待つことにした。
イアンは無事なのか?そんなことを考えながら待っていたが、5分過ぎても10分過ぎても誰も現れない。
もう来ないのではないかと思われた瞬間、目の前に一台の黒い車が止まり、ドアが開いたと同時に涼は車内に引き込まれていた。
あっという間の出来事で、近くに張っていた秀吉でさえも見逃してしまうくらいだったが、それは想定内のこと。
配備していた数人の仲間と共に秀吉が小回りの利くバイクで後を追い掛ける。
ただ、想定外だったのは、涼まで連れて行くとは思わなかったこと。
とにかく見失わないようにするしかない。



どれくらい走ったのか、そこは思った通りイアンが居ると思われる場所と同じ住宅街。
涼が建物の中に入ってしまえば、助けることが難しくなる。
秀吉は先回りしていた仲間に連絡を取り、車が到着する前に涼を救い、敵に成りすまして室内に侵入する旨を伝える。
慎重に事を進めなければ、イアンだけではなく涼までも…失敗は、許されないのだ。

車が角を曲がったところで、待ち伏せしていた秀吉の仲間が車を遮るように停車させると、四方向のドアを開けて中に乗っていた男を全員捕らえる。
車内にひとり残された涼は、何がなんだかわかっていない。

「涼、大丈夫か?」
「秀吉…これって…」
「詳しいことは後で、今はイアンを助ける方が先だ。涼、悪いがさっきの続きでこのまま捕まったフリをしていてくれないか?」

秀吉を含めた4人で、涼を連れ去った男達に扮して何事もなかったように再び車を走らせる。
これからが勝負。
建物の前で車を止め、涼を秀吉ともう1人の男性が挟むようにして内部に入り、階段を下りて行くとそこは地上とはまるっきり違う世界。
暗証番号のようなものを入力して鉄の扉を開けて奥に進むと、数人の男に取り囲まれたイアンの姿が目に入る。
椅子に縛られているようだが、特に怪我などをしているようには見えない。

「イアンっ」

思わず叫んでしまった涼。

「涼さん。どうして…ここに…」

「ご対面はここまで、ってところかな。お嬢さん、早速フィルムを渡してもらおう」

不敵な笑いを浮かべた男はサングラスを掛けていて顔はよく見えないが、歳は40代くらいだろうか?
涼の周りにいるのは自分の仲間だと思っているからか、男やその近くにいる者には全く警戒心がない。
秀吉に目配せされて、涼はバックの中のフィルムを取り出す。
その瞬間を狙って、涼を挟んで秀吉の反対側にいたもう1人がその男を取り押さえてナイフを突きつける。
男の近くにいた者は、さすがに手を出せない。

「ははは、まんまと引っかかったな。俺達は、あんたらの仲間とは違うんだよ」
「なんだと」
「観念しろ、もう逃げられねぇよ。この辺りは、とっくに警察が取り囲んでいるからな」

さすが秀吉、只者ではないと思ったが、あまりに見事すぎて現実というより、まるで刑事ドラマを見ているようだなと涼は思った。
そのすぐ後に警察が踏み込んで来て、敵はあえなく御用となった。

「イアン、大丈夫?よかった、無事で」

手首を縛られていたせいで、少し赤いあとが残っているのを涼はそっと両手で撫でる。
―――でも、何事もなくて本当によかったと思う。

「私より、涼さんこそ」

イアンは、涼の存在を確かめるように抱きしめた。

「あ〜さっきのやつらじゃないけど、ご対面は俺のいないところでゆっくりやってくれ」

そんな二人を見てられないという様子の秀吉が、口を挟む。

「そうだった、ちゃんとお礼も言ってなくて。秀吉、ありがとう」
「いいよ。これが、俺の仕事だからな」
「え?」

―――これが仕事って、やっぱり秀吉は警察と関係があるの?
そう思った涼だったが、久しぶりに感じるイアンの温もりに今は酔いしれていたかった。


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