みんなは一度家に帰り着替えてから来るというので、2時間後に若菜の家近くの駅で集まる約束をして別れた。
約束の時間に若菜が駅に行くと既に集まっていた3人は、若菜を見つけて手を振っている。
ついさっきまで学校で話していたというのに集まれば次から次へと話題が出てくるのだから、この年頃というのは不思議である。
駅に隣接する大型スーパーで買い物をしてから帰ったのだが、時計を見れば既に18時になろうとしているところ、一時間くらいそこにいたと思うとこれから作り始めたらどうなることか…。
モタモタしていると祐樹が、帰って来てしまう。
「祐樹さんって、いつも何時くらいに帰って来るの?お友達の貴史さんも一緒に来るって?」
「うん、今は研修中だから18時半くらいには帰ってくるかな。貴史さんは、一度家に帰って来るそうだから、一時間くらい遅くなるって言ってたけど」
茜は早く二人に会いたいようで、料理を作る手が所々で止まってしまう。
そんな話をしていると、ちょうど玄関のブザーが鳴った。
「あっ、祐樹さんが帰って来た」
茜のひと声に若菜がドアホンに出て確認するとみんなは、食事の準備そっちのけで玄関に向かう。
若菜が玄関のドアを開けると、祐樹が驚いた顔でその場に固まってしまった。
それもそのはず、女子高生4人が勢ぞろいで迎えに出て来るとは思わなかったのだから。
「「「「祐樹さん、お帰りなさいっ」」」」
少しだけ甲高い4人の声が、玄関に響き渡る。
「…あっ、ただいま」
「祐樹さん、早く入って下さい」
待ちきれない茜が、祐樹の腕を引っ張った。
そんな茜の行動に友達3人は意外に行動派だったのだと認識を新にするが、美咲も加わって祐樹はそのまま両腕を引っ張られてリビングへと連れて行かれ、スーツの上着を脱がされてソファーに押し込まれるようにして座らされた。
―――こんなことは生まれて初めてというか、後にも先にもこれが最後なんじゃないだろうか…。
貴史も同じことをされたら、あいつだったらどうなんだろうかと想像してみる。
きっと表面上はクールに保っているだろうが、内心はデロデロなんだろうなぁ。
「祐樹さん、ごめんなさい。みんな、祐樹さんが帰って来るのを待っていたから」
放心状態の祐樹に若菜が、申し訳なさそうに謝る。
祐樹の様子に若菜は迷惑だったのではないかと思ったようだが、当人にしてみればそんなはずはない。
一生に一度かもしれない、こんな女子高生に囲まれるなどという状況を嬉しく思わない男がいるだろうか?
「そんなことないよ。でも、何を作ってるんだい?すごくいい匂いが、玄関先から匂ってたけど」
「今は、チキンスープを作ってたんです。メインはみんながパスタがいいって言うから、野菜のたっぷり入ったパスタと春雨のサラダですよ。でも、勝手に決めちゃいましたけど、祐樹さんも貴史さんも大丈夫ですか?」
「俺は、嫌いな物はないから気にしないで。それにあいつは、なんでも食べるよ」
貴史は、祐樹が知っている限りでは嫌いな物はない。
コンビニの弁当でも社食の定食でもなんでも美味いって、食べてるし。
「なら、いいんですけど」
そんな若菜と祐樹が話しているのを聞きながら、茜が若菜のシャツの裾をクイっと引っ張った。
「若菜、話してないで私たちを祐樹さんにちゃんと紹介してよ」
「あっ、そうだった。祐樹さん、みんなを紹介しますね」
ソファーに座っている祐樹の前に4人が並ぶとどこに視線をもっていっていいかわからない。
―――これなら、貴史も一緒に連れて来るんだったな。
男1人に女の子が4人というのは、どうもやりにくい。
「えっと、隣にいるのが―――」
「真下 茜です。若菜と同じ学校に通ってて、ずっと同じクラスなんですよ。祐樹さん、今日はお世話になります」
若菜の言葉を遮るように自分で、自己紹介し始める茜。
「茜ちゃん、だね。小豆沢 祐樹です。こちらこそ、よろしく」
ニッコリと微笑む祐樹に少し顔を赤らめる茜。
つい祐樹も可愛いなぁなんて思ってしまうが、そういうことを口に出すと単なるロリコンオヤジになりかねないから敢えてここは大人になりきることにする。
「その隣にいるのが、金田 美咲さん」
「金田 美咲です。今日は、お世話になります」
