Stay Girl Stay Pure
Story2


『すぐに着替えを持ってこさせます』という彼の言葉通り、ホテルの女性が何やら大きな箱を抱えて部屋に入って来た。
中身を確認するとそれは、なんだかものすごく高そうなワンピース。
はっきり言って、やっと就職したばかりの涼が着られるはずがないようなもので、箱のネームを見ればそれが間違いないことを物語っていた。
しかし、とにかく今はこれに着替えるしか部屋の外に出る方法はないわけで…。
取り敢えず急いで着替えてリビングルームらしい部屋に行くと彼が、紅茶を入れている姿が目に入る。
―――うわっ、なによこれ?!
部屋の豪華さもさることながら、目の前にはこれまたいくらするのかわからないようなゴージャスなティーセットのオンパレード。
そして紅茶なんてティーパックでしか入れたことのないあたしには、きちんと葉っぱを入れて、温度計でお湯の温度を計りながら砂時計を見る彼の動作ひとつひとつが、驚きの連続で…。
そんな姿も妙に様になっているのだが、一体彼は何者なのだろうか?

「そんなところに立っていないで。さぁ、紅茶を入れましたので、どうぞ」

「こちらへ」と言われて、あたしはソファーの端の方に腰掛けた。
―――だって、この人妙にしぐさとかスマートだし、大体昨日の夜に何があったか知らないけどこんな部屋に連れ込むなんて、信用できないもの。
ローテーブルの上にではなく目の前にティーカップを差し出されて一瞬戸惑ったけれど、「何も、入っていませんから」とひと言付け加えられてそのまま受け取った。
あたしはコーヒー党だけど、この紅茶とってもいい香りがするわ。
なんて、呑気なことを思ってる場合じゃないんだけど…。

「私の名前は、イアン・セシルと言います。一週間ほど前にロンドンから仕事で日本に来ました」

青い目に金髪といってもどこの国の人なのかピンとこなかったけど、この人はイギリス人だったのね。
だから、紅茶の入れ方が本格的だったんだわ。

「セシルさん」
「イアンで、いいですよ」
「じゃあ、イアン。あたしは、どうしてここに?」

あたしがあまりにせかすものだから、イアンったらクスクス笑ってるし。
だって、気になるんだからしょうがないじゃない。

「そうですね。涼さんは昨日のことを覚えていないのですから、早く知りたいですよね」

イアンは、ティーカップをサイドキャビネに置くとあたしから直角の向きに置いてあるソファーに座る。
足を組むしぐさが、これまた板についていて目がいってしまう。
っていうか、足長っ。

「昨日は仕事が早く終わったので、ちょっと探検をしてみようとブラブラ歩いていたんです。そうしたらパブを見つけたので、懐かしくなって寄ったんですよ」

英国では、パブは軽い食事からアルコールまでを扱い、幅広く人々に利用されていて、最も親しみやすい場所と言えるだろう。
特にパブ・ジューンの英国の雰囲気をそのままにデザインされた店内は、祖国を懐かしんでやって来る客も多い。
イアンは、たまたま見つけたジューンに足を踏み入れるとより一層懐かしさが込み上げてきた。
たった一週間ほど、祖国を離れただけなのに懐かしいと思ってしまうなんて…。
いつも飲んでいる黒ビールをオーダーしてカウンターに座っていると勢いよく入口の扉が開いたと思ったら、開口一番『じゅんさんっ、聞いてよ!課長がねっ』と発しながら、若い女性が入って来たのだった。
その時の印象は、南プロヴァンスの丘一面に咲くひまわりのようだったとイアンは思い出していた。
少しブラウンがかったショートヘアに大きな黒い瞳がチャームポイントのとても可愛いらしい女性はイアンのことなど目に入らないのか、カウンター席に座ると店主である女性に向かって一方的に話し掛けている姿がなんだかとても微笑ましかった。

「何よっ、あの課長!!ちょっと書類にミスがあったくらいで、『君は、大学で何を勉強してきたんだ?』ですって。だってしょうがないじゃない、あたしは心理学科出身だし、それにまだ新人なのよ?間違えることだってあるわよっ」

どうやら、会社で上司に嫌味を言われたらしい。
しかし、いくら仕事上のミスとはいえ、こんな可愛らしい女性に嫌味を言えるものなのか?というのがイアンの感想だったが…。

彼女はいつもビールを飲んでいるのだろう、何も言わずに差し出されたグラスを一気に空けて、とにかく思っていることを吐き出すとやっと落ち着いたようだった。
そしてイアンに気付き、バツの悪そうな顔をしながらも片言の英語で謝りを入れる。

「ごめんなさい。あたしったら大声で、気を悪くしましたよね」

イアンにとって、今の光景はちっとも不快なものではなく、むしろ微笑ましいものだった。
だから、謝られる理由が見つからない。

「いいえ。なんだか私も、あなたの話を聞いてすっきりしましたよ」

流暢な日本語を話すイアンに驚いた様子の彼女。

「日本語、話せるんですか?」
「ええ。大学で日本語を専攻していたのと少しだけ留学したこともありますから」

イアンは大学で日本語を専攻していたことと、半年ほど留学経験もあったから、日本語はほぼ完璧に理解できる。
もちろん彼女の言っていることは、全てわかっていた。

「うわぁ、最悪。あたし、外人さんだから日本語わからないと思ってたのにー」

外人だから、まあ日本語がわからないだろうという先入観で彼女は話をしていたようだが、全部知られていたことに少し顔を赤らめた。
それがまた、チャーミングでイアンの心を惹きつけていたなどとは…。

その後、意気投合した二人はどっちがビールをたくさん飲めるかなどという競争をしたのだが、飲酒暦も長くビールに慣れ親しんでいたイアンの勝利は圧倒的なものだった。
カウンターの上に突っ伏して眠ってしまった涼をイアンは呼びよせた車に乗せたのは良かったが、揺すっても何をしても起きない彼女に仕方なく自分の泊まっているホテルに連れて行ったというわけだった。


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