Stay Girl Stay Pure
Story3
「根上さん。今日からグローバル・ホールディングスの方がお見えになるから、3ヶ月間ほどお世話をして欲しいんだけど。とても偉い方なので、くれぐれも粗相がないようにね」
月曜日の朝、出社するなり嫌味なことを言う課長に呼ばれて、こう告げられた。
いきなりお世話って言われても、何をすればいいのかしらね?
あたしは総務部に所属しているものの、そういうのは普通、秘書課の方で担当するんじゃないの?
「はぁ。でも、お世話っていうのは…」
「それなんだけどね。秘書課の方でと言ったんだけど、向こうはなぜか君のことを知っているようで、是非にって言うんだよ」
あたしのことを知っている?
グローバル・ホールディングスっていう名前すら聞いたことがないのにどうしてその人はあたしのことを知っているのかしら?
「15時になったら、車で迎えに来るそうだから」そう言って課長は、会議があるとかでそそくさと出て行ってしまった。
なんだか腑に落ちないけれど、業務命令だから仕方ない。
でも、車で迎えに来るって…どこかに行くのかしら?
席に戻ると隣に座っている2年先輩の由希(ゆき)さんが、待ってましたとばかりに椅子ごとゴロゴロと近づいて来た。
彼女は、とても綺麗な顔立ちをしているのに性格は至ってさっぱりとしていて、新人のあたしにも優しく接してくれるとても頼りになる先輩だった。
「涼ちゃん、すごいわね。グローバル・ホールディングスのお偉いさんのお世話をするなんて」
「そのグローバル・ホールディングスって、どういう会社なんですか?」
「え、涼ちゃん知らないの?そっか、新人だもん当然かな。あのね、グローバル・ホールディングスっていうのは、うちの会社を含めた世界数十の企業を統括している会社のことよ」
由希さんの話では、イギリスはロンドンに本社があって、ものすごく大きな会社らしい。
なんでも、日本での事業拡大のためにそこのCEOとかいう偉〜い人が、直々にうちの会社に来ることになったそうだ。
だけどイギリス?ってことは、がっ外人?!
ふと、先週末の出来事が頭をよぎる。
確か、イアンもイギリス人だったような…。
どうして、こうあたしの周りには外人が出没するのかしら…。
今はそんなことを考えている場合ではなくて、イギリス人ってことは英語よね?
あたしに英語なんて、話せるはずないじゃないっ。
どうするのよ…。
「由希さん、あたし英語なんて話せませんけど…」
「大丈夫よ。ボディー・ランゲージで、なんとかなるわ」
「ボディー・ランゲージって…」
楽天家の由希さんはこんなふうに言うけれど、実際はそんな簡単なものじゃない。
課長だって、さっき粗相のないようにと言っていたし…。
これで相手が気分を害して、大変なことになったらどうするのかしら?
+++
15時ぴったりに車が到着したとの連絡が入り、あたしは急いで玄関ロビーに向かった。
すると目の前には、ハワイに行くとよく見かける長〜い車が…。
ちょっと待って、リムジン?!
こんなところにリムジンって、ありなわけ?と思っていると助手席から降りてきた年の頃は30位だろうか?金髪よりは少し濃いブラウンヘアのイアンとはまた違った意味でカッコいい男性が、あたしに乗るように扉を開けてくれた。
一瞬躊躇ったものの、ここまでされて乗らないわけにもいかず、あたしは戸惑いながらも車の中に入る。
そこはさながら、高級クラブ(行ったことはないけど)のようだった。
―――うわっ、すごっ。
そして、そこに居たのは…。
「こんにちは。涼さん」
「うえっ、イアン?!」
あの時と同じ爽やかな笑顔で挨拶をするイアンの姿があった。
英語の心配をしなくても良かったって、え?グローバル・ホールディングスのCEOって、イアンなの?!
てっきり、CEOなんて偉い人はおじいちゃんに決まってると思っていたのにこの若さでそんな偉い人だったなんて…
「こんにちは。えっと、どうしてイアンが?いや、イアンさんが、えっとイギリスから来たお偉いさん…CEO?あ〜もうっ敬語なんて面倒くさいわね。って、イアンのことなの?あたしがジャパン・トレーディングに勤めているのも、どうして知っていたの?」
また一気に質問攻めにする涼が、イアンには可笑しくてたまらない様子。
クスクスと笑っているし。
「いつも通りに話していただいて、結構ですよ。まぁ、その前に紅茶を入れますから」
リムジンの中には何でも揃っていて、ホテルにあったものと同じくらいゴージャスなティーセットもあった。
ここが車の中だなんてことはすっかり忘れてしまうくらい、イアンは馴れた手つきで紅茶を入れ始める。
「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとう」
あたしは、イアンからティーカップを受け取るとそのまま口に含む。
自分で入れるとこんなにいい香りはしないけれど、イアンが入れるとどうしてこんなに違うのだろうか?
「美味しい」
「それは、よかった」
涼のひと言に笑みを浮かべながら、イアンも自分のカップに口をつける。
その姿も妙に様になっていて、やっぱり見惚れてしまう。
「それでは、涼さんの質問にお答えしますね。あなたの言うようにロンドンにあるグローバル・ホールディングスの肩書きはCEOということになっていますが、それ程たいしたことをしているわけではないんですよ。そして次になぜ涼さんが勤めている会社を知っていたのかという質問ですが、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、それは先週ジューンで会った時に涼さんから直接聞いたからです」
「課長に嫌味を言われているっていうので、私のお世話をしてもらうことにしたんですよ」と最後に付け加えられて、あたしはそんな余計なことまで話していたことをちょっとだけ後悔していた…。
そしてたいしたことはしていないとは言っても、誰でもCEOになんてなれるものではないだろう。
やはり、この若さでとなればそれ相応の実力と実績があったからに違いない。
「だけど、あたしはイアンのような立派な人のお世話なんて、できないもの」
いくらなんでも秘書の経験もないあたしが、イアンのような重要なポストに就いている人のお世話など、できるはずがない。
「それは、心配ありません。涼さんは、何もしなくていいんです」
「何もしないって、じゃあ何のためにここにいるの?」
何もしなくていいなんて、だったらあたしは何をするためにイアンの側にいる必要があるわけ?
それに3ヶ月間も…。
だいたい、この車はどこに向かってるのよ。
涼はただ、このままイアンに付いて行くしかなかった。
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