「美咲ちゃん、こちらこそよろしく。君は背が高いね、何センチあるの?」
座っている祐樹から見ると美咲の身長がどれくらいあるのかわからないが、若菜と比較してもかなり高いように見える。
「去年計った時には、170cmありました」
「えっ、そうなんだ。それだけあるとモデルさんになれるね」
「そんなことないですよ。誘われるのなんて、バスケかバレーボール部くらいだし、それに大きい女って可愛くないかなって」
祐樹はかなり真面目に言ったつもりだったのだが、当人はお世辞としか受け取っていない様子。
美咲は可愛いというより綺麗、美人という部類に入る。
スラットしていて黒いサラサラのストレートヘアは、まさに日本美人の代名詞。
「えー、そんなことないよ。私みたいなチビよりも、美咲みたいに背が高い方がかっこいいもん」
茜は、身長が150cmちょっとしかないことをとてもコンプレックスに思っている。
若菜も他の二人も茜は小さいから可愛いんだって思ってるのだが、ないものねだりというやつなんだろう。
「そっか、茜ちゃんは小さいのを気にしてるんだね」
小さく頷く、茜。
「俺も背が大きくて羨ましいとか友達に言われるんだけどさ、これはこれで結構困るんだよね。低い場所なんかだとすぐ頭をぶつけるし、ズボンもサイズが合わなかったりさ。それでも、親からもらった体だからありがたいって思ってる。茜ちゃんは茜ちゃんなんだから、美咲ちゃんもそうだけどそんなこと気にすることじゃないんだよ」
「そうよ。茜と美咲が入れ替わったら、それこそおかしいわよ」
まだ紹介していなかった幸が、自ら珍しく言葉を発した。
「君は、中山 幸さんだね。若菜ちゃんから、話は聞いているよ。もちろん、みんなのこともだけどね。若菜ちゃんは、口には出さないけどご両親がいなくてきっと寂しい時もあると思うんだ。俺じゃあ力不足だから、幸ちゃん、みんなも若菜ちゃんのことを頼むね」
なぜ祐樹が幸に向かってこのようなことを言ったのか、若菜が祐樹に友達の話をする時、特別幸を頼っているとかそういう言い方をした覚えはないが、祐樹には既にそれがわかっていたのだろう。
若菜もそう思ったが、当の幸はかなり驚きだった。
覚悟の上の同居だとは聞いていたが、今のひと言で祐樹へ抱いていた印象は大きく変わったのは事実だった。
「はい。任せてください。私が付いてますから」
「私も〜」
呑気に返す茜だったが、幸もそうだが美咲もまた祐樹の人柄を垣間見たような気がしていた。
彼なら、若菜を任せても大丈夫だろう。
今日ここへ来た目的は、祐樹がどんな人物なのかを確かめることだったが、既にそれは達せられてしまったように思えた。
「俺、ちょっと着替えてくるね」
祐樹は、そう言って2階の自分の部屋に上がっていった。
「祐樹さんて、素敵な人ね」
祐樹の後姿を見送りながら、美咲の言葉に幸も茜も同意を込めて頷く。
「ほんと悔しいけど、あんないい人だって思わなかったな」
「幸、若菜を祐樹さんに取られちゃうわね」
「別に私は、若菜を取られてもいいし」
「強がり言って」
美咲にはわかっていたが、幸は祐樹に若菜を取られてしまうような気がして、ちょっぴり寂しかった。
―――でも、あんな素敵な人と一緒に暮らしてて若菜は平気なのかしら?
いたって普通にしている若菜が、幸にはある意味すごいと思ってしまう。
「さぁ、みんな。食事の支度を早くしなきゃ。貴史さんが来ちゃうわよ」
「あっ、そうだった。貴史さんのことすっかり忘れてた」
若菜が言わなければ、みんなもあんなに貴史のことが気になっていたはずなのに祐樹の存在があまりに大きくて、すっかり忘れ去られてしまっていた。
「美咲ったら、どんな人?カッコいいの?とか言ってたくせにひどいわね」
「きっと貴史さん、今頃くしゃみしてるわよ」
茜が言ったのと同時にちょうど家を出て安西家に向かおうとしていた貴史は、立て続けにくしゃみを3回していた。
母親に風邪?とか聞かれたが、まさか自分がこんなふうに言われていたとは…。
知らない貴史は踊る気持ちを抑えながら、自宅を後にした。
NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.