Stay Girl Stay Pure
Story5
パーティー会場は、イアンが泊まっているホテルとは違った趣のこれまた超がつく高級ホテルだった。
―――いくら側にいてくれさえすれば大丈夫だって言われても、どうしていいかわからないじゃない…。
イアンの後を付いて行くも、どうにも不安は拭えない。
なんで、こんなことになっちゃったかなぁ…。
「涼さん、どうかされました?」
そんな涼の様子を見て、イアンが心配そうに声を掛けた。
「ねぇ、本当にあたしも行くの?」
「そんな、顔をしないでください。私は、涼さんに嫌な思いをさせるためにここに連れて来たわけではないんですよ」
あまりに嫌だという思いが涼の顔に出ていたようで、イアンはちょっと困った表情を見せる。
実を言うとパブで知り合い、たまたまグループ会社に勤めていたというだけで、まだ会って間もない涼をこんな場所に連れて来たのには訳があった。
イアンは大のパーティー嫌い、自分の立場から言えばそれがメインの仕事と言っても過言ではないくらいなのだが、どうにも好きになれないのだから仕方がない。
日本はそうでもないが、本国イギリスではパーティーなど大小様々日常茶飯事、そしてこれまたイアンにとって女性同伴というのが大きなネックであった。
これもここだけの話、イアンは女性が少々苦手である。
自分を特別な目で見るというのもあったけれど、一見扱いには慣れているように見えるものの全くそんなことはなく、どう接していいかわからない。
ところが、涼だけは特別だった。
出会いが出会いだったからなのかもしれないが、先入観がなかったということも幸いしているのだろう。
いくら酔っていたにしても、女性を部屋に連れ込むなど生まれて初めての経験である。
これだけは言っておくが、誓って涼には手を出していないので。
それを知った秘書のリックの驚き様は、相当なものだったし…。
そして今回の来日の目的は、ある企業との重要な契約にあった。
だからどうしても、パートナーが必要だったのだ。
さっき言ったように涼が側に居てくれれば楽しい時が過ごせる、そう思ったのも事実だった。
仕事に付け込んで無理に誘ってしまったという思いもないでもないが、彼女にだけは側で笑っていて欲しかった。
「仕事だっていうのはわかってるんだけど、こういうの慣れてないし、もしものことがあったら取り返しがつかないでしょ」
「私に任せてくれれば、大丈夫ですから」
涼の不安を他所にイアンは、彼女の腰に腕を回すとしっかりと自分の方に抱き寄せる。
突然のイアンの行動に声を上げそうになった涼だったが、ブルーの透き通るような瞳で見つめられて、何も言うことはできなかった。
◇
―――なんだか、さっきから突き刺さるような視線を浴びているのは気のせいだろうか?
大きな部屋に案内されて足を踏み入れるとそこは、別世界だった。
なんというのだろうか?映画で見たりするような外国の社交界とか、そういう言葉がぴったり当てはまる感じ。
ここは日本の東京だということも忘れてしまうくらい華やかで、まったくもって自分には不釣合いな場所であった。
だからなのか多分、新参者の涼が珍しかったのだろう、それか隣に居る妙に目立つ外国人のイアンなのか…。
イアンはこの世界では知らない者はいないほどの容姿と実力を持った人物ではあるが、パーティー嫌いは有名で滅多に姿を現すことはない。
それが、この場に居るだけでも相当珍しいというのにましてや腰にしっかりと腕を回しての女性同伴とは…。
その女性がこれまた、可愛らしいのなんの…などと当人は全然思ってもいないことだったけれど。
「ねぇ、イアン。なんか、ものすごく視線が痛いんだけど…」
「そうですか?まぁ、私は滅多にこういうところへは来ませんから、きっと珍しいのでしょう。それより、涼さんはカクテルがいいですか?それともワインの方がいいですか?」
「え?あっ、う…ん」
―――なんか、うまく誤魔化されてるような気がするんだけどなぁ。
と涼は呑気な解釈をしていたが、イアンは少し違ったかもしれない。
というのもみんなは自分を見ているのではなく、涼に見惚れていたのだから。
もちろん、イアンもその一人だったのだが…。
「やぁイアン君、よく来てくれたね。取り敢えず招待状は出しておいたんだが、来てくれないかと思っていたんだよ」
と、そこへ現れたのは、白髪交じりで年齢は50代位だろうか、とても上品な紳士だった。
「これは、西連寺(さいれんじ)さん。すぐにご挨拶に伺おうと思っていたところでしたが、遅くなってしまい申し訳ありませんでした。本日は、創立100周年のパーティーにお招きありがとうございます」
イアンの様子を見ると西連寺と名乗る男性は、とても親しい間柄のように感じられる。
「いや、おかげさまでうちもなんとか、ここまで来られたよ。まぁ君も忙しい身だろうから、構わないんだけど。それよりイアン君、そちらの可愛らしい女性を私に紹介してくれないのかい?」
西連寺はイアンに久しぶりに会ったことよりも、涼のことが気になる様子。
それもそのはず、彼はイアンが女性を連れて来たのをまだ一度も見たことがなかったのだから。
「はい、そうでしたね。こちらは、ジャパン・トレーディングの根上 涼さんです」
「そうですか、ジャパン・トレーディングの。初めまして、根上さん」
「はっ、初めまして。根上です」
慌てて挨拶を返した涼だったが、いきなり手を握られてびっくりしたなんてもんじゃない。
お偉いさんというのは、こういうのが普通のだろうか…。
「涼さん、こちらはワールド・バンクの頭取である西連寺さんですよ」
―――はい?
