Stay Girl Stay Pure
Story6
イアンがパーティーに出席していることが余程珍しかったのか、やたらに声を掛けてくる人物が多い。
何も心配いらないというイアンの言葉通り、特に問題もなく美味しい料理にもありつけたことは良かったけれど、初めての経験ということもあって涼はかなり疲れきっていた。
「涼さん、かなりお疲れのようですね。どこか部屋を用意してもらいますから、そちらで休まれた方がいいかもしれませんね」
そんな涼を察したイアンは、部屋を用意させて休ませることにした。
本心を言えば、涼にはもう少し側にいて欲しかったけれど…。
「そうさせてもらってもいい?でもわざわざ部屋なんて用意しなくても、ロビーとかで休んでるから」
「そういうわけにはいきません。もしものことがありますからね。それに人目につかない方がゆっくり休めるでしょうし」
もしものことなんて大袈裟過ぎると思ったけれど、確かに誰もいない方がゆっくり休めるわね。
あたしはイアンの言葉に甘えて、ホテルの人に部屋を用意してもらって休むことにした。
それなのに普通の人が泊まるよりずっといい部屋を用意されて、イアンはどこまでお金持ちなのかしら?
部屋に入るとすぐにヒールを脱いで、ベッドにダイブする。
まだそれ程遅い時間ではなかったけれど、朝課長にグローバル・ホールディングスのお偉いさんのお世話をするよう言われて、それがイアンだとわかってから今までの出来事を思い出すとなんだか自分が自分でないような気がしていた。
そんなことを考えているといつしか深い眠りについていた。
◇
どれくらい眠っていたのか、部屋のブザーが鳴っていることに気付き、涼は慌てて目を覚ました。
もうパーティーは終わったのか、多分秘書のリックが呼びに来たのだろう、涼は相手を確かめることなくドアを開ける。
すると目の前に立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ見知らぬ外国人男性が二人。
「あの…」
「根上 涼さんですね?」
「はい、そうですけど」
涼が返事を返すのと同時に何か薬品を染み込ませたハンカチのようなものを口に当てられて、そこで涼の意識は途絶えた。
+++
―――そろそろ、涼さんを迎えに行かないと。
パーティーも終盤に差しかかった頃、イアンがもう一度西連寺に挨拶に行くと涼が側にいなかったことがひどく残念だったようで、是非家に遊びに来るようにと強引に約束させられた。
西連寺は、いたく涼を気に入ったようだった。
彼は、誰にでも人当たりのいい人間に見られがちだが、そこは大銀行のトップたる者、相手の本性を見抜く力は並外れたものがある。
だからこそ涼を気に入ったということは、イアンが感じたものと同じものを彼もまた涼に対して感じとったのだと思った。
そしてイアンは、涼を呼んで来るようにリックに電話で告げると、ロビーの隅のソファーに腰掛ける。
久しぶりのパーティーは、仕事とはいえやはり気苦労も多いが、そこに付き合わされた涼はもっと大変だったに違いない。
―――少しは、休めただろうか…。
そんなことを考えているとリックが戻って来たが、なぜかそこに涼の姿はなかった。
「セシルさま、大変です。涼さまが…」
「涼さんが、どうかしたのか?」
リックの様子から何かよからぬ事があったのだと理解したイアンは、勢いよく立ち上がると表情を一変させた。
「部屋にいません」
「いないって…」
「テーブルの上に部屋のカードキーとバック、入り口には靴が揃えて置いたままになっていました。この様子だと自分の意志で部屋を出たのではないと思われます」
リックは何度もブザーを押したが応答がなく、持っていたスペアのカードキーで部屋の中に入った。
部屋の電気は点いたままで、名前を呼んでみたが返事は返ってこない。
急いで辺りを見回すとテーブルの上には部屋のカードキーと涼が持っていたバック、入り口には靴がきれいに揃えて置いてあった。
恐らく備え付けのスリッパに履き替えたのだと思われるが、そのままの姿でカードキーも持たずに部屋を出ることはまずないだろう。
「リック、まさか―――すぐに涼さんを探すんだ」
「わかりました」
―――なんてことだ…。
イアンは、頭を抱えると崩れるようにソファーに座り込んでしまった。
部屋を用意する時にイアンは涼にもしものことがということを言ったが、これは大袈裟なことでもなんでもない。
今回の来日目的である重要な契約を阻止しようとする人間が、影で動いているという情報も得ていたからこそ、側から離れないようにと言ったのだ。
―――涼さんにもしものことがあったら…。
自分の都合で彼女を危ない目に合わせてしまうかもしれない…という自責の念にかられつつも、今は涼を探し出すことが先決と無事に戻って来ることを祈るしかなかった。
◇
にも拘らず、イアンが八方手を尽くしても依然、涼の消息はつかめなかった。
「リック、まだ涼さんは見つからないのか」
「それが…黒いスーツを着た二人の外国人らしき男が、ホテル内にいたという情報は入っているのですが、涼さまを連れて去ったのがその男達なのかどうかは未確認です」
―――クソッ。
冷静沈着なイアンが、机を思いっきり拳で叩く。
事が事だけに落ち着いていられる状況ではないが、長い間側で仕事をしているリックには、そんなイアンを見るのは初めてだった。
「セシルさま、こうなれば―――」
「ダメだ!」
リックの言葉を遮るようにイアンが声を荒げた。
―――あいつだけは、ダメだ絶対に…。
「しかし…」
「わかってる。でも、あいつにだけは頼りたくないんだ。それより、涼さんの家族には知らせてくれないか。もしかして、彼女の身辺を調べて相手が何か要求してくるかもしれない。そこで警察に通報されると厄介なことになるから」
「わかりました」
それ以上リックは何も言わず、部屋を出て行った。
涼の情報は既に入手済みであったが、父親は名の通ったチェリストで、夫妻でアジアツアーの真っ最中。
現在は、香港公演中だった。
そして姉の凛は、航空会社のキャビンアテンダントとして、今はハワイにフライト中であった。
現状では、涼の身内に連絡を取るのは難しい。
取り敢えず親しくしているというパブ・ジューンの店主に話をしておこうとリックはすぐに車を走らせた。
「いらっしゃいませ」
店に入るとすぐ、バイトだろうか?長身で日本ではイケメンと呼ばれているであろう若い男性が元気よく出迎えるが、客が外国人だとわかると「えっ、外人さん?俺、英語全然ダメなんだよ」と慌てだす。
「日本語で構いませんよ。ところですみませんが、店主の方は」
「あっ、じゅんさんですか?ちょっと、待って下さい」
「じゅんさん、お客さんですよ。外国の方」と若い男性は、奥にいるじゅんを呼びに行く。
「は〜い」という声と共にじゅんが出て来るとリックは、一枚の名紙を差し出した。
「グローバル・ホールディングス、CEOの秘書の方?」
じゅんは社名は聞いたことがあったが、この人物と面識はない。
だいたい、相手は外国人だし、CEOなどという偉い人がこんな店に来るはずもはいのだが…。
―――もしかして、怪しい勧誘か何かなんじゃないかしら?
疑いの目で、じゅんはリックを見返す。
「私に何か」
「根上 涼さんのことでお聞きしたいことがあるのですが」
「えっ涼ちゃんが、どうかしましたか?」
「実は―――」
リックの次のひと言にじゅんは、言葉を失った。
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