ワールド・バンク、ですって?それも頭取って…。
ワールド・バンクというのは日本で一番大きな銀行で、世界でも有数の大銀行で名を知らないものは恐らくいないだろう。
そんなすごいところの頭取なんてトップと会うとは、正直思いもしなかった。
イアンって、どこまですごい人なんだろうか…。
「頭取なんて言っても、肩書だけなんですよ。普段は釣り好きのただのオジサンですから」
「そうそう、涼さん。西連寺さんは釣りが趣味で、よくクルーザーで海に出るそうです」
―――クルーザー?
湖に浮かんでる、手漕ぎボートなんかじゃないのよね。
湘南なんかに行くといっぱい見かけるけど、きっとマイクルーザーに違いない。
もしかして、日本じゃなくて海外なのかもしれないわね。
この時点で既に付いていけない涼は、「はぁ」と気のない返事を返すしかない。
「よろしければ、根上さんも是非いかがですか?これからの時期、海は最高ですからね」
「そうだ、イアン君も今度付き合わないかい?」と話に花が咲いている二人。
そりゃ、最高だろうけど…。
「おっと、年寄りの長話はつまらないでしょう。根上さん、私も涼さんとお呼びしてもいいですか?今日はゆっくりしていって下さい。また、お会いできることを楽しみにしていますよ。イアン君も、たまには家に来るといい。その時は、この可愛らしいお嬢さんと一緒にね」
そう言い残して、西連寺は去って行った。
ほんと居るところには居るのね、ああいう人が…。
「西連寺さんは、とても気さくなおもしろい方です。大学時代に日本に少しだけ留学していた時からの知り合いなんですよ。ですから、私にとっては、日本のパパという感じでしょうかね」
―――確かにそんな感じはするかもしれないわね。
妙に納得している涼だったが、イアンにとっては今回の重要な契約を成立させるには、西連寺の存在は必要不可欠、味方につけて損はない人物である。
しかしそんなことは全く知らない涼にしてみれば、この体勢がちょっと辛いという意識しかない。
イアンはさっきから、腰に腕を回したまま離れようとしない。
―――だから、さっき西連寺さんも変な誤解してた気がするのよ…。
「イアン」
「何ですか?涼さん」
平然と答えるイアン。
彼はまんざらでもなさそうで、さっきから笑みが絶えないのに涼は気づかなかった。
「いくら、側を離れなければと言ってもこれじゃあ、イアンも困るでしょ?ほら、親しい人とも話ができないでしょうし」
「そんなことないですよ。それより、お腹が空いたのではないですか?ここのローストビーフは、英国の有名店で食べるより美味しいですよ」
―――なに、ローストビーフですって?
あぁっもうっ、どうしてさっきからあたしを食べ物で釣るのよ。
とは思いつつも、やっぱり食い気には勝てない訳で…。
だけどね、これがお世辞抜きでめちゃめちゃ美味しいのよ。
だって本場の人間が言うんだから、間違いないんだけどね。
「お味は、いかがですか?」
「うん、すっごく美味しい。こんな美味しいの食べたことない」
「それは、よかった」
満足そうなイアンに涼も段々といつもの表情に戻りつつあった。
そんな二人が、この後起こる事件に気付くはずもない。